神戸駅弁・淡路屋に聞く 神戸の老舗駅弁店が「アイデア」で勝負し続ける理由:神戸「神戸食館」(1130円)
人気駅弁を俯瞰すると、知名度のある大都市ではなく、へぇーこんな街で作っているのかと意外に思うことがあります。なぜ生き残り、人気を博しているのでしょう。老舗駅弁店のトップに「駅弁屋さんのあり方」を聞きました。
【ライター望月の駅弁膝栗毛】
「駅弁」食べ歩き20年・5000個の放送作家・ライター望月が、自分の足で現地へ足を運びながら名作・新作合わせて、「いま味わうべき駅弁」をご紹介します。
商売をするなら、東京や大阪といった大消費地をベースとするのが好都合です。しかし、駅弁屋さんを俯瞰すると、都市部の業者よりその周辺にあるお店がしばしば人気駅弁を開発しています。商売としては厳しいハズなのに、なぜ生き残り、人気を博しているのか? 神戸の老舗駅弁店のトップが、「駅弁屋さんのあり方」について熱く語りました。
新神戸駅を出たN700系新幹線電車の「みずほ」号が、加古川を渡って兵庫県内を西へ足早に駆け抜けて行きます。平成23(2011)年に運行を開始した、山陽・九州新幹線の直通列車は、最速の「みずほ」で途中、新神戸・岡山・広島・小倉・博多・熊本に停まりながら新大阪~鹿児島中央間を3時間41分で結びます。山陽・九州新幹線の一部は、神戸市内の車両工場で作られた編成も使われています。
神戸を拠点に駅弁を製造し、京阪神で幅広く販売している「株式会社淡路屋」。第31弾となった恒例企画「駅弁屋さんの厨房ですよ!」は、淡路屋のトップ、寺本督社長と柳本雄基副社長にお話を伺っています。7回シリーズの完結編は、淡路屋のユニークな駅弁の背景にあるものやコロナ禍のご苦労、さらには、駅弁業界の今後の展望についてお話しいただきました。
「神戸」は大阪という大都市の隣街だからこそ、常に工夫が求められる!
―淡路屋の駅弁には加熱式やひっぱりだこ飯のようないろいろな「アイデア」も詰まっていると感じますが、このユニークさは、どこから生まれてくるのでしょうか?
寺本:とくにユニークなものをやっている認識はありません。私たちの取り組みが、結果として世の中では新しいものとして見られ、スタンダードな取り組みになっているという感じです。神戸は、京都・大阪というまちがあってその次です。新幹線も、昔のひかりは新大阪を出ると岡山、広島、小倉に停まって博多でした。他の駅弁屋さんと同じことをしていたら、あっという間にガタガタです。「神戸の駅弁屋さん、ちょっとオモロいことしてるから、寄ってこか」となるような工夫を常にしていかないといけないんです。
―もともとが厳しい環境ですと、自然と工夫しなくてはいけませんね?
寺本:『日本の鉄道は「狭軌(1067mmのレール幅)」で始まったから発達した』とおっしゃった方がいたと言います。最初から標準軌(1435mmのレール幅)だったら、そこそこの性能の機関車でも時速100km以上出せる車両は作れたわけです。狭軌で作ってしまったから120kmを出すような車両を作るためにはものすごい技術が必要になりました。その技術の上に、大結晶のような「新幹線」がある……駅弁も同じかも知れませんね。
「いまできることを一生懸命やる」に尽きる! コロナ禍の駅弁屋さん
―コロナ禍では、どのようなご苦労をされていますか?
寺本:コロナ禍は「何に直面しているのかわからない」戦いですね。震災や台風なら対処しようがありますが、コロナ禍は見えないし、いつまで続くかわからないんです。新神戸駅の売店を閉めた時期は、1日300個の生産で20万円の売り上げしかない日もありました。1日1万個の駅弁を作っていましたので、売り上げ97%減です。駅弁のウェイトが高い分、全国の駅弁業者のなかでも、最大の影響を受けた会社ではないかと思います。
―コロナ禍でも通信販売、ドライブスルー、新作を送り出す……そのパワーの源は?
柳本:経費削減はしました。でも、売り上げの確保にはただひたすら売るしかないんです。令和2(2020)年3月1日から若干オンライン販売に舵をきって、5000円以上お求めのお客様に送料無料キャンペーンを始めました。加えて、冷凍駅弁の開発と「ひっぱりだこの蓋」など、食べ物以外のグッズ販売を強化しました。なかでも飛沫防止シールドを付けた「令和の嗜み弁当」の反響がいちばん大きかったです。震災のときと同じで、「いまできることを一生懸命やる」に尽きるのではないかと。それだけで何とか持ちこたえています。
日本の駅弁を守るため、駅弁「本線」を貫きたい!
