「漫画のネタバレ感想で訴訟される」は誤解 Webニュース記者が見た『キン肉マン』騒動(1/2 ページ)
「ネタバレ」と「悪質なネタバレ」は別もの。
編集部員のつぶやき
この記事は、普段あまり表に出ないねとらぼ編集部員が、思い立った時に日々の出来事をゆるく書き綴る不定期コーナーです。
「漫画のネタバレ感想を投稿すると訴えられるかもしれない」――そんな心配する声がネット上に少なからず寄せられている。9月10日に週プレNEWSに掲載された『キン肉マン』についての文章に“そう解釈できる余地”があることが要因なのだが、結論からいうとこれは誤解である(関連記事)。ただのネタバレや、ネタバレを含めた感想で訴訟されることはほぼ100%ない。ただし、「悪質なネタバレ」は訴訟される可能性がある。どういうことなのか、やや長くなるが解説したい。
漫画業界は「懐が深く」、担当編集は「作家に配慮する」
筆者はこれまでねとらぼで記事を作るにあたり、数十人の漫画家・担当編集とやりとりをした。その過程で、作り手側がどれだけ漫画文化が好きで、また読者と共に盛り上がることを重視しているかを目の当たりにしてきた。彼らは作品が楽しまれることを第一に考えている。例えばTwitterでは、漫画のスクリーンショット(スクショ)が引用の範囲を超えて使用されることが多々あるが(※)、そのほとんどを黙認している。作品が広まるからと歓迎することも多い。許可をとっていない二次創作の大半も放置している。つまり、漫画業界は「懐が深い」。正確にいうなら著作権を厳格に行使すると、むしろ作品のためにならないことを肌感覚で理解している人が多い。
そんな担当編集たちのメインの仕事は「面白い漫画を作る」ことであり、そのために「作家がやる気になるよう最大限配慮している」。逆にいえば作家の「やる気を削ぐようなこと」はまずしない。これらを前提に『キン肉マン』騒動を改めて整理したい。
※1投稿140字に対して画像4枚まで添付可という仕様上、引用の条件の一つ、主従関係を満たさないケースが多い
『キン肉マン』騒動とは
『キン肉マン』は2011年に旧章の続編が24年ぶりにWebでスタートし、近年は月曜0時に更新されると、定期的にトレンド入りするほど盛り上がり、2020年8月17日からは『週刊プレイボーイ』(紙媒体)との同時連載になっていた。余談だが、筆者も3年前に下記記事を担当し、電子版を(自腹で)全巻購入している。
Twitterでの感想はスクショ付きで行われることも多く、8月31日更新回は衝撃的な内容もあって話題になった。しかし、ここで更新直後から最終ページのスクショが出回ったことなどから、作者「ゆでたまご」のシナリオ担当・嶋田さんが9月1日、「どうかスクショはやめてください」とTwitterで訴える事態に。10日に編集部の見解も発表され、そして冒頭の流れが生じている。
週プレNEWS編集部のコメント
週プレNEWS編集部は何と言っているのか、それほど長くはないので全文読んでいただきたい。
『週刊プレイボーイ』および『週プレNEWS』にて、いつも『キン肉マン』をご愛読いただき、誠にありがとうございます。
ゆでたまご先生も心を痛めている、Twitter、Instagram等のSNS、およびブログ等、インターネット上における『キン肉マン』画像のスクリーンショット投稿について両先生と話し合いを重ねた結果、編集部としても読者の皆様の良識ある行動を改めてお願い申し上げます。
たとえ軽い気持ちであったとしても、漫画のスクリーンショットをSNSやブログに著作権者の許諾無く投稿(アップロード)する行為は、法で定める一部の例外(※)をのぞき、著作権の侵害にあたり、場合によっては刑事罰が科され、あるいは損害賠償請求の対象となります。悪質な著作権侵害、ネタバレ行為(文章によるものを含みます)に対しては、発信者情報開示請求をはじめ、刑事告訴、損害賠償請求などの法的手段を講じることもありますので、ご注意ください。
