「リテラシー疲れ」にならないために、情報とは省エネで付き合いたい
情報の背負い過ぎで肩がこっている人たちへ。連載「ネットは1日25時間」。
以前、テレビ番組で偽ブランド物のバッグを利用する人へのインタビューをした際、「本物ではないと分かっているけれど本物は高くて手に入らないし、本物を持っている気分に浸れるだけでも構わない」と答える光景を目にしたことがあります。そのときはプラダか何かのバッグだったと記憶していますが、素人目に見ても造りが荒いそのバッグを見ていると、「本物を持っている気分に浸る」よりも「偽物であることから目を背ける」のに精神力を使いそうだな、と思いました。しかしときにはそんな思いに妥協する必要も出てくるほど、本物にこだわることは「疲れる」ことでもあるのです。
コストを支払ってまで、労力を割いてまで、より質が高いものを手に入れる必要があるのでしょうか。安易に粗悪なものに飛びつくのはいけないことだといわれても、私だって本当はカニが食べたいけれどカニカマで我慢する身分。誰もがあらゆることに意識を高く持てるわけでもなければ、望めば質が高いものにコネクトできるわけでも、質が高いものにばかり魅力を感じるわけでもないので、各自の思いからあえてランクを落とした選択をすることもあるでしょう。松竹梅のコースでは竹を選びがちな私たちです。
ただし、それが「情報」というコンテンツだと、果たしてどうでしょうか。これだけの情報化社会になって「質の低い情報源に目を通すな」「知らない事が多いと損をする」「調べようとしないものは愚かだ」といった言説が当たり前になっても、ゴシップ誌や2ch系まとめブログなど、ウワサや臆測、扇情的な見だしで記事を成り立たせるような、誰の目から見ても情報の質が高いとは言い難いイエロージャーナリズムの媒体でも商業的に成功しているあたり、人はどうしても「質の低い情報」に対する魅力からは逃れられないようです。
最も人は「客観的にみてレベルが高いものが欲しい」というよりは「自分が求めているものはレベルが高い」と考えやすいフシがあり、明確な取材源のある新聞よりどこの誰とも分からぬ個人ブログの記事をソースに引用したり、科学誌よりオカルト誌のほうを盲信しているという人も珍しくありません。もちろん新聞にしたって誤報や偏向があったりするので、絶対に正しい情報源と言い切れるものではなく、信ぴょう性というのは比較論でしか測れないのですが、比較の基準も十人十色。イエロージャーナリズムの方へ信用や信頼を傾ける人がいる以上、イエロージャーナリズムも人によっては「質の高い情報源」になり得るのです。
「情報リテラシー」に疲れてしまった人々
東日本大震災の発生はSNSの使われ方に大きな転換点をもたらしました。これまで以上にデマや風評被害の広がり方が顕著になった一方、情報との付き合い方に対して襟を正すことがますます重要視されるようになりました。
もちろん誰かを救う有益な使い方も、誰かを傷つけるデマの広がり方も、今に始まった話ではありませんが、3.11以降のネットにおいて「情報リテラシー」の在り方はますます厳しい目で判断されています。
当然、ニュースになるような話題だと一般人が一次情報に接続するのは相当難しいので、われわれとしては少しでもソースをさかのぼって信頼性を高め、ときには既存のデータと照らしあわせて精査する、といったことまでが関の山だと言えます。
ですが、あれから5年という歳月は、やはり一区切りついてしまったのでしょうか。ネットユーザーの意識はまた大きく変わったように思います。あくまで個人的な観測範囲の話になってしまいますが、SNSやアプリなどで話題のニュースをチェックしていると、「ソースが明らかでなく情報源として信頼性が低い」記事でも広く共有されており、それどころか昨今はその風潮がかなり強くなったような気がします。
当然誰もが信用できるソースとして拡散しているわけではありませんが、日々爆発的に増えていく情報ソースの中、意識だけで適切に精査するような“余裕”は精神的にも時間的にもないのでしょう。中には質の低く信頼性に欠ける、悪影響しかもたらさない情報だと分かっていても、面白おかしく拡散することに開き直る人も多くいます。
以前、居酒屋で知人とおしゃべりをしているとネットの話題となり、最近はどんなWebメディアを見ているか、という話になりました。知人はライフハック系の情報記事を書いているブロガーであり、普段より精度の高い情報に対するアンテナは人一倍敏感な人だったのですが、最近はずっと忌避し続けてきた2ch系まとめブログといったような、お世辞にも質が高いとはいえないメディアを目に通すようになったと明かしてくれました。
その理由を訊いたところ、「以前までは、できる限り情報の信ぴょう性を掘り下げよう、質の低い情報はノイズとして除去しようという気持ちはあったのだけれど、疲れてしまった。質が高い情報はお金なり体力なりのコストを支払わないといけない。もちろんデマを広めたいって気持ちがあるわけじゃないから安易に拡散や共有はしないけれど、1人で楽しむ分には質が悪いものでも構わないだろうと思いはじめた」と、答えました。知人は「リテラシー疲れ」を起こしてしまったのです。
