「日本合衆国」かく興盛せり

人間とエレメカを生々しく共生させる手法はまさにサイバーパンク後のスタンダード! SF通の諸兄をうならせる正統派歴史改変SFな1冊を紹介。

» 2016年11月30日 13時11分 公開
[シミルボン]

 もし、第2次世界大戦で日独の枢軸国側が勝っていたら?

 この前フリだけで、SF通の諸兄は即座にフィリップ・K・ディックの「高い城の男」を思い出すだろう。

 歴史改変モノの草分けとして名高い名作だが、その後この手のSFはジャンルとして確立するほどの隆盛を見ていない。タイムスリップで歴史を改編してしまう作品は山ほどあるが、ちゃんと既成の歴史としてシミュレートした世界を描くのとはちょっとちがう。日本では「戦闘妖精・雪風」シリーズのように戦記SFものが一定層のファンを獲得しているだけに惜しいことだと思う。

 しかし、そんな中で久々に正統派歴史改変SFのツワモノが登場した。


 何といってもU・S・Jだ。United States of Japanだ。前述の「高い城の男」がドイツの視点で描かれていたのに対し、同作は日本に征服されたアメリカ合衆国を舞台にしているのである。

 もうこのタイトルだけでキワモノ感ありありではないか。

 しかも表紙。ニッポンサブカル十八番の巨大ロボットが、肩章の日の丸も凛々と夜の大都市に仁王立つ。まさにクールジャパン。描いたのはゲーム「HALO」などのコンセプトアートを手掛けるジョン・リベルトで、アメリカ版ペーパーバックの表紙を飾った時から大きな話題を呼んでいた。

 日本版刊行が待望されていた一冊だ。

 と、ワクテカしていた向きにはアレだが、本文はよくも悪くも予想を大きく裏切っている。

 大方の読者は「アメリカ合衆国残党の抵抗勢力vs日本帝国軍巨大ロボ」みたいなB級アクション系を期待したのではないかと思う。もちろんそういうシーンも用意されてはいるが、そっちはあくまで傍流であって本書の中核ではない。

 これはまさに歴史改変SFの正当な末裔(まつえい)、「高い城の男」へのオマージュにあふれた本格現代SFの一翼なのである。

 枢軸国側の勝利で、東西に分割統治されるアメリカ。西側半分を支配する日本は、高度な電子・医療テクノロジーで独自の文化を築き上げる一方、人種問わず天皇崇拝を強要する苛烈な抑圧統治を行っていた。

 そんな中、ロサンゼルスで「アメリカが戦争で勝った世界」をシミュレートするゲームがひそかに流行する。これの開発に日本軍のゲームデザイナーが関わっていたらしいという情報があり、統治軍のぐうたらハッカーと美人エージェントが奇妙なコンビを組んで調査に乗り出す……・

高い城の男 フィリップ・K・ディックの「高い城の男」

 お気付きのとおり、これは「高い城の男」のシチュエーションをそっくりそのままオマージュした導入だ。

 そして本編を貫くモチーフは、ストレートアヘッドにポストサイバーパンクな世界観である。ハイテクが生活の隅々まで支配する一方、逆にそのハイテクも人間の薄汚れた生活に汚染されるように日常風景の中にうごめいている世界。電脳空間へのジャックインという描写こそないものの、人間とエレメカを生々しく共生させる手法はまさにサイバーパンク後のスタンダードともいえる。

 さらに見逃してはならないのはサイバーパンク的詩情だ。

 皇国への忠誠と人間的生活のはざまで苦悩する人間たちの心象。でこぼこコンビが道中で織りなす軽妙かつ深淵な会話の妙。本編中に頻発する、日本軍や現地アウトローたちによる拷問・虐殺の描写はいささか悪趣味の域だが、その中にすら加虐・被虐の陶酔と官能が緻密に表現されている。人間と物質の境界が曖昧模糊(もこ)としていく、これもまたサイバーパンク発祥モチーフとして外せない観点だろう。

 他にも、実際の史実をシミュレーションとして本文中で逆流させる小技や、現実の歴史や世界情勢を強烈に風刺するアナロジーも見どころである。もちろん、韓国系アメリカ人の作者が心底愛して止まないジャパニーズサブカルチャーへのオマージュの数々は、探して拾い読みしていくだけで相当楽しめる。

 まあ、ラノベライクなロボットアクションを期待した向きには「表紙詐欺」と思われるかもしれないし、大森望氏による解説はあいかわらずちょっとちょうちん入っている気もするが、現代SFのスタンダードとして触れておくべき作品である点は同感だ。