※著作権法上の「引用」の条件を満たす場合など。
要約すると「読者に良識ある行動を求める」。正直、情報量は多くない。後半は「NO MORE 映画泥棒」的な社会のルールを念のため記述しただけ……に見えるが、そう受けとらない読者も多数いた。
物議を醸しているのは「悪質な著作権侵害、ネタバレ行為(文章によるものを含みます)に対しては、発信者情報開示請求をはじめ、刑事告訴、損害賠償請求などの法的手段を講じることもあります」というカ所。
「悪質な著作権侵害」と「悪質なネタバレ行為」には法的手段を講じることもある――この部分が、「ただのネタバレ行為(文章)でも訴える」とも解釈できるため、心配する読者が続出した。しかし、その後週プレNEWS編集部が問い合わせへの返事で「ネタバレ行為(著作権侵害が認められる特に悪質なネタバレ行為に対して) 」と補足している。NGなのは「ネタバレ」ではなく「悪質なネタバレ」とみて間違いない。
集英社側もこの文章がこれほど不安を煽ることになるとは思わなかったのではないか。世の中には「含みを持たせた文」を悪用するケースは確かにあり、今年5月には検察庁法改正案が大きな話題になった(参考)。政府の場合、未来の為政者の行動が読めないことも考えると、権力側に都合のいい解釈ができる条文は極力ないほうがいい。一方で、今回の編集部コメントにそこまで警戒心を抱く必要はないはずだ。「ネタバレ」という文言に解釈の余地があったのは事実だが、実際は後半の注意事項は「従来のルール」を記したものにすぎない。
「悪質なネタバレ行為」とは何か
「悪質なネタバレ行為(文章によるものを含む)」とは何なのか。これは過去の2事例を把握すると、イメージが湧きやすい。
1.ネタバレサイトの運営者逮捕 『ONE PIECE』など発売前に掲載し広告収入およそ3億円
2017年9月に「ジャンプ感想ネタバレあらすじまとめ速報」と「ワンワンピースまとめ速報」の運営者が著作権法違反(公衆送信権侵害、出版権侵害)の疑いで逮捕されている。同サイトでは雑誌の発売前に漫画のイラストやあらすじを掲載し、多額の利益を得ていた。「早バレ」「一定の利益を得る」といった要素が入ると、「悪質」と判断される可能性が高い。
2.YouTubeの漫画“ネタバレ”投稿、東京地裁が著作権侵害とし発信者情報の開示命令
2018年11月に、東京地方裁判所がYouTubeの漫画ネタバレ投稿が著作権侵害にあたると判断。小学館が『闇金ウシジマくん』の画像やセリフを無断で投稿していたユーザーの発信者情報を開示するよう求めていたケースだった。ここで初めて「漫画の画像だけではなく、吹き出し文字のみを抜き出した投稿」も違反行為だと確認された。中島博之弁護士はこの件について「漫画のコマを写さず文字だけ投稿しているので引用にあたりセーフという謎理論」があったとツイートしている。これを機に「漫画のセリフをそのまま使用することは著作権侵害(描写や感想は該当しない)」が出版界の共通認識になったと思われる。
「悪質なネタバレ(文章)」の具体例を考えてみる。ネット掲示板にはセリフを含めた描写を詳述する文字バレという“文化”があるが、仮にその内容をTwitterの画像4枚で投稿し、定期的にバズるアカウントが現れたら問題視されるのではないだろうか。
また、セリフとは別に、作品の詳細なあらすじは「翻案権の侵害」になる可能性がある(参考:著作権なるほど質問箱-文化庁-)。長文感想で、それを読めば作品のあらましも分かるとなると法的には問題になりうる。とはいえ、著作権者がそれで動くかはまた別の話だ。どちらにせよ、Twitterのような1投稿140字以下だと、法的に問題になることは考えにくい。
ゆでたまご先生のコメント
10日に嶋田さん、中井さん両名義で約1300字のコメントを発表している。そこでは「スクショ」や「ネタバレ」という単語は直接的には出てこない。
