ウミウシの柄をポップでサイケなファッションに すてきかわいい同人誌『60年代風ウミウシスタイルブック』:司書みさきの同人誌レビューノート
CMYの3色刷りにこだわりを感じます。
暑さの真っ盛りを過ぎたら、もう木々の色が深みを増してきたような気がします。金木犀の花も少し早めに咲いて、濃い緑の葉の間でぱっと明るいオレンジ色の花は、小さくともその香りと一緒に存在感を放っています。今回は自然界に暮らす色とりどりな生き物に注目したご本です。
今回紹介する同人誌
『60年代風ウミウシスタイルブック』 A5 16ページ 表紙3色刷り 本文3色刷り
著者:浅見星月(どりふ)
もしもウミウシをファッションに置き換えたら……
街や野山にさまざまな色のお花が咲き乱れるように、海もまたさまざまな色と模様がある世界。こちらの同人誌はそんな中でもとびきりカラフルな海中の生き物、ウミウシをモチーフにしたファッションを女の子たちがかわいく、かっこよく着こなしたスタイルブックです。
作者さんが1960年代のお洋服とウミウシがお好きとのことで、ポップでサイケな雰囲気の6種類のウミウシスタイルがページごとに繰り広げられます。
重なりがかわいい! こだわりの3色印刷
ウミウシと、60年代ファッションと……もう一つ、作者さんが好きなものがこのご本にはミックスされています。それは多色印刷。インクを一色ずつ変えて刷る、印刷の技法です。
街で見掛けるコピー機やプリンタのように、いまは白黒かカラーか、どちらかの選択で紙に印刷することが多いですが、版画の様にインクを一色ずつ乗せて行く多色刷りという方法もあるんです。
黒を使用せずに青、黄、そして赤ではなく鮮やかな蛍光ピンクを使ったことで、画面がぴかぴかにまぶしく彩光を放っているみたいになっています。それだけではなく、青とピンクを重ねて紫を表現、黄色と青で緑を、と組み合わせで、3色にとどまらない多様な色が表現されています。この計算された鮮やかさ、けれど重ねるが故のちょっとした印刷のずれ具合が、ほんのわずかな“ブレ”になって、画面にふんわり幻想的な空気感を纏わせています。それが、ピカピカサイケな60年代をレトロなムードに見せる、いい味わいにつながっています。
“らしさ”を比べて楽しむ
さて、お洋服に加えて、バッグや靴、髪形のあれこれをも楽しく眺めたあと、私はウミウシについて調べてみることにしました。実物のウミウシの写真を見て、イラストと見比べて「なるほど」と納得するつもりが、これが実は「へぇー! このウミウシからこう発想なさったんですか!?」と意外な驚きの連発でした。
自然界の造形の妙を体現したような姿のウミウシへの驚きも楽しく、さらに同じ種類のウミウシを見ても「自分だったらこうしたかも」という妄想と、紙面のイラストが全然違うんですよ。それは対象のどこに着目したか、どの要素をどうやって置き換えるかのポイントや、60年代風の受け止め方など、ご本に表されていたのは作者さんの頭の中でミックスされた独自の世界なんだということにはっとし、あらためてわくわくとした気持ちにさせてくれました。
60年代風ファッションとウミウシと。いつもなら混ざり合わない街と海とが、紙面で重なりあう楽しさが花開いたようなご本です。
今週の余談
気付いたら秋……秋になりましたよね! 身の回りではいかがですか? 金木犀やイチョウなど、木々の変化が楽しみです。海も、川も、その土地土地で秋らしくなっていくのでしょうね。
みさき紹介文
図書館司書。公共図書館などを経て、現在は専門図書館に勤務。自身でも同人誌を作り、サークル活動歴は「人生の半分を越えたあたりで数えるのをやめました」と語る。
関連記事
“テレポートするナメクジ”を追った5年間 調査の内容をまとめたレポマンガに興奮を隠せない
104ページという力作。「10年後には朽ちるものを100年後に延ばす」 博物館の裏方描いた漫画が驚きの連続
『ただいま収蔵品整理中!Vol.1』『ただいま収蔵品整理中!金属保存編』をご紹介。アフリカで初音ミクのライブをやってみた 一人の教師が実現させた異国の”ミクライブ”
今回は初音ミク愛にあふれた『Miku in Africa』をご紹介。決してひと事ではない? 同人誌『夜10時カギを忘れて家に入れず初めてカプセルホテルに泊まった話』
忘れたと確信したときのドキドキ感……。全国各地の“恐竜像”を1冊に 220カ所ものスポットを紹介した「日本全国恐竜公園ガイド」にワクワクする
そんなところにもいるの!?こんなの待ってた! アメコミの効果音を集めた辞書がマニアックすぎて心くすぐる
今週はサークル「FANDOMAIN」さんの同人誌「アメリカンコミックス効果音辞典 スーパーヒーロー誕生から70年代まで」をご紹介。国体初のマスコット”未来くん”を小説に 同人誌『古都こと奇譚』は京都を舞台にしたキャラクターたちの物語
皆さんの町にも、人気を博したキャラクターがきっといるはず。炎の揺らめきと溶けた金属 職人自ら撮影した鋳物製造の写真集『滴る金属』
こだわりが詰まってる。“お江戸のコミック”を現代語訳 同人誌『黄表紙のぞき』が江戸文化の扉を開く
難易度の高かった「くずし字」を読みやすく。これまで撮った「片手袋」の写真は4000枚超 築地に通って約20年、“片手袋研究家”による同人誌が奥深い
趣味、ここに極まれり。理学部生だったあの頃の自分に伝えたい 作者の後悔から生まれた同人誌『理学部生を手伝うイモリ』
イラストはかわいいけど中身はマジ。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.