広辞苑に実際に載っている「つきじです」とは一体どんな意味なのか? 「たほいや甲子゛園」を国語辞典マニアと一緒に鑑賞してきた
伝説のテレビ番組「たほいや」復活イベント第2弾!
みなさんは、いまから20数年ほど前。フジテレビで放送されていた「たほいや」というテレビ番組をご存じだろうか?
「たほいや」とは「広辞苑」から選んだ単語をお題に、その言葉の本来の語釈(ごしゃく・言葉の解説文)と、参加者が考えたウソの語釈を混ぜ、そこから本来の語釈を当てるというゲームである。
もともと海外で「ディクショナリー」と呼ばれていたゲームで、日本では、遊ばれ始めた初期に出題された「たほいや」という言葉のインパクトが大きく、そのままゲーム名として定着し、そう呼ばれることのほうが多い。
テレビ番組としての「たほいや」は、90年代初頭にフジテレビの深夜番組としてわずか半年しか放送されなかったが、いまだに復活を望む声がある人気番組だった。
当時、「たほいや」に出演していた解答者を迎え「たほいや」をイベントとしてもう一度復活させるというイベントが「たほいや甲子゛園(こうじえん)」として、渋谷の東京カルチャーカルチャーで行われている。第1回は2月14日、そして第2回が3月26日に行われた。
このイベントを、現役の校閲者であり、かつ国語辞典マニアでもあり「たほいや」に詳しい人と一緒に鑑賞してきた。
国語辞典マニアの稲川さんは、国語辞典を自宅に400冊も所有するほどのマニアで、現在は出版社の校閲部で仕事をする傍ら、国語辞典関連のイベントに出演するなどの活動もしている。
壇上では松尾貴史さんが早速第一問目のお題を出題した。お題は「におべ」だ。
―― におべ……。稲川さんこの言葉知ってますか?
稲川 うーん、むかし出題したことがある気もしますが……多分忘れてますね。選択肢が並べば分かるかも……これ、和語なのか外来語なのか分からないところがうまいですね、模範的なお題です。
―― アフリカの方の人名のようにも見えるし、江戸時代の言葉のような気もする。これはウソ語釈を考えるのも難しいですね。
壇上では、選択肢の語釈が出そろったようだ。
- ぎりしゃしんわでたんたろすのむすめ
- おもらしをしたこども
- くさいばしょ
- けいじょうのてつだいをするげにんをいう
- しこくまつやまでもものせっくにななさいじがきるきもの
稲川 選択肢をみてもやっぱり、わかんないですね! 選択肢をみても……ただ、予想すると、「1」かな? と思います。
―― 根拠はありますか?
稲川 消去法なんですが……「4」は“げにんをいう”の部分が気になります。“◯◯をいう”という言い方、広辞苑にあることはあるんですが、文字数が限られた辞書はなるべく簡潔に書くことが多いんです。だから“てつだいをするげにんをいう”じゃなくて、ただ“てつだいをするげにん”と書く方が自然ですね。というわけで「4」は外す。
―― なるほど。
稲川 「5」ですが、「5」は“しこくまつやまで”の部分が怪しい。松山という都市名を言うのであれば“四国松山”といったぼんやりした書き方ではなく、“愛媛県松山市”と書くと思います。
―― 「2」や「3」はどうですか?
稲川 「2」はおもらし……という言葉を広辞苑が語釈で使うかなあ、と思ったので除外しました、「3」はひかれますね、臭う場所……臭辺かな? でも、他に「臭う」が「にお」になる言葉を知らないので除外。というわけで「1」です。
―― ぼくは「4」だと思ってるんですが、「4」はウソ語釈だとしたら「よく思い付いたな」って感心しますね。
さて、正解はギリシャ神話なのか、刑場の下人か。どちらか!?
壇上の松尾さんが正解を読み上げる。
「ニオベ ギリシャ神話で、タンタロスの娘。」
正解は「1」のニオベであった。
稲川さん、的中である。ちなみに「2」はぺよんさん。「3」は眞形さん、「4」は大高さん、「5」は森さんであった。
稲川 やはり、レベルが高いですね……、「3」なんかもうまかった。ウソ語釈が上手ですね。
「5」の「四国松山」って言い方、作詞家さんが書いたと思うと、ものすごく文学的な書き方だな、と思える。こういったところに、出演者の個性が出てくるところも面白い。
続いてのお題は、眞形さんの出題「あなにく」。
語釈の選択肢はこちら。
- むしょうに
- こだいえじぷとのふんぼのひとつ
- はいくでおどろきをあらわす
- じつににくらしい
- ああにくらしい
―― 「あなにく」食べ物っぽさを感じますけど……。
稲川 これは……さっぱり分からないですね。
―― 和語っぽくないですか。
稲川 いや、でもギリシャ語とかの可能性もありますよ、確かに“にく”の発音に引きずられますが……肉(にく)って音読みなんですよ、だから“穴肉”だと湯桶読み(音読みと訓読みが混ざった読み方)になるのかな……。
―― え! 肉(にく)って音読みなんですか? じゃあ訓読みは?