 ちなみに、書籍はなぜか新書版と文庫版が同時刊行されている。文庫版は上下2分冊になっているが、合計すると新書版よりちょっとお得だ。

m-a


シミルボン


Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

昨日の総合アクセスTOP10
  1. /nl/articles/2503/18/news071.jpg 息子の小学校卒業で腕を組んだ34歳母→中学校で反抗期を迎えて…… 6年後の姿に反響 「本当に素敵!」「お母さん、変わってない!?」
  2. /nl/articles/2503/20/news115.jpg 「いつの間に……」 大谷翔平、試合後の「ひざの状態」にファンに衝撃 「ボロボロ」「すごさを物語っている」
  3. /nl/articles/2503/20/news026.jpg プロが本気で“アンパンマンの塗り絵”をしたら…… 衝撃の仕上がりが550万再生「凄すぎて笑うしかないw」「チーズが、、、」 話題になった作者に話を聞いた
  4. /nl/articles/2503/19/news126.jpg 「うそでしょ!?」 東京ディズニーランド、“老舗”レストランの閉店を発表 「とうとう来てしまったか」「いやだああああ」と悲しみの声
  5. /nl/articles/2503/19/news030.jpg 19万8000円で購入した超高級魚を、4年間育てたら…… ド肝を抜く“大変化”に「どんどん色が」「すごい」
  6. /nl/articles/2503/20/news046.jpg 【ワークマン】一体なんだこれは…… 衝撃的な“1500円Tシャツ”に反響 「すごく良い」「発想が面白い」
  7. /nl/articles/2503/19/news019.jpg 水族館のイカに“指でハート”をしてみたら… “まさかのお返し”が190万表示「こ、こんなことあるのか」
  8. /nl/articles/2503/20/news112.jpg 「なんでこれ使った」 ドジャース公式が“日本人3選手”の勇姿を投稿→よく見ると…… まさかの「違和感」に「誰かわからんかった」
  9. /nl/articles/2503/20/news009.jpg 「もうこりごりだ〜」 財布に新紙幣を入れたら…… “まさかのビジュアル”に爆笑 「昭和アニメのオチかな?」 投稿者に話を聞いた
  10. /nl/articles/2503/17/news040.jpg 毎日庭に来るインコから、ある日渡された“贈り物”とは…… 「号泣した」まさかの正体に「まるで何かの物語のよう」
先週の総合アクセスTOP10
  1. 雑草ボーボーの運動場に“180羽のニワトリ”を放ったら…… 次の日、まさかの光景に「感動しました」「すごい食欲」
  2. 40歳・女性YouTuber「18年間、脇毛を処理していない」→“処理しない理由”語る 「脇のみならず……」
  3. 「恩師ビックリするやろなぁ」 中学3年で付き合い始めた“同級生カップル”が10年後…… まさかの現在に反響
  4. 使わない靴下をザクザク切って組み合わせると…… 目からウロコの再利用法が2500万再生「とてもクリエイティブ」【海外】
  5. ペットのカエルを土に埋め、約半年間放置→掘り返してみたら…… 「すげぇ」予想外の結末に「ほんと不思議」
  6. 「絶対当たったわこれ」→「は?」 ガリガリ君の棒に書かれていた“衝撃の文章”に「そうはならんやろ」 投稿者に当時の思いを聞いた
  7. コメダ珈琲店で「軽い食事」を注文 → 出てきた“まさかの実物”に思わず大仰天 「逆詐欺ですね」「軽食という名の主食」
  8. 最恐雑草“ヤブガラシ”根元をハサミでチョキッと切ると…… “驚愕の結末”に「すごい」「知りませんでした」
  9. 「笑い過ぎて涙が」 小学生次男、宿題で先生に不正を疑われる→まさかの原因が530万表示 「じわじわくる」 投稿者に話を聞いた
  10. 大阪梅田駅で撮影された“奇跡のような光景”に「今まで見たことない」「本当に贅沢な眺めだ」 全ホームにマルーンカラーが整列
先月の総合アクセスTOP10
  1. 最初に軽く結ぶだけで…… 2000万再生された“マフラーの巻き方”に反響「これは使える」「素晴らしいアイデア」【海外】
  2. コメダ珈琲店で朝、ミックスサンドとコーヒーを頼んだら…… “とんでもない事態”に爆笑「恐るべし」「コントみたい」
  3. パパに抱っこされる娘、13年後の成人式に同じ場所とポーズで再現したら…… 「お父さん若返った?笑」「時止まってる」2人の姿に驚き
  4. 和菓子屋で、バイトの子に難題“はさみ菊”を切らせてみたら……「将来有望」と大反響 その後どうなった?現在を聞いた
  5. 古いバスタオルをザクザク切って縫い付けると…… 目からウロコの再利用に「すてきなアイデア」【海外】
  6. 「14歳でレコ大受賞」 人気アイドルがセクシー女優に転身した理由明かす 家族、メンバー、ファンの“意外な反応”
  7. 希少性ガンで闘病中だったアイドル、死去 「言葉も発せないほどの痛み」母親が闘病生活を明かす
  8. “きれいな少年”が大人になったら→「なんでそうなったw」姿に驚がく 「イケメンの無駄遣い」「どっちも好きです!笑」
  9. ドブで捕獲したザリガニを“清らかな天然水”で2週間育てたら…… 「こりゃすごい」興味深い結末が195万再生「初めて見た」
  10. 芸能界引退した「ショムニ」主演の江角マキコ、58歳の近影にネット衝撃「エグすぎた」 突然顔出しした娘とのやりとりも話題に