自己責任論は本当に「想像力が欠如」しているのか?
ジョン・レノンにごめんなさい。連載「ネットは1日25時間」。
先日、とあるアナウンサーが自身のブログやWebメディアにおいて「自業自得の透析患者は全員実費負担にせよ。無理だと言うなら殺せ」と言及したことが大きな波紋を呼びました。批判の意見が来ようともアナウンサーは一貫して自身の主張を覆すことなく、話題は各所へと波及。結果的にそのアナウンサーは自身が出演しているテレビ・ラジオ番組を全て降板させられる事態へと発展しました。
私自身、このアナウンサーの掲げた主張に関してはとても同意できるものではなく、この結末に対しては因果応報というか、このアナウンサーが主張せんところの「自己責任」が伴った結果なので、人を呪わば穴二つといったところでしょうか。ここではなぜそのアナウンサーの主張が誤っているのかというのは本題ではないので言及を避けますが、とはいえその後、そのアナウンサー宅に卑猥な荷物が送りつけられるなど、いくらそのアナウンサーの主張が誤っていたとしても決して許していいものではない低俗な嫌がらせなども発生した様子。責任を取らされて仕事がさっぱりなくなりました、で手打ちとなるようなすっきりした着地とはいかなかったようです。
このアナウンサーの振りかざした主張は典型的な「自己責任論」ですが、この案件を見ることで安易な自己責任論が悪と見なされ、淘汰されるほどネットが成熟していることの証左となったかというと、そんなことは全くないようです。
自己責任論は本当に「想像力の欠如」の産物か
生活保護などの貧困問題、いじめ問題、性犯罪に関わるいくつかの問題などには必ずと言っていいほど「自己責任論」が付随してきます。貧しいのは努力しなかったからだ、いじめられるのには原因がある、そんな服装をしているから性暴行を受けるのだ等々、苦しんでいる人をさらに苦しめるばかりで何1つ建設的な要素を生み出すことなく終わります。
特に言いやすさも相まってネットではその現象が顕著であり、せめて苦しんでいる人の元にその悪辣(あくらつ)な言葉が届かないようにと祈るばかりです。自己責任論の暴走には嫉妬、優越感、スパルタ的感性などさまざまな要因が根幹にあり、どれが原因でそれを振りかざすようになったのかなどというのはケースバイケースですが、いずれにせよ不毛の極みといえます。
自己責任論を批判する際によく使われる言葉の中に「想像力が欠如している」というものがあります。「苦しんでいる人間がそこに至るまでの背景や環境を全く考慮しないのか」「今でこそ他人を叩いているけれど、自分がもしその立場になったときのことを想定しているのか」「何が起こっても不思議でない世の中で本当に自分だけは、いま自分が叩いている立場にならないと言い切れるのか」「いざその立場になったとき、本当に“これは自己責任なのだ”と捉えて誰からも助けを求めない姿勢を貫けるのか」「それを想像する能力がないから、安易に自己責任論を振りかざせるのではないか」という意見です。
私的にも一理あるというか、自己責任論者を目にしたときに真っ先に口から飛び出しかねない意見ではあるのですが、では自己責任論者は本当に「相手の背景及び環境」や「自分が叩いている立場になること」を全く想像できていないのでしょうか。
確かにそういった部分の想像力が欠落した人はいますし、「想像力がない人間の存在を想像しろ」という意見も時折見かけるものですが、自己責任論については今日に至るまで度重なる議論が続いており、「自己責任論は想像力の欠如」という言葉がある種の定型句になってしまうと、強硬な自己責任論者の中にも「他者の背景や環境を考慮した上で、いざ自分がその立場に立たされたときの想像」をしている人間だって少なからずいることでしょう。
では、それでもなお自己責任論を振りかざす人というのは「自分がどんな環境からその立場に立たされても自己責任なのでなんでも自分でなんとかする」と、自己責任論を徹底的に貫くことを心に決めているほど、精神的にタフな人なのでしょうか。当然、本気でそのつもりがある人間も中にはいるのかもしれませんが、自分のことを「あらゆる困難も自力で乗り越えられるほどたくましい人間だ」と認識している人などそう多くはないでしょう。