稲川 “しし”ですね。
―― 肉(にく)が音読みってことは、中国語の発音に近いのかな?
稲川 音読みには種類があって、呉音、漢音といろいろありますが、“にく”は呉音で古いので、いまの中国語の肉の発音とは違います、ちなみに今の発音だと回鍋肉の「ロー」ですね。
―― 稲川さんは「あなにく」の意味、どれだと思いますか?
稲川 うーん、これは難しいです……、「4」「5」だと複合語ってことになりますよね。形容詞の語幹だけを使って間投詞(感嘆詞)として使う、例えば“寒っ”とか“怖っ”みたいな使い方に似てますよね……、それを広辞苑が掲載するかどうか……。
―― “寒っ”とか“怖っ”ってわりと新しい使い方ですが、もし正解が「4」や「5」であれば、そういう使い方が昔からあったということですね。
稲川 それを考えると、「2」かな……これは自信ありませんが。
出題者の眞形さんから正解が発表される……。
「あなにく ああ、にくらしい。」
稲川 すごい、これが正解ですか……確かに、いま見てみると、枕草子に用例がありますね……連語なのか……。
―― 平安時代に使われた言葉なんですね……。今使う人いませんけど、そんな言葉も載ってるんですね。広辞苑の幅広さたるや……。
感心するうちに、次の問題が出題された。次の出題はぺよん潤さんだ。
「つきじです」完全に文章だろうそれ。本当に広辞苑に載ってるの? という驚きしかない。観客席からも「えー」という感嘆とも驚きともつかない不思議などよめきがおこる。
―― これ、なんなんですか……、稲川さん知ってます?
稲川 これは知ってます。前に出題したことあるんです、答え言わないほうがいいですね。
―― さすがだ……。じゃあ、代わりにぼくが予想してみます。
- けっしょうたいのひとつ
- まれーごでとりのたまご
- ぐりむどうわ まじょのもりにとうじょうするかいぶつ
- あてないのれきしか
- こだいあっかーるおうちょうのあっかーるおうのちょうけい
―― これ、選択肢ぜんぶ名詞ですね……。逆に予想しにくい。ウソの語釈を考えるのも大変ですね……。
稲川 そうですね、けっこう頭をつかいますね。この選択肢はみんな外来語ですね。
―― 「4」はアルキメデスみたいなことなのか。うーん、どれもフォーマットにのっとって広辞苑ぽく書いてあるので、推理の手掛かりをつかみづらいですね……。まったく分からない。当てずっぽうで「5」かなあ。
登壇者の解答も、全て「5」であった。
さて、正解はどれか……。
「つきじです あてないのれきしか。」
―― 歴史家かー。しかし「ツキジデス」なんて人物が居たとは……またそれを見つけてきたぺよん潤さんもすごい。
稲川 これ、他の辞書や事典では“トゥキディデス”や“ツキディデス”で載ってることが多いんです、ツキジデスはちょっと古い表記の仕方ですね。
―― ツキディデスならわかったかも。負け惜しみみたいですけど……。
さて、壇上での「たほいや」のゲームは進んでいき、ついに最終問題となった。最終問題は、眞形さんの出題。お題はこちらだ。
最終問題、眞形さん出題のお題は「まんまんで」。やっぱりこういうやつがきたかという苦笑を交えたどよめきが会場にひろがる。
―― 狙ってきましたね。眞形さん。まん……。
稲川 品詞もわかんないですね……なんだろう? わかんないな、片仮名語かな。地名であってもおかしくない雰囲気ですね、アフリカとか。マンマンデ国立自然公園とか。
まんまんでの選択肢は以下の通りだ。
- しかたなく
- せんりょうばこ
- のろいさまゆっくり
- よろこびにみちあふれたさま
- じょうたいがじゅうぶんにととのっているようす
稲川 “で”がついてるのが不思議ですね……副詞ならでがついててもおかしくないから、「1」……かなあ。
―― さっぱり見当つかないですね……。
最後の“で”がなんなのか? については、壇上でも松尾さんが「なんなんだろう?」と不思議がっている。やはり、“で”の存在がなぞなのだ。
まんまんで。正解は一体なんなのか?
「マンマンデ のろいさま、ゆっくり。「慢慢的」」
意外な答えに歓声があがる会場。
稲川 あー、なるほど! 中国語か! デは“的”なんだ……すごい、すっかり和語だと思い込んでました。
―― 対義語として挙がっている「カイカイデ」は恐らく「快快的」なんでしょうね。しかし、下ネタかと思わせといて、実は中国語ってすごいですね。
稲川 ここで中国語を持ってくる……これは出題がとてもうまいですね。さすがです……。
イベントは、主宰の眞形さんの意表をつくような問題で終了。
「たほいや」の番組終了から20年以上経過するものの、かつての出演者の出題のレベル、回答のレベルは、かなり高く、会場は常に感嘆や歓声がわき上がり、大いに盛り上がっていた。
「たほいや」は、こういったイベントだけではなく、広辞苑と、4人ていどの人が集まればできるゲームだ。「たほいや」が、どんどん広まって、みんなが辞書に興味をもつようになれば……と、辞書好きの1人として願いたい。
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