特殊能力ゼロ、モテ度ゼロ、体力微妙 でも東京ドームが「発電MAN」を待っている:全身タイツで自転車こいで発電(1/2 ページ)
赤い全身タイツをまとい、僕はこれから「東京ドーム発電所」で「発電MAN」になる。まるでヒーローになった気分だ。通行人の視線が痛いが、気にしない。ヒーローというのは孤独なものさ。
僕の名前は“やまも”。皆からそう呼ばれている。山本だからやまもだ。シンプルだろう? それはさておき、僕はこれから東京ドームで「発電MAN」に変身する。コスチュームは赤い全身タイツ。スパイダーマンにでもなったような気分だ。何も知らない通行人がけげんそうにこちらを見ているが、気にしない。ヒーローというのは孤独なものさ。
僕の今回のミッションを紹介しよう。読売巨人軍が節電への取り組みの1つとして実施している「東京ドーム発電所」プロジェクトだ。一般から募集した「発電MAN&WOMAN」に、巨人戦を見ながら自転車をこいで人力発電してもらい、その電気をヒーローカーの動力に使う。
普段は記者として働いているが、それはどうやら世を忍ぶ仮の姿だったようだ。今こそ、本当の姿――「発電MAN」としての“やまも”――をお見せする時が来た。戦いの日・7月27日の全記録をお届けしたいと思う。全身タイツがピチピチだからってどうか笑わないでほしい。いまダイエット中だから……。
こんな軽さなら余裕、よゆ……ぜぇぜぇ……
東京ドーム発電所は、東京ドーム3階ライト側にある小部屋に設置されている。普段は警備員の詰め所となっており、窓からはドーム全体が見渡せる。ここに、スポーツジムにあるフィットネスバイクを発電用に改造したものを5台並べた。一定の速さ以上でペダルをこぐと発電できる仕組み。床に置かれた電光掲示板には発電量をリアルタイムに表示する。
東京ドーム3階は、セレブな雰囲気のプレミアムラウンジが広がるフロアだ。東京ドームホテルが提供するビュッフェも楽しめる。座席もふかふかだ。スーツなど野球観戦とは思えないフォーマルな格好で歩いている人も多い。おいおい、戦いの場にしてはラグジュアリーすぎないか。僕は庶民の味方、そわそわしてしまうよ。
共に戦う仲間は、中年の男性3人と高校1年生の女性1人。皆、熱烈な巨人ファンだ。当初は7人で交代しながら発電する予定だったが、2人が急に来られなくなり、計5人になってしまった。交代要員がいないことを当日に告げられ、ちょっぴりたじろぐ仲間たち。「5人でも大丈夫ですよ!」「頑張りましょう」と励まし合う。
この日は巨人対横浜戦で、プレイボールは午後6時。その前に準備運動も兼ねて、ラジオ体操をすることになった。なんと、曲を流すために用意されたラジカセまで人力発電で動かす仕組みになっている。メンバーの1人が自転車をこぎ出すと、ちゃんとラジオ体操の音楽(なぜか英語バージョン)が流れてきた。
4人のウォーミングアップが終わった頃、自転車をこいでいたメンバーだけは息を荒くしていた。「たった3分でそんなになるの? またまたご冗談を」と半信半疑で、僕もサドルにまたがり、足を動かしてみた。フィットネスバイクほどの負荷は感じないぞ。今度は30秒全力でこいでみる。こんな軽さなら余裕、よゆ……ぜぇぜぇ……。
30秒間の発電量は「1.176Wh(ワットアワー)」だった。目標は試合終了までに7人合わせて300Whだ。全然ダメだ! このペースでは約2時間全力でこぎ続けなくてはならない。5人で割ったとしても、1人20分以上だ。30秒でも汗だくなのに……。仲間たちの目もうつろになっている気がする。やはり、大いなる力には、大いなる責任が伴う。
もう一人の敵、それは
さあ間もなくプレイボールだ。「レッツゴージャイアンツ」のかけ声とともに、僕らもミッションを開始する。ヒーローカーを見て笑顔になる子どもたちのため、節電に取り組む日本のため、エコな地球の未来のため、発電MAN&WOMANとしてのプライドを守るために――。
「シャーシャー」「ガシャガシャガシャ」――ペダルをこぐ音が東京ドーム発電所に響く。試合は目の前の窓越しに見えるが、テレビの野球中継のように実況や解説は聞こえない。部屋は意外と静かだ。誰かがペースを上げると、ほかのメンバーのペースもつられて上がってしまう。
試合が動いたのは2回の裏。部屋からかなり近い距離にボールが見えた。巨人の5番、阿部慎之助選手の1発だ。観客の歓声が聞こえてくる。発電MAN&WOMANも巨人ファンの血が騒ぐ。5人のペースは最高潮に達していた。まだ2回だけど。
僕たちは攻守交代のタイミングで休憩を取る。スタッフのお姉さんたちが水やスポーツドリンクを持ってきてくれるのだが、あまりゆっくりしている時間はない。目標の300Whを発電する以前に、僕の足は9回までもつのだろうか。さっきから両足が“まじでつりそうな5秒前”だ。
3回が終わり、翼が必要だと思った僕は持参したレッドブル(※)を飲もうとした。あれ? ないっ! ビニール袋に入っていたレッドブルが消えている。そして、同行した先輩記者も消えている。まさか……。
信じられない。ずっと「大変そうねえ」と眺めていただけの先輩がプレミアムなシートに座り、僕のレッドブルを勝手にごくごく飲んでいる。赤いコスチュームがブラックスパイダーマンのように、黒く染まっていく気がした(汗でぬれただけです)。もう一人の敵、それは「自分」……じゃなくて「先輩」。
※レッドブルは取材用の小道具です。東京ドームでは缶の持ち込みが禁止されていますので、ご注意ください。
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