きっかけは「攻殻機動隊」 “透明プリウス”の稲見教授が語るアニメと科学の関係
藤子・F・不二夫先生の「21エモン」などは科学者を目指す人にぜひ読んでほしい――マンガ「攻殻機動隊」をきっかけに「光学迷彩」を開発した慶応義塾大学の稲見教授が、マンガやアニメが研究者にもたらす影響について語った。
日本科学未来館で開催されたDCEXPOにおいて、慶應義塾大学の稲見昌彦教授による透明プリウスの展示が話題を集めました。物を見えなくする(=透けて見える)というのは古今東西の民話からSF映画などでたびたび登場する究極の技術です。日本の「隠れ蓑」からSFドラマ「スター・トレック」のクリンゴン宇宙船のクローキングデバイスまでさまざまな名称で呼ばれていますが、稲見教授は透明プリウスに用いた自身の技術を「光学迷彩」と呼んでいます。特殊な反射素材に映像を投影することで透明に見せる仕組みです。DCEXPO会場で稲見教授にインタビューに応じていただきました。
―― 透明プリウスに使われている稲見先生の「光学迷彩」のアイデアはかなり前から発表されていますよね。
稲見教授 透明マント的なものはこれまでもさまざまなアイデアが出てきています。ただ、透明マントと言った場合、何らかの方法で光を通すという受動的な意味合いが強くなり、実現するためのハードルはとても高くなります。しかし、士郎正宗氏のマンガ「攻殻機動隊」で「光学迷彩」という言葉を知ったとき、それまで行ってきた研究の、立体映像を投影するという能動的な方法が生かせると気づいたのです。だから私は「光学迷彩」という言葉を使っています。
―― かねて飛行機や自動車の内装にこの光学迷彩を施して死角をなくす提案をされており、今回実際に透明プリウスとして実現に至りました。
稲見教授 今回実現できたのは、コンピューターの性能向上と小型で明るいプロジェクターのおかげですね。乗用車に搭載できるものがそろったことで、実用化への道筋がみえてきました(注:通常のプロジェクターは暗い場所で投影するのに対して、明るい場所で投影するためより強力なプロジェクターが必須となる)。
―― 実用化までの道のりはいかがでしょうか?
稲見教授 今回はトヨタのプロモーション的なものですが、すでに自動車関連の各社から声をかけていただいています。自動車メーカーの開発スパンは10年単位ですが、私たち研究者はもっと早く、例えばオプションとしてもっと早い時期に提供できるようになると考えており、10年はかけたくありません。
―― これまでにも近接警告システム、MIT(マサチューセッツ工科大学)やスタンフォード大学の自律走行システムと、自動車業界で長く研究されてきた技術が実験段階から実用段階に入ってきており、いずれはこの光学迷彩もと期待がかかります。
稲見教授 自律走行ですが、実は最初に開発したのが日本人なんです。カーネギーメロン大学の金出武雄教授が1990年代にロサンゼルスからピッツバーグまでの高速道路の9割を自律走行で走ることに成功しました。これはアメリカのDARPA(国防総省の先端研究を担当する組織)による実験でした。DARPAは明確な目標を提示して研究を促進させますが、日本にもこのような仕組みが欲しいですね(注:金出武雄:画像技術の分野で様々な業績を残している研究者で、この分野で知らないものはもぐりと言われている)。
―― 研究室の必読書「攻殻機動隊」で「光学迷彩」を知ったとのことでしたね?
