穂積さん、初の作品集「式の前日」がいきなり売れた理由

ネットで話題となり、デビュー作がいきなりのヒットとなった穂積さんの「式の前日」」について聞いてみた。

» 2012年12月12日 11時54分 公開
[北本祐子,ITmedia]
※本記事はアフィリエイトプログラムによる収益を得ています

 コミックのヒットというと、固定読者をつかんだ連載作品をまとめた長編がほぼ占めてしまう。そんなセオリーのなか、デビュー作がいきなり注目された作家がいる。

 2010年にデビューした穂積さんの初の作品集となる「式の前日」は、Twitterやまとめサイトなど、ネットを通じた口コミで評判が広がり、発売後わずか3日で増刷が決定。2カ月後には、初版の約10倍の部数まで伸びるヒットとなった。

 著者の穂積さんは、2010年にコミック誌「月刊flowers」の新人賞で2位に当たる「銀の花賞」を受賞した。その受賞作が表題作ともなっている「式の前日」だ。

 「式の前日」は、結婚式の前日、縁側のある日本家屋で過ごす男女の姿を描いた作品。わずか16ページの作品だが、ラストには思わぬサプライズが。ほか5作も淡々としたリズムで進みながら、最後にずしんとくるメッセージがあり、思わず読み返してしまう展開となっている。その気持ちをシェアしたいと思う読者の声がTwitter上で「何度も読み返したくなる短編」などと口コミを誘発したようだ。

画像 「式の前日」(穂積・著)450円
(C)穂積/小学館フラワーコミックスα

 担当編集者である小学館月刊flowers(フラワーズ)編集部の戸叶研人氏に話をうかがった。

「売れ方の傾向としては、“口コミ”での影響が強かったです。Twitterなど、SNS上の“きわめて個人的な感想”の力強さを、あらためて実感しました。特に書店員さんから多く支持をいただいたのも大きい要因かと思います。時に『ステマでは?』と思われるケースも最近はあるのかもしれませんが、SNSの影響力とスピード感はヒットを生み出す強い味方です」

 穂積さんの作品についての評価は従来より高かったが、かといって特に宣伝に力を入れたわけではなかった。

「収録作品自体が連載作品ではなく、読み切り短編という点。そして何より、著者の知名度がまだ低い状態でのリリースのため、十分な部数設定も宣伝もかけられませんでした。宣伝担当者が作品を気に入ってくれ、頑張ってはくれたのですが、やはり口コミの力が強かったですね」

 月刊flowersの読者は高校生から30歳代を中心に50歳代以上の女性までと幅広い。子供の頃からマンガ好きで、ともに成長してきた女性がマンガを卒業せずに読み続けるに値する、知的好奇心旺盛を満たす作品を提供している。

画像 月刊 flowersは毎月28日発売、定価550円

 「式の前日」では、収録作6編の多くが身近な家族との関係を描いており、従来の少女マンガの枠ではくくれない作品がそろっている。これも、少女マンガのセオリーにとらわれない、作品性を追求したマンガを掲載できるフィールドがあったことから生まれたといえる。

「収録されている作品はすべて、ラストにちょっとしたサプライズがあるいとう特徴がありますが、それは特に優先的に意識している部分ではなかったと思います。あくまでも、『大切な人だから大事に思う』という、本来人間が持っている感情の部分をモチーフにし、それをキャラクターや物語に昇華されています。穂積さんの魅力と武器は、作品のジャンルや枠にとらわれない“普遍性”だと思います」

 穂積さんは月刊flowersにて、「さよならソルシエ」という初の長編を連載中だ。

「12月28日発売の月刊flowers掲載分で、5話めになります。初の本格連載ということもあり、穂積さんにとっても挑戦作、意欲作です。有名な画家・ゴッホと、知る人ぞ知る実弟・テオドルスの物語で、19世紀末のパリを舞台にした伝記ロマンです。画家として、かたや画商として、2人とも生前は決して輝かしい人生を歩んだわけではありませんが、のちの画壇界に多大なる影響を与えたわけです。そんな“切なさ”とヒロイズムが同居した作品を目指しています。個人的には、いわゆる“青春もの”ととらえていたりします」

 担当編集者の戸叶さんから見た穂積さんの作品の魅力は、「別れ」の描き方にあるという。

「すべてではありませんが、『式の前日』をはじめ、ほとんどの作品には別れのシーンがあります。大切な人との別離、死別、すれ違い……。それを、悲しい出来事としてではなく、希望に満ちた新たなスタートとして描いている点に、一読者として元気になれます。連載中の『さよならソルシエ』でも、穂積さんが紡ぐ独特な日常感と、終盤のに期待してください。『ソルシエ』は魔法使いという意味なのですが、タイトルに込めたものも含め、ラストに大きなサプライズがある…かもしれません」

 戸叶氏も、今回の売れ行きでネットの口コミ力を実感した。しかし、その根底にあるのは書店の、書店員の力があってこそだと語る。

「作品をリリースする際に出版社側ができることには限界があります。どれだけ素敵な作品を作っても、どれだけキャッチーな装丁まわりを考えても、どれだけ印象的な販促物を作っても、(ネット上も含めた)書店という場が読者には最初で最後の接点であり、最終的に書店員さんから読者に“届けてもらう”わけです。作品の売り方を考える際、書店さんでの売れ方をイメージすることが、今後も重要になると思います」

