ネット署名は世の中を変えることができるのか 署名サイトChange.orgの4年間(1/2 ページ)
民主運動の1つとして今やすっかり定着しているネット署名。そのお手軽さから、国の制度までも変える力は持っているのだろうか。国内最大の署名サイトChange.orgに成功例を聞いた。
個人の力ではどうにもならない大きな物事を動かすための手段として、今やネット署名はすっかり浸透している。匿名ブログ「保育園落ちた日本死ね!!!」を受けて保育制度の改善を求めるもの、SMAP存続を願うもの――社会で何か話題になるたび、追従するようにネット署名も立ち上がるようになった。
一方で「ネット署名」とGoogleで打ち込むと、次の候補として「偽名」「有効性」「効力」など、その力を疑うようなキーワードが出てくる。直筆に比べ、すぐに立ち上げ賛同を募れるそのお手軽さ……法律や条例など、問題の根本まで解決できる力がネット署名にあるのか信じられない人も多いのかもしれない。
米国発「Change.org(チェンジ・ドット・オーグ)」の日本版がオープンしたのは2012年。個人的な思いから社会的問題まであらゆる気持ちを「キャンペーン」として立ち上げ、賛同を集めながら相手に訴えていくプラットフォームだ。利用者数は2014年8月に50万人を突破、現在は100万人を超えるなど、署名サイトとしても国内最大となっている。
4年間でどのような成功事例があったか、逆に直筆に比べ不可能なこともあるのか――Change.orgで広報を務める武村若葉さんにインタビューを行った。
ネット署名は児童扶養手当法も育児介護休業法も変えた
―― これまでのキャンペーンには、国の制度まで変えられた具体的な成功例はありますか。
武村: 本当にたくさんあるんですけれど、最近の例だと昨年に「子どもを5000円で育てられますか?貧困で苦しむひとり親の低すぎる給付を増額してください!」というキャンペーンがありました。
日本のひとり親家庭に対する児童扶養手当は、1人目の子どもには最高月額4万2000円が支給されますが、2人目は所得がいくら少なかろうが月額5000円、さらに3人目以降は月額3000円しか出ないのが当時の仕組みでした。「それでひとり親が生きていくなんて無理なのでは?」ということで、2人目以降もせめて1万円に増額するよう求めるキャンペーンが立ち上がったんです。
集まった4万人弱の署名をプリントアウトして菅官房長官に手渡しするなどした結果、去年の補正予算で改正案が通って、今年8月から児童扶養手当法では2人目が1万円に、3人目以降も6000円に増額しました。
―― 実際に法律での増額にまでこぎつけたのですね。
武村: あとは、「非正規でも産休育休がとれる社会になるよう、育児介護休業法に改正を!」というキャンペーンもありました。非正規雇用で働く女性のうち育休から復帰できる割合はわずか4%という数字が出ているのですが、その一因となっている「育児介護休業法」の条項を改正してください、と訴えたものです。
ちょうど育児介護休業法の改正が議論されているタイミングに合わせて1万2000人分の署名を審議委員会に持って行ったところ、来年1月から施工される改正案(今年3月成立)で、非正規雇用者の育休の取得要件が緩和されました。彼女たちの声が実際に法律に反映されたんです。
―― キャンペーンの成功率はこの4年間でどのように推移しましたか。
武村: 正確な成功率を出すことはできないのですが、まだまだ成功している方が少数派です。多くのキャンペーンは立ち上がったらその後の反響に関わらずそのまま放置されていますし、いくら戦略や目標設定を調整して多くの賛同を集めても、うまくいかないものだってたくさんあります。
熊本地震後に川内原発の停止を呼びかけたキャンペーンは約13万人と、数でいえば国内版で史上最高レベルの賛同者を集めたんです。原発に対する危機意識の可視化にもなったと思いますが、一方で原発は被災現場の電力供給に重要な役割を持っていますし、管理しているのは国です。ものすごくセンシティブで制度的に守られているターゲットなので、数が集まっても簡単に行かなかったケースです。