- 感想を自由に述べ合ってもらうのは構わないんです。むしろ大歓迎です。しかしたとえば先日の8月31日、319話が『週プレNEWS』で公開されると同時に、ネット上には感想を述べあうという必要性以上に作品内容がわかってしまう文章や画像を含んだものがたくさん見受けられ、とても悲しくなりました。
- 私たちが一番気になったのは、他の読者の皆さんへの配慮という点です。特に『キン肉マン』は先月から『週刊プレイボーイ』でも連載を開始し、ウェブ媒体、紙媒体でさまざまな読み方ができるようになりました。つまり、それだけ人によって読むタイミングも違ってきます
- 誰かが悲しんだり、怒ったりするような可能性のあることは控えていただき、皆さんがお互いに思いやりを持って、楽しんでくれることを願います
おおむね「配慮」を求めている。本件が複雑になっている一因に、作者のTwitterと週プレNEWSの情報発信頻度が異なり、“公式見解がわかりにくい”ことがある。例えば、嶋田さんはTwitterで2日、「キン肉マンのハッシュタグで感想を呟くさいにネタバレを控えたほうがいいか」というファンからの質問に、「少なくとも3日はね」と回答している。
これは守らなかったからといって法律違反にはならないが、更新直後から感想を言い合っていた層には衝撃的な基準である。熱心なファンほど嶋田さんのTwitterを見ており、そうした状態では「誰かが悲しんだり、怒ったりするような可能性のあること」というまっとうな文章ですら、自由を制限する効果を発揮してしまう。
整理しよう。嶋田さんが考える「ネタバレ」の範囲は広く、編集部が法的措置を示唆した「ネタバレ」の範囲は狭い。しかし、10日の文章ではそのことが誰にも分かるよう明示されてはいなく、読み方によっては「広範囲のネタバレ」に対して「法的措置をとりうる」と捉えられた。そしてエコーチェンバー現象(SNSなどにおいて、価値観の似た者同士でコミュニケーションを繰り返すことで、特定の信念が増幅されて影響力を持つこと)が発生してしまった。いわゆる広報の失敗案件である。
これは筆者の推測だが、編集部は「作者が望んでいることをそのまま実施することは難しい」と認識していたのではないか。早バレと発売後のネタバレが異なることや、広義のネタバレと感想が切り分けられないこと、また公式がコメントを出すことでファンが萎縮しかねないこと――等々、その道のプロが分からないわけがない。しかし、先の「作家がやる気になるよう最大限配慮」した結果、必要最低限ゆえに“解釈が分かれる”文章になったと予想している。
ちなみに、嶋田さんの1日の投稿「どうかスクショはやめてください」からは、スクショは一律禁止の印象を受けるが、10日の文章では「(画像利用について)良識ある行動を改めてお願い申し上げます」とトーンダウンしている。もちろん、「場合によっては刑事罰が科され、あるいは損害賠償請求の対象となる」と注意書きはあるものの、それは「場合によっては何もしない」ということでもある。もし全面的に禁止にするなら、はっきりとそう書いたはずだ。そうしなかったということは、『キン肉マン』のスクショが今後も黙認される可能性は十分ある。
なお、嶋田さんの10日の投稿「一週間かけて一生懸命描いた作品がアップ後、たった5分で消費され SNSにスクショ、ネタバレされたら悲しいよね」に、「自分たちは5分で消費していると思われていたのか」とショックを受けるファンも現れていたが、これには、「閲覧数増やすために我先にとスクショ、ネタバレする人ね。1時間くらい待っててもいいのに」と12日にフォローがあったので明記しておく。
ジャンプ+編集部の延焼
騒動が拡大した背景には、少年ジャンプ+編集部のツイートもある。2020年1月に個人アカウントを開設した細野編集長が10日昼、「ジャンプ+でも、2週遅れで『キン肉マン』を掲載していますが同じスタンスです」と表明すると、「ジャンプ+作品の感想でも訴訟される?」との疑念が発生。夕方になって「『私のツイートは大丈夫かな?』と心配するくらいの人はたぶん大丈夫です」とフォローをいれたものの、あまり上手ではなかったため、かえって火を注ぐ結果になってしまった
