コンピュータ将棋が変えた人生――「プロの先を行く研究」で知られるアマチュア・suimonに聞く情熱の源泉(2/3 ページ)

» 2018年07月02日 11時00分 公開
[橋本長道ねとらぼ]

情熱の源泉

――大学を卒業して就職をされた後も将棋を続けられたのですか。

suimon:大会には出ていたのですが勝てなくて遠ざかっていた時期がありました。かわりにバンドでベースをやっていました。

――音楽ですか! 将棋とは随分違いますね。プロを目指していたとか?

suimon:音楽教室で組んだバンドです。私の腕も将棋で言うと級位者レベルでなかなか上達しませんでした。仲間からもかなり厳しいことを言われて精神的にもつらい時期でした。

――趣味なのに心をやられるのはしんどいですね。

suimon:コンピュータ将棋と出会って発信をはじめて驚いたことは、読んでくれた人が肯定的なことを言ってくれたことです。音楽活動では楽しい時もありましたけれど、否定されることが多かったですから。音楽よりも将棋や表現に適性があったのだと思います。

 suimonの言葉は私にもよくわかる。全ての人が会社人として自己実現ができるわけではない。多くの人は、趣味や人間関係の中で幸せを求めるがそれも現代社会において茨の道である。自分が作ったものに対して誰かから「面白い」「役に立つ」「すごい」と評価されることは、この上ない喜びなのだ。


研究方法

――suimonさんの研究方法を教えてください。

suimon:平日は通勤時間に連盟モバイル中継を見たり、スマホアプリでfloodgateの最新の棋譜を見たりしています。休日はハイスペックパソコンを利用し、課題局面を調べていますね。

――研究用のパソコンはどのようなものを?

suimon:Xeon(20core E5 2698v4)×2CPU40coreのものです。1秒で2400万局面を読みます。



――40coreって聞いたことがないのですが……。普通の家庭用PCは2coreぐらいまでですよね。

suimon:書籍を書くにあたって、他の人達と同じレベルのものを使っていては駄目かなと。

――主に序盤研究で使われているそうですが、人対人にはないコンピュータ将棋の面白さは何だと思われますか。

suimon:人間が読もうとしない手まで読んでいるところです。コンピュータの将棋を見ているといつも「そんな手があったのか」と驚かされます。

――アマ強豪やプロ棋士の中には、コンピュータがあれば十分で、もう人間の将棋や棋書で勉強する必要がないと考えている人もいるようですが……。

suimon:そんなことはないと思います。中終盤は人間の将棋を見たほうが勉強になるのではないかと思います。コンピュータ同士の将棋では差がつくとそのまま終わってしまうことが多いですが、人間同士の将棋ではミスが出るので終盤でも拮抗した展開になりやすいのです。

――人間ならではの勝負術も勉強になりますよね。


ブログ運営

――ブログと著書を読ませていただいたのですが、文章や構成が非常に鍛えが入っているように感じました。小説的文章はともかくとして、何かを説明する文章能力では私を上回っています。

suimon:一時期、ブログ運営にはまって関連書籍を20冊ぐらい買い込んで研究をしたことがあったんです。あとネット上のブログ運営マニュアルもたくさん読みました。

――ブログ運営ガチ勢が一度は通る道ですね。文章が読みやすいのも納得です。『コンピュータ将棋研究blog』の運営は現在どんな感じでしょうか。

suimon:昨年(2017年)、月間ページビューが15万を超えました。

――将棋戦術ブログでは最大手ですよね。競合ブログなどはあるのでしょうか。

suimon:ブログ、Twitterを中心にどんどん新しい発信者が出てきています。自分がブログを始めた頃は競合相手が少なく、新しい情報を発信し続けることができていましたが、今では難しくなりつつありますね。

――始めた時期がよかったという部分もあると。

suimon:藤井聡太先生ブームの時にテレビ局から取材を受けたことがありました。おそらくテレビ局の制作者は「藤井聡太」「コンピュータ将棋」などで検索をして上位に出てきた相手にアポイントを取ったんだと思います。

――なるほど。SEOのおかげで注目される機会が増えたと。確かに現在のインターネット社会においてそういう側面はありますね。

suimon:でも、今では「藤井聡太」に関するキーワードは多くの人に狙われてしまって、私が書いた記事が上位表示されなくなっています。

――業者が書いたSEO対策だけすごくて内容の薄い記事が上位に来ているケースが多いですよね。ブログ関連で他に何か記憶に残ることなどありますか。

suimon:一度、女流プロを目指している小学生の女の子から雁木を教えてほしいと頼まれたことがありました。時間が取れないので直接教えることは断りましたが、その代わりにブログに雁木の記事を書いたんです。その記事はかなり注目され、多くの人に読まれました。

――なんだか心温まる話ですね。

 suimonの強みは何か――と考えてみた。強力なコンピュータを使った分析もさることながら、徹底的にブログ運営を研究した表現者としての能力も大きかっただろう。そしてもう一つ、惜しみない情報公開も強みだったのではないだろうか。

 プロ棋士やアマ強豪も、コンピュータ将棋を使って研究を行うことが普通になってきている。だが、彼らは公式戦やアマ大会で勝つことのほうが重要なので、積極的に最先端の研究を公表したがらない傾向がある。特にプロ棋士では、一冊本を出してもらえる印税よりも、一局勝ってもらえる対局料・賞金のほうが大きいことがよくあるのだ。専門書の売上には上限がある。このあたりに新しい書き手が生まれる余地が潜んでいるように感じられた。

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