声優・岩男潤子さん、慶應で講義 デビューのきっかけは「キヨスク」のアルバイト 活動休止の原因は病気ではない
講義の後は先生や学生たちと英国風パブ「HUB」へ。
アニメ「カードキャプターさくら」の大道寺知世役や「KEY THE METAL IDOL」の巳真兎季子(キィ)役、「新世紀エヴァンゲリオン」の洞木ヒカリ役などを担当した声優の岩男潤子さんが12月7日、初めて大学院の学生に向けた講義を行った。講義は未来先導チェアシップ講座に採択された杉浦一徳准教授の授業の一環として、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科で開催。岩男さんによる約90分に及ぶ講義とその後の独自インタビューの内容をレポートする。
デビューのきっかけは「キヨスク」でのアルバイト
岩男さんが芸能界に入ったのは高校1年生のとき。アイドルグループの一員としてデビューした。もともと芸能界に入ることを父に反対されていた岩男さんは、「10年で自分の歌を出せなかったらあきらめる」と両親と約束。しかしすぐにアイドルグループは解散し、アルバイトをしながら歌手を目指すこととなる。
アルバイトでは、ウェイトレスやクリーニング店の裏方、アンパンマンショーの司会のお姉さん、新聞配達など多くの職種を経験。その中でデビューのきっかけとなったのが駅の中にある「キヨスク」でのアルバイトだった。
キヨスクではネームプレートを付けて接客する。ある日、「いわお」と書かれたネームプレートを見て、お客さんがこう声を掛けてきたという――「夢(芸能界)をあきらめてしまったの?」。彼は岩男さんのアイドル時代を知っていたアニメ関係者だった。「いえ、私はアルバイトをしながら歌などの練習をしているだけです。機会があればやりたいです」(岩男さん)。「今歌の歌える声優を募集しているからオーディション受けてみませんか?」(アニメ関係者)――こうして約束の10年目にオーディションに合格、1994年にNHK総合アニメ「モンタナ・ジョーンズ」のメリッサ・ソーン役としてデビューを果たす。
岩男さんは、反対していた両親に電話を掛けた――「あと10年続けさせてください」。このときの両親の言葉が、岩男さんを強くした。「あと10年じゃないよ。あと20年も30年もがんばりなさい」。
ところが、デビュー作がオンエアされると想像以上に厳しい意見が毎日のように届いた――「プロの声優の中に、一人だけ素人が混ざっています。あの人を変えてください」。自信を喪失しながらも、そのつらい時期を乗り越えることができたのは周りにいた先輩や両親のあのときの言葉があったからだと岩男さんは話す。
マイクは20人に4本、演技指導なし 未完成の絵に声をあてる「声優」という仕事
デビュー決定後、岩男さんは声優事務所に所属。養成スクールにも入ったが、実際のアフレコ現場では新しいことばかりだった。
例えば、声優は基本演技指導がない。1週間前に台本をもらって自主練習し、本番当日に音響監督から演技に指摘が入る。当日全く違うセリフを渡されることもしばしば。また、録音はぶっつけ本番の一発勝負がほとんどで、自分でいくら納得がいかなくても「もう一度お願いします」と言うことは不可能。多くの声優がいる中で、1人のために時間を割くことはできないのだという。
そして多くの場合、アニメの音声収録時には絵が未完成。表情さえ分からないものもあり、ピコンピコンというマークを見ながら収録する。それもない場合はタイムコードを自分で書きとり、タイムコードに合わせて収録。今では事前にDVDをもらって練習できるが、10年ほど前まではオンエアで初めて絵を見るなんてことも珍しくなかったという。
さらに、マイクは1人1本割り当てられているわけではない。20人の声優がいて、用意されるマイクは4本のみ。他の人の収録時にはじっと息をひそめて椅子に座り、自分の番が近付くと洋服がすれる音や足音が入らないように忍者のようにマイクへ近づきマイクの前に立つ。これは日本独特の文化らしく、フランスなどでは1人に1本マイクがあり譜面台に台本を置き座って収録を行うようだ。日本でも俳優が収録を行う場合は特別対応として1人1本マイクがあることもあるが、基本このスタイルは20年変わっていないと言う。その理由について岩男さんに尋ねると、「その中の緊張感から生まれる演技がいいのではないか」と答える。
声を失い一時活動休止 「病気」ではなかった
2015年2月7日、岩男さんは公式サイトで活動の一時休止を発表(関連記事)した。理由は「気管支炎」の悪化。会話すらままならない状態となっていた。
しかし、原因は病気ではないことが分かった。岩男さんは何年もかけて知らず知らずのうちに、声が出なくなってしまうような悪い発声の癖を身に付けてしまっていたのだ。ボイストレーニングのコーチは「発声の仕方に問題がある」と指摘し、治療からトレーニングに切り替えた。それから数カ月、彼女は声を6~7月ごろから少しずつ取り戻し、現在は復帰している。
岩男潤子の「声優像」
授業の最後に、学生からこんな質問があった。「これだけ長く声優というお仕事をしていると、自分の本当の声を失なったりしませんか?」「オーディションなどではプロデューサーの好みに合わせて声を変えていますか?」。これらの質問に、岩男さんはこう答える。「トレーニング前は、もっと暗い声だったかも。発声を学んでから、本当の声はどこかへいってしまったかもしれない。声を変えてオーディションに臨むかということに対しては、自分の中でいくつかパターンを作ってオーディションに臨む。例えば、カードキャプターさくらの知世ちゃんの声は始めはもう少し低い声だった。しかし、オーディションを重ねていくうちにどんどん高くなっていった」(岩男さん)。
また海外での活動については、現地の言葉を練習して役を演じると「日本語で聞きたい」と言われることが多いという。「日本のアニメを日本語で見ている人が多いから、日本語がよろこばれるのかもしれない。ファンの人との会話も『アニメの登場人物に恋をした』など、日本のファンと同じような会話を楽しんでいる」と話す。
岩男さんの主なファン層は、岩男さんより5~10歳年下が多い。そのためか「どうしたら岩男さんみたいな声優になれますか?」というファンからの質問も多く、そのときには具体的なアドバイスではなく自分の話をするという。
岩男さんは声優の演技として、評価されてうれしいことが2つあるという。1つは声を聞いただけで「岩男潤子」だと分かる演技、もう1つは声を聞いても「岩男潤子」だと分からない演技。声を聴いたときは誰か分からないが、あとから名前を見たら分かる……そんな声優を目指している。
(太田智美)
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