関連キーワード

漫画 | 書店 | 口コミ | 受賞 | 小学館 | 評判


Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

昨日の総合アクセスTOP10
  1. /nl/articles/2504/16/news035.jpg 「ウソだ…」「言葉が出ない」 幼少期から絵を描き続けた少年→15年後…… 大人になって描いた絵が100万再生【海外】
  2. /nl/articles/2504/16/news023.jpg 「成長したらそのうち襲ってくる」と言われたワニ、16年後……→ 280万回再生を突破した驚きの姿に「初めて見た」の声
  3. /nl/articles/2504/18/news025.jpg 2日かけて組み立てたのに動かない!? 自作PC初心者あるあるの再現が1460万再生「いまいましい」「同じミスしたよ」【海外】
  4. /nl/articles/2504/19/news044.jpg 「これは名品」「大当たり」 ユニクロの新作春夏コレクション、“売り切れ続出”だったアウター3商品とは
  5. /nl/articles/2504/18/news140.jpg 親が「絶対たぬき」「賭けてもいい」と言い張る動物を、保護して育ててみた結果…… 驚愕の正体が230万表示「こんなん噴くわ!」話題になった飼い主に聞いた
  6. /nl/articles/2504/19/news063.jpg 皇后さま、「ロイヤルブルー」で華やかさ演出 天皇陛下は黒の蝶ネクタイ【10万いいね】
  7. /nl/articles/2504/19/news036.jpg 折り紙を三角に折り続けていくだけで……「天才だ!」 驚きの作品に「すげーーーーー!!」「折ってみます!」
  8. /nl/articles/2504/18/news018.jpg 磯で見つけた“謎の穴”に釣り糸を垂らすと…… 「デカい!」牙をむいた“海のギャング”に「こんなことあるんですね」
  9. /nl/articles/2504/19/news051.jpg 湘南の砂浜に打ちあがった“超危険生物”を飼育したら…… 貴重な姿に「初めて見ました」「かっこいい」と大反響→2年後の現在について話を聞いた
  10. /nl/articles/2504/18/news172.jpg 「1回もエンジン掛けてない」 寺門ジモン、“希少な高級外車”を7年放置で廃車寸前に……ボロボロで激ヤバな相棒へ「ごめんな〜!」
先週の総合アクセスTOP10
  1. 小学生時代「こんなプラモ誰が買うんだよw」→40年後…… “大人になった”を実感するエピソードに「分かる」「特大ブーメランw」
  2. パパに、保育園へ行く娘のヘアアレンジを任せたら…… ママがひっくり返った“仕上がり”が400万表示「重力どこ?」「頑張った感がいい!」
  3. 「神パンツきた」 ユニクロ新作“3990円パンツ”が品切れラッシュの大人気 「過去イチかも」「本当にこれは買い」
  4. なんとなく捨てにくい紙袋→2カ所切り込みを入れるだけで…… 目からウロコの“活用術”に「これすごくいい!」【海外】
  5. 「見習うことばかり」 80代おばあちゃんの春服&収納術がステキ! 上品かつオシャレで「憧れです」「尊敬します」
  6. ファスナーに直接毛糸を編み付けていくと…… 完成した“便利でかわいいアイテム”が100万再生「天才だ」「これ大好き」【海外】
  7. 「尊厳を踏みにじる行為」 八代亜紀さんの“物議のCD”は「流通会社がすでに流通を中止」 タワレコが回答
  8. 古くなったジーンズは捨てないで! 目からウロコの“アイデア”に大反響「なにこれかわいい!」「こんなの作れるんだ」【海外】
  9. 指先サイズの小さな器に木を植えて、育てたら…… 「芸術だ」「半端ない」鳥肌モノの“神盆栽”に反響
  10. 義母「ランドセル代を振り込みました」→銀行口座を見ると…… 2児ママ絶叫の“神対応”が1520万表示「凄すぎる!」
先月の総合アクセスTOP10
  1. 【べらぼう】“問題のシーン”、「子供に見せられない」 身体張った27歳俳優へ「演技やばくない?」
  2. 「恩師ビックリするやろなぁ」 中学3年で付き合い始めた“同級生カップル”が10年後…… まさかの現在に反響
  3. 「本当に迷惑」 宅急便の「不在連絡票」と酷似のチラシが物議…… ヤマト運輸「配布中止申し入れ」
  4. 「うそでしょ!?」 東京ディズニーランド、“老舗”レストランの閉店を発表 「とうとう来てしまったか」「いやだああああ」と悲しみの声
  5. 雑草ボーボーの運動場に“180羽のニワトリ”を放ったら…… 次の日、まさかの光景に「感動しました」「すごい食欲」
  6. 40歳・女性YouTuber「18年間、脇毛を処理していない」→“処理しない理由”語る 「脇のみならず……」
  7. コメダ珈琲店で朝、ミックスサンドとコーヒーを頼んだら…… “とんでもない事態”に爆笑「恐るべし」「コントみたい」
  8. 息子の小学校卒業で腕を組んだ34歳母→中学校で反抗期を迎えて…… 6年後の姿に反響 「本当に素敵!」「お母さん、変わってない!?」
  9. Koki,、豪邸すぎる“木村家の一室”がウソみたいな広さ! 共演者も間違えてしまうほどの空間にスタジオビックリ「コレ自宅!?」「ちょっと見せて」
  10. 使わない靴下をザクザク切って組み合わせると…… 目からウロコの再利用法が2500万再生「とてもクリエイティブ」【海外】