稲見教授 研究室に配属されたとき、議論したければまずはこれを読めと研究室の必読書「攻殻機動隊」を渡され、光学迷彩という言葉を初めて知りました。もともとCTなどで撮影した人体の内部映像を立体映像として見せる研究を行っていたのですが、再帰性反射素材をマネキンに貼り付けて投影する方法に行き着き、(透明プリウスでも使われた)光学迷彩のアイデアにつながりました。
―― マンガやアニメ、SFというものに囲まれてきた影響もあるわけですね。
稲見教授 マンガやアニメにSF的なものが多く、例えば藤子・F・不二夫先生の「21エモン」などは科学者を目指す人にぜひ読んでほしいですね。ジェームス・P・ホーガンのSF小説「星を継ぐもの」は科学者がどのように考えるかということが緻密に描かれているのでお勧めです。未来を描いたものは研究者にとって非常によい刺激になりますから。それとアニメの作り手との交流もあり、相互に影響を受けています。「ロボティクス・ノーツ」制作者とお話したとき、「95%のリアリティと5%のフィクションが必要」だとおっしゃっていましたが、私たち研究者はその5%の部分をリアルに考える人種なんです。
―― Production I.Gのアニメ「東のエデン」ではAR(拡張現実)がキーデバイスとして出てきました。その1年前、稲見先生と私も参加したある研究会の打ち上げに、同作品の神山健二監督が現れ「アニメのネタを仕入れに来ました」と語ったことを思い出しました。
稲見教授 最先端の技術をリアリティのある描き方をされていて感心しました。
―― その打ち上げ会場には稲見先生をはじめそうそうたる研究者が顔をそろえてましたね。
稲見教授 「(AR技術を紹介するWebサイト「工学ナビ」の)橋本直さんなどがいましたね。そのほかにも「電脳コイル」の磯光雄監督などアニメ制作者との交流は多く、お互いに刺激を受けています(注:打ち上げは神山監督を橋本氏らに引き合わせるための会でもあったそうだ)
―― (インタビューの前に行われていた)ニコニコ学会で稲見先生たちの発表を拝見していて、日本の研究者と海外の研究者との研究の方向性に違いがあるように感じました。
稲見教授 日本は秋葉原に行けば必要な部品が全部そろいますから、とりあえず物を作る傾向にありますね。かたや海外ではそんなに部品が自由に手に入る環境ではないため、物を作らないですむならそれを避け、ソフトウェアのほうに注力してますね。日本の研究者にとって秋葉原の存在というものは非常に大きいです。
―― 日本のものづくりに秋葉原ありですね。
稲見教授 私の研究室の3分の一は留学生ですが、みんな「秋葉原があるから」というのが留学の動機になっています。彼らの好きなマンガと電子部品、その両方が集積している秋葉原は非常に大きな魅力になっています。海外の方は「日本には秋葉原があるから悔しい」そうです。
―― かつて私たちが海外をうらやましがってたのが、今はうらやましがられる時代に!
稲見教授 マンガやアニメ、ゲームから着想を得た研究が、さらにマンガやアニメに還元される、このループは偉大ですね。日本の大きな財産だと思います。センスオブ・ワンダー、わくわくさせるものがそのループの中から生み出されています。
―― 財産と考えると、日本には無尽蔵の資源があるわけですね。
稲見教授 実はハリウッド映画にも影響を与えているようで、映画「アベンジャーズ」で空母が「レトロリフェクティブ(再帰性反射)パネル」を展開するシーンがあり、私の研究を参考にしたのかなと感じました。またトム・クルーズ主演の「ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル」でもクレムリンに進入したときに光学迷彩が使われましたが、背景を撮影するカメラの動きや映像が乱れたときのノイズがよく調べて描かれていました。
―― ニコニコ学会では研究者のありかたとして「野生の研究者」という言葉も出てきましたが。
稲見教授 もともと科学者という存在は職業ではなかったのです。職業としての研究者だけではなく、趣味として研究する研究者が存在してもいい、それが「野生の研究者」です。研究職につかなくても野生の研究者としてわくわくするものを生み出してほしいですね。
―― 最後に研究者(科学者)を目指す人たちへのアドバイスをお願いします
稲見教授 まず面白いと思うものを見つけること、好きなものであれば勉強は苦にならない。見つけるまでは苦労しますが。それとつっこみ癖を身につけること。教科書に書かれていることはすべてが真実ではない、その隙を見つけてつっこむ癖を持つことが必要です。その隙の部分が新たな研究テーマになりますので。

撮影者紹介
松岡洋は日本のポップカルチャー情報を発信するONETOPI「日本のポップカルチャー」のキューレーター。海外で起きている日本ブームについて「なぜ日本に魅せられたのか」を調査し、ONETOPIで紹介している。
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