それでも、同日夜に『SPY×FAMILY』『チェンソーマン』担当の林さん(2007年4月にアカウント開設)が「でもジャンプラ作品の感想を呟いてそれがネタバレだと判断されたら集英社に訴えられるんですよね?」という読者からのリプライに「いえ、訴えないです!」と即答。それから10分とたたず、細野編集長も「雑なツイートをしてしまいました。ごめんなさい」と謝罪し、「『少年ジャンプ+』はもちろん感想ツイート、リツイート大歓迎です! みなさんのツイートを編集部も楽しみにしています」と続けた。
興味深いのは、この過程でジャンプ+の新連載『ゲーミングお嬢様』の原作者が「スクショ等ネタバレ等R-18ファンアート等全て問題なし、むしろ全ページぶっこんでしまえのバーリ・トゥード(なんでもあり)」と自作についてのスタンスを改めて表明したこと。
結局のところ著作権をどうするかは権利者次第なので、こうしたそれぞれの姿勢が明らかになることはありがたい。「作家Aは50でアウトと感じる」「作家Bは100でもOK」「出版社Xは70から訴訟する」「裁判所は○○で権利侵害を認める」といったように、著作権はグレーゾーンが広い。
どこまで権利を守り、どこまで流通を認めるのか
当然のことだが、著作者が「権利侵害」だと思っても、判断を下すのは裁判所である。裁判では法に基づいて判断し、そしてその法律・法解釈は時代にあわせて変化していく。この点、スタジオジブリの無料配布誌『熱風』8月号の座談会が興味深かった。ジブリでは鈴木敏夫プロデューサーが権利関係にとてもオープンで、法務方は慎重という関係にある。鈴木Pがおおらかな理由の一つは、1970年代の出版業界で働いていたから。当時は、著作物を勝手に使うことがよくあり、それが許されていたが、1980年代になって「著作権を守ろう」と世の中が変わったという。今とは全然違う過去の振り返りから「ジブリと著作権」をテーマに語っている。興味がある方はバックナンバーのある図書館等で読んでほしい。
著作権はもともと、創作者への対価を確保するシステムで、著作権者等の権利を保護することによって「文化の発展に寄与する」ことを目的としている(第一条)。そして、保護を手厚くしすぎると、かえって作品が普及せず、本来の目的が損なわれるというジレンマがある。どこまで権利を守り、どこまで自由な流通を認めるかは、それぞれの社会のコンセンサスで決まる。国によってルールも異なる。
2016年2月にTwitterに搭載されたGIF検索は、米国では「フェアユース」の適用範囲で合法だが、日本ではうかつに使うと権利侵害になる。
2009年頃には日本版「フェアユース」を導入する動きがあったが、結局見送りになってしまった。これが導入されていたら、漫画の画像利用などは全く違う状況だったに違いない。
繰り返しになるが、漫画業界は著作権侵害の範囲にあるスクショも、実際はほとんど黙認・肯定している。作品を楽しんでもらい、読者の記憶に残ること、そうした積み重ねで漫画文化が盛り上がることを望んでいるからだろう。2018年7月にリニューアルオープンしたマンガクロス(秋田書店)には中途半端ながらコマのシェア機能が実装され、2019年に、「アル」によってnoteやはてなブログにマンガの公認コマを貼れるようになった。「アル」のようなサービスが今後進化していくと、Twitterのスクショ利用も大々的に認められるかもしれない。いずれにせよ今回の騒動により、「スクショは一切控える」や「ネタバレ感想は投稿しない」といった文化の発展と真逆の方向にいくことは回避したい。
(高橋史彦)
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