―「淡路屋」にとって、駅弁作りで最も大切なことは何ですか?
寺本:昔、駅弁業者は400社ありました。いま、本当の意味で駅弁を売っている業者は、せいぜい50社くらいではないかと思います。このままでは約20社になると厳しい見方をする人もいます。となると「駅弁」は消えてなくなる運命が見えてきてしまいます。淡路屋は、「駅弁店」として長く続けていくことに意味があると思っています。あくまでも駅弁が「本線」、冷凍弁当や通信販売は、駅弁を守るための「支線」です。駅弁を21世紀、22世紀へ、受け継いでいくには、どうしたらいいかということを、いちばんに考えています。
―これから、ニッポンの駅弁をどんな形で盛り上げていきたいですか?
寺本:神戸を拠点とする「淡路屋」でしかできないことを、これからもやっていきたいと思います。50社しかなかったら、その50社は「自社しかできないこと」を背負っていると思うんです。いま残っている駅弁業者を見て下さい。鹿児島の出水、山形の米沢、群馬の横川……いずれも県庁所在地ではありませんし、比較的小さな駅です。でも、全国に向けて駅弁を販売できる会社になっています。駅弁店は「やり方次第」です。
―寺本社長お薦め、淡路屋の駅弁を“美味しくいただくことができる”車窓は?
寺本:山陽新幹線と言いたいところですが、新神戸駅もトンネルとトンネルの間にありますし、路線の約半分がトンネルですので、景色を眺めていただくなら在来線ですね。山陽本線・須磨~明石間で海を眺めていただくのがいちばんでしょう。「新快速」でいただくのはチョット厳しいかも知れませんが、特急列車も走っています。全国でもあれだけ長く、海が望める路線はあまりないと思いますので、ぜひ駅弁と一緒に楽しんでいただけたらと思います。
神戸の旅の締めくくりにいただきたいのが、淡路屋の幕の内弁当、「神戸食館」(1130円)。こちらも、2021年11月にリニューアルされ、より神戸らしさを伝えるべく、地元のイラストレーター・都あきこさんがデザインしたパッケージとなりました。コンセプトは、“神戸を旅する駅弁”。上蓋の裏には、表紙にデザインされている神戸の名所が20カ所、詳しく紹介されています。
【おしながき】
- 白飯 梅干し ごま
- 焼き鮭
- 玉子焼き
- たこ天
- 鶏つくね焼き
- 鶏肉煮
- 肉団子
- 牛肉煮 糸こんにゃく
- 穴子煮
- 煮物(里芋、人参、ふき、れんこん、いんげん、たけのこ、海老)
- 昆布巻き
- いかなごのくぎ煮
- 小松菜と人参のおひたし
- さつまいも甘露煮
真ん中に梅干しが載った白いご飯の周りを、神戸ゆかりの食材が取り囲む「神戸食館」。幕の内・三種の神器は、焼き鮭、玉子焼きが入る一方で蒲鉾は「たこ天」と少しアレンジしているのが興味深いところ。牛肉のすき焼き風煮やいかなごのくぎ煮が入っているのも、神戸らしい幕の内を感じさせてくれますね。全部で20の名所イラストを眺めながら、8つの俵ご飯と12の升に入ったおかずを一緒に味わっていきたいものです。
「神戸食館」の紙蓋の真ん中に描かれている電車は、主に普通列車として活躍している321系電車。駅弁には不向きですが、海の景色は存分に楽しめます。福知山線・生瀬、神戸と、決して駅弁の販売に恵まれているとは言えない駅で、営業を続け100年あまり。淡路屋は、その厳しい環境に揉まれなから、絶え間ないアイデアで乗り越えています。そして、とても明るい雰囲気のなかで、1つ1つの駅弁が作られているのも印象的でした。この冬も神戸の海や山を思い浮かべながら、その歴史に思いを馳せて、バラエティ豊かな駅弁を手に取ってみてはいかがでしょうか。
(初出:2021年12月20日)
連載情報
ライター望月の駅弁膝栗毛
「駅弁」食べ歩き15年の放送作家が「1日1駅弁」ひたすら紹介!
著者:望月崇史
昭和50(1975)年、静岡県生まれ。早稲田大学在学中から、放送作家に。ラジオ番組をきっかけに始めた全国の駅弁食べ歩きは15年以上、およそ5000個!放送の合間に、ひたすら鉄道に乗り、駅弁を食して温泉に入る生活を送る。ニッポン放送「ライター望月の駅弁膝栗毛」における1日1駅弁のウェブサイト連載をはじめ、「鉄道のある旅」をテーマとした記事の連載を行っている。日本旅のペンクラブ理事。
駅弁ブログ・ライター望月の駅弁いい気分 https://ameblo.jp/ekiben-e-kibun/
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