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「心は本当にあるのかな」――“人格を移植”された電子人形は愛を知らない Lv. 近衛りこ美しいだけの国 ――東京レッドライン(1/3 ページ)

アレキサンドライト――#2。

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連載:美しいだけの国 ――東京レッドライン

小説家・鏡征爾による小説とSNSで注目を集めている被写体とのコラボ連載。超環境型人工知能とテクノ人間主義者が世界を操る近未来の東京を舞台に、失われた感情を取り戻そうとするアンドロイドを描く物語。6月の誕生石「アレキサンドライト」から生みだされた擬人化モデルは近衛りこ

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序 

 雪が色を失った、透明な雨が降りてきた。
 1月。酷く寒い冬の日に、私は1件の着信を受け取った。
「心配するな。どこにも行きはしない」
 直後、爆発音が聞こえた。それが最後の言葉になった。
 いまでは名前さえ思い出せない。

 ――人間とは何だろう?

 愛と哀。私を規定するI(アイ)は、矛盾する感情に引き裂かれている。

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 哀しみを感じながら愛されること。
 愛されながら哀しみを感じること。

 それは論理的につきつめると破綻する命題かもしれないが、
 人間は論理的整合性にのみ従って生きる存在ではない。

 私が哀しみを感じながら抱かれるとき、其処に愛はないのだろうか。
 私が愛を感じながら抱かれるとき、心の底に哀しみはないのだろうか。

 ――人形とは何だろう?

 人間は無機物から生まれ無機物に戻る。

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 かつて10万年後の未来を予測したロボット学者はそう言った。
 45億年前に地球が誕生し、1000年後には人間は機械化される。ロボット工学史上に残る天才と称された科学者は、そんな風に、未来を予測した。

 おそらくそれは10万年後を想定するときには事実なのだろう。

 だが、予測は予想より早くやってきた。

 2046年1月10日。

 無機物である鉱石からアンドロイドが造りだされた。

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 【教会に訪れた人間の痛みの告解を聞くことが、彼女たちの役割である】

 痛みによって痛みを切りとる。
 切りとられた痛みを祈りに浄化する。

 美しいだけの国。東京。

 超環境型人工知能が世界を透明に操り、
 人々の行動を監視する格差社会が実現した近未来。

『人間は神になる』

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 身体を自在にサイボーグ化する技術を手に入れた特権階級(テクノ人間主義者)は、こぞって、そのスローガンを積極的に採用した。そして身をもって過ちを証明した。

 2046年。テクノ人間主義者の自殺者数が終にベトナム戦争を超えた。
 帰還兵の自殺者数だけではない。PTSDの数をも圧倒的に凌駕した。

 きみが未来を変えてくれ。

 この物語は、1人のアンドロイドの少女の物語であり、
 同時に、世界(ディスプレイ)の向こう側に存在する貴方への手紙でもある。

I

 宝石の結晶から造りだされたアンドロイド。
「心」を生みだすことに成功したとされる電子人形。

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 6月の誕生石アレキサンドライト。通称:タイプRは、光によって色味を変える美しい結晶から生みだされたアンドロイドだ。

 記憶の完全な消去による人格の移植により、故人から「心」を引き継いだ存在とされる。

 だが、最新の脳科学では、現実は過去の記憶から成り立っている、とされている。
 われわれの現実認識は、過去の記憶の集合の上に構成されている幻に過ぎないのだ。
 その仮説的な事実を実証するかのように、生まれたばかりのタイプRの現実感は酷く希薄だ。
 少なくとも、感情が失われているようにみえる。そして、それをどうにもしないように思える。

 帝国主義による恩恵を受けて独占的な販売権を獲得したメルクリウス社の製造する少女型のアンドロイト"Type1890ラヴクラフト(Lve-c)"は、量子型の超光学AIを実装することにより、「心」の開発に成功した。
 開発に成功したと、喧伝した。

 そして、それはあたかも真実であるかのように思えた。

 だが、メイドとしても雇われたこのアンドロイド。
 あまりにも仕事をしないので、手を焼いているのが実情である。

 その上、無口である。応答もない。部屋で漫画を読みながらポテトチップスを食べているので、せめてコミュニケーションを取ろうと問いかける。

「心は本当にあるのかな」
「いえてる。恋はドキドキだよねぇ」

 コミュニケーションがまったく成立しない。

 旧式の――最新のテクノロジーに関する科学論文は閲覧禁止となっており参照することができない――ロボット研究(二○一九年)によると、互いの好感度が上昇した場合、自己をより積極的に提示する関係性になる。

 つまり、気分が悪くなるとあまり話さなくなる。そんな風にプログラムされているのだ。

 パラメータの操作によって、改善は可能ということだが、それは実際には、心が存在しないと言うことではないのだろうか。
 人間の操作によって関係性が変化するのなら、それは本当に自律的な「心」をもっているとはいえないのではないか。

 そこから数十年で、果たして科学は、どれだけ進歩したのだろうか……。

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