自己責任論にはある種の中毒性があります。自己責任とはつまり「自らに起こる苦難を、原因から解決策まで自ら采配できる強さ」を求める言葉であり、自分が実践できているか否かに関係なく、この言葉を追い求めることで自分はたくましい人間なのだと思い込むことが出来ます。「想像上のたくましい俺」は魅力的です。人間とは弱くて当然の生き物なので、易きに流れて強い言葉にすがりつくのも宜なるかなといった具合です。
「公正世界仮説」という言葉の悪用
「公正世界仮説」という言葉が一時期、ネットで話題になりました。簡単に説明するとこの言葉は「世の中は公正にできているのだから、悪い目を被った人間には必ずそうなるに至る何かしらの原因があるはずだ(あるいは「努力は必ず報われるはずだ」等)」と捉えてしまう人間の認知の一種です。
当然ながらその度合は個人差があるものの、中には「彼がひどい天災に見舞われたのには前世で何か罪を犯したからなのだ」といった極端なケースもあり、こういった認知がいわゆる「被害者叩き」などの自己責任論に密接に結びつくことになっています。他人の痛みを許容できない、そんな理不尽な痛みなどあってたまるかと我慢が効かなくなり、手っ取り早く当事者に原因を求めてしまう。「人間とはそんなにたくましい生き物ではない」ということを教えてくれる言葉です。
このような言葉の存在が広く認知されることは人間が他者や己の心を察し、自他の振る舞いを見直したり掘り下げたりするきっかけになるなと思う一方で、私としてはこういった言葉が招く弊害に関して考えることが時々あります。
この「公正世界仮説」という言葉がある種の自己責任論者に対し「自分が許容できない他人の痛みに対し、被害の当事者に原因を求めたり安易な自己責任を振りかざしたりするのは、『公正世界仮説』という人間の心理に基づいたものだから仕方ないのだ」という一種の開き直り、自己肯定を促しているのではないかということです。
先述のように、安易な自己責任論は心の弱さから出てくる言葉でもありますが、その弱さがこの手の「公正世界仮説」のような「人間とはそんなにたくましい生き物ではない」ということを指し示してくれる言葉とつながってしまい、結果的に「自分のたくましくなさの肯定」に使ってしまってはいないでしょうか。「俺の自己責任論が不快だって? でもこれ『公正世界仮説』だから! 人間にありがちな心理だから! 俺だって人間だもん、こんなこと考えちゃうのはしょうがないよね!」といった具合に。
「自分はそんなにたくましくないのだ」と認識することはとても大事なことですし、それを肯定することも生きやすさの獲得において重要なことなのですが、人間とは都合のいいもので、「公正世界仮説」を言い訳にした自己責任論の中には「人間とはそんなにたくましい生き物ではない」という認識が自分の攻撃対象にだけは向いていない矛盾があるのではないでしょうか。
典型的な「自分に甘く、他人に厳しい」ですが、こうなってしまうともはや「想像力を働かせろ」という言葉は味のないガムよりも役に立ちません。想像力を働かせた結果を許容する苦しみからの逃避なのですから、ある種の自己責任論は「想像力の欠如」からくる結果だけではなく、想像力の元に組み立てられた結果でもあるのです。
「想像してごらん」と歌ったジョン・レノンには申し訳ないのですが、想像力が極めて重要な存在だとはいえ、想像するだけではもう自己責任論の歯止めは効きません。じゃあどうすんの、と言われたら、日常的に想像力が欠如している私は「……いい方法をみんなで想像しよっか」としか言えないのですが……。
星井七億
85年生まれのブロガー。2012年にブログ「ナナオクプリーズ」を開設。おとぎ話などをパロディー化した芸能系のネタや風刺色の強いネタがさまざまなメディアで紹介されて話題となる。
2015年に初の著書「もしも矢沢永吉が『桃太郎』を朗読したら」を刊行。ライターとしても活動中。
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