当然、これは決して責められることではなければ、誰かに止める資格があるわけでもありません。私にも時折、ソースがまるで信頼に値しないようなゴシップを嗜む時間があります。信じるも信じないも自分次第、質が低い情報源も適度に楽しみ、悪い影響を自分や周囲にもたらさないようにコントロールすべきなのかもしれません。食事は毒もおいしいと感じる度量が必要だと範馬勇次郎も言っていましたし。
「リテラシー疲れ」にならない方法
とはいえ、こういった「リテラシー疲れ」の反動によってまた、質の低い情報を拡散したり共有したりするようになってしまったら……。「質が低い情報に触れるのは楽しむためであって信じるためではない。でも万が一信じて拡散してしまったらどうしよう。気を付けないと」と肩肘を張り、それで疲れてしまったら元も子もありません。
最初から質の低い情報を拡散することにためらいがなかったり、意図的に質の低い情報を扇情的に流す人より、情報に対し生真面目な人ほど、うっかりそうなってしまう可能性が高いでしょう。情報というものは色も形もないので、意識だけで付き合わなければならない存在です。普段から情報との接し方をライフスタイルや仕事として心得ている人ならともかく、一般人にはなかなか難しいふるまいです。
そこで重要なのは、情報の精査や検証、共有までのステップをどれだけ「省エネ化」できるかという面です。
その1つとして「観測範囲を洗練させておくこと」。たくさんの情報の中から選びぬくのではなく、限られた情報源に絞って接するようにすることです。それは「ジャンル」でもいいし「媒体」でも構いません。政治からスポーツ、芸能に科学まで万遍なくというよりは、せめてこのジャンルだけでも深く、高い強度で理解していればいいという一点突破型の情報収集をするのです。
Twitterなどでも、フォローをむやみに増やさないことが重要です。情報のアンテナは広ければ広いほど良いとされる風潮はありますが、視野に限界がある人間では広げたところで質の高い情報を取りこぼす危険性のほうが高いでしょう。
世の中に100の情報があったとて、100の中から毎回1を選び抜くより、最初から1だけを知っていればよく、けれどその1は限りなく重みと価値と信頼性のある1を選ぶこと。その結果「1」をカルト的に盲信したり、「1」の正体がとんでもないカルトだったりすることもありますが、もっとも質の低い情報に煽られやすい人は100のうち99の質が高くても質が低い1を選ぶのでどっちみち同じことと言えます。ここでは「まとめブログと新聞、どちらか1つしか読めないとしたら」という質問に一瞬の迷いもなく新聞を選ぶ程度にはしっかりしている人の話をしています(その新聞も信頼性の面でかなり選択の幅がありますが)。
そういう人は必然的に「1」を疑い、再検証する能力とそうしなければならないという自覚があります。100を洗い直すよりはよほどエネルギーは消耗しないはずです。
また「大抵の情報は大して拡散の必要性がないと思うこと」。もちろんメディアとしては自分たちの情報を拡散してもらえることが一番なので、思わず共有したくなるような構成にしたり、広く認知された方がいい情報もあるのですが、それは自分がやる必要はないという自覚は持っておきたいものです。「拡散する以上はそれがデマであったりしてはならない」「デマ拡散の罪は背負いたくない」という意識がリテラシー疲れを招いてしまいます。ならばその前に「そもそも私が拡散する必要などない」と考えてしまえばいいのです。
拡散や共有という行為は「したい」という意志のもとに行われるものがほとんどであり、「訳あってしなければならない」などといった義務で行われることはビジネスや付き合いの問題でもない限りはほとんどないので、必要性が付随しているケースの方が少ないのですが、それだけ「する必要がない」と気楽に構えることができます。これもまた、情報に省エネで付き合う所作といえるでしょう。もちろんこの記事はどんどん拡散してもらって構わないのですが。
ときには情報に対して襟を崩し、なんならネクタイを外してみるくらいのスッキリした柔軟性を見せたいものです。本当にイケてる人は多少身なりが崩れてもかえって様になるように、リテラシーというスーツも重く堅苦しいばかりでは「正しい」ものは見えないのでしょう。ちょうど最近、クールビズを提案した人が都知事になったことですし……。
星井七億
85年生まれのブロガー。2012年にブログ「ナナオクプリーズ」を開設。おとぎ話などをパロディー化した芸能系のネタや風刺色の強いネタがさまざまなメディアで紹介されて話題となる。
2015年に初の著書「もしも矢沢永吉が『桃太郎』を朗読したら」を刊行。ライターとしても活動中。
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