―― 訴える相手とのパワーバランスもあると。
武村: ただ肌感覚なのですが、利用者のキャンペーンの使い方に対する理解は、立ち上げ直後よりは最近の方が深まっていると感じています。ネットに合うテーマ・合わないテーマとかアプローチの仕方、バズるためにどう戦略を練るかなど。
先ほどの育児介護休業法の改正に取り組んだマタハラNet・小酒部さやかさんは、2年前からこの問題に取り組んできていた分、育児介護休業法が改正されるタイミングをちゃんと把握して、どういう落とし所なら法律に盛り込まれるか、目的自体を達成可能なギリギリのレベルで設定していました。
国や自治体へ働きかけるケースでうまくいったのは全部、Change.orgがあったからというよりは、立ち上げ人がちゃんと長期的に戦略を練っていた点にある気がします。
直筆署名に比べ「変える力」は弱いのか 得意分野と苦手分野
―― ネットで集めたものだからという理由で、署名運動がうまく行かなくなるケースはあるのでしょうか。
武村: 相手次第ではありうるかもしれません。例えば「直接請求(※)」の場合、自治体によっては名前と住所だけではなく印鑑まで必要など、署名の形式が細かく指定されていたりします。Change.orgはそもそも直接請求の形式にはのっとっていませんから、ネット署名に対応していない自治体だと受け取ってもらえない可能性はあります。
―― 「ネットの一筆は軽い」など、イメージから直筆しか認めない受け手もいる気がするのですが、そういうハードルを感じることはありますか。
武村: 署名を直接提出するのは発信者で、サポート側の私たちは詳しく聞いたことはないので印象論の話しかできないのですが、そう言われてしまうこともあるのだと思います。特に年配の方がいるような相手だと難しい気もします。逆にネットだからこその影響力について理解している方もいるので、結局は一長一短なのではないでしょうか。
―― ネットだからこそ成功した署名活動の例もきっとあるでしょうね。
武村: 直近だと「奄美大島のすばらしい自然を残すため、中国人客5,400人を乗せた22万トン級クルーズ船の寄港地建設計画をやめてもらいたい!」というキャンペーンが、ネットならではという意味で一番良い成功事例でした。
奄美大島の龍郷町芦徳で、地元の議員さんの誘致によって、海外企業の巨大クルーズ船の寄港地を建設しようという計画が持ち上がっていたんです。しかし説明会でふたを空けてみたら、龍郷町民約6000人に対して中国人観光客5400人と乗組員2100人が寄港のたびにやってくるなど、奄美ならではの心地良さを壊しかねないことに地元の人が気づいて反対しました。
―― 声を上げたところで、本来なら島の中でしか話題にならなさそうな問題です。
武村: ですがネットを介して、ダイバーさんといった日本全国にいる奄美大島の自然が好きな人から多くの署名が集まりました。逆に地元の人からも、紙で反対と書くと関係者の視線が気まずいけど、オンラインだと気軽にサインできたという報告もありました。ネットという手段が島の外にも中にもうまくかみ合ったらしく、約4万7000筆、紙と合わせて計5万1309筆を鹿児島県知事に提出した結果、計画は中止になったんです。
―― 4万7000筆という数字も自治体に十分圧力を与えたのでしょうか。
武村: 厳密に言うと、数そのものにインパクトがあるわけではないと思うんです。ネットでは署名数=「問題を認知している人の数」ではなく、そこから賛同者がさらに問題を拡散してくれます。拡散するとさらにマスメディアが取り上げる可能性も出てくるわけで、その数に潜む「いろんな人がこの問題の動向を見守っているんだ」というプレッシャーが相手にかかっていきます。
―― 訴え先がネットの拡散力を知っているほど、直筆以上の効果を発揮する可能性も大きいと。
武村: 署名という言葉を使うと、直接請求できるかどうかなど紙の署名と比べてしまいがちです。そもそも全く違うツールなんだということを理解した上で、紙もネットもうまく組み合わせて使ってもらえるといいなって思いますね。
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