二つのポストが並んだ光景を撮り続けて10年 同人誌『ふたりのポスト』から感じる日常の物語:司書みさきの同人誌レビューノート
街に出たときに探したくなる。
暑中見舞い、今年はどなたかに出されましたか? 気温はまだまだ高いですが、季節の書き出しはそろそろ残暑の頃ですね。今回の同人誌は、お手紙のやりとりに欠かせない、郵便ポストの写真集です。
今回紹介する同人誌
『ふたりのポスト(首都圏版)』表紙・本文カラー
著者:PHOTO OFFICE QUARTET
並んで立つ郵便ポストが50カ所大集合
こちらのご本の被写体はポスト。赤くて四角いその形が街にあるのは、よく見慣れた光景です。しかし、いつもと少し違うのはどのポストにも、すぐそばにもう一つポストが写っていること。
作者さんはあるとき、背中合わせに立っている二つのポストに気付いてからその面白さに注目し、2012年に並んだポストの風景を集めた写真展を開催。その後も各地の並んだポストを探して歩き、この度、首都圏の並んだポスト写真集としてまとめられたとのことです。
東京、神奈川、千葉の様子が収められ、その数およそ50カ所! ページをめくってもめくっても並んだポストたちの姿が現れるのですが、まず目を引くのはそのバリエーションの豊富さです。置かれた距離や、位置、時には形も、色さえも違うなんて。並んでいるからこその、同じところ、違うところが際立ちます。
10年間追い続ける街の風景
どれも現地へと足を運んで撮影された写真は、ポストそのものの面白さ、かわいらしさとともに街の様子も切り取っています。10年という長い時間をかけてこつこつと撮りためた1枚は、もしかしたら今はもう、背景に写りこんだ木々やバス、建物さえも変わっているかもしれません。ご本でも、撤去などの変更があった場所にも注目されています。けれど、それだけでなく1枚ごとが、その場、そのときの日常の空気を優しく留めているようです。人がいる場所だからポストがあって、でもそれは特別な出来事ではなく……そんな肩ひじ張らない親しんだ雰囲気が誌面から伝わります。
晴れの日も雨の日もそこに並んでいる……距離に気持ちを重ねて見る
ポストが同じ場所に複数設置される理由は、たくさんの投函(とうかん)に対応するためと解説がされています。郵便物がたくさんあればポストも増える……納得の理由です。けれど不思議なもので、並んでいるその姿が写されてみれば、ただの「処理のため」だけではなく、感情を動かす光景に見えてきました。
ぴったりと近くにいたり、背中合わせに立っていたり。忙しくしていれば通り過ぎてしまいそうな、またあまりに日常過ぎて目に留まらない様子が、晴れの日の明るい光のなかで輝く赤さ、雨の水滴をまとった表面、そういった一瞬と一緒に切り取られていることで、「ずっとそばにいるんだね」とか「背中を預けてもいい相手なのかな」なんて、苦楽を共にしている関係性すら浮かびます。
一冊の写真集を開いてみれば、暑い日も寒い日も、そこにあり続ける街の物語を、二つのポストから感じました。
今週の余談
書いた人から読む人へ。紙が到着するまでには、受け止めるポストと、その向こうにそれを橋渡しをされるたくさんの人々のことも思いました。手紙や荷物を届けてくださる流通の方々に感謝です。
みさき紹介文
図書館司書。公共図書館などを経て、現在は専門図書館に勤務。自身でも同人誌を作り、サークル活動歴は「人生の半分を越えたあたりで数えるのをやめました」と語る。
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