「大人になる→改名」「出世する→改名」「出家→改名」 昔の人はどうしてコロコロ名前を変えたのか
現代では改名なんて大変なのに。
昔の人について調べていると、1人の人にさまざまな名前がついていることがあります。
例えば、辞書で「豊臣秀吉」を引くとこう書かれています。
とよとみ‐ひでよし【豊臣秀吉】
[1536〜1598]安土桃山時代の武将。尾張の人。幼名、日吉丸。初名、木下藤吉郎。織田信長に仕え、戦功をたて、羽柴秀吉と名のった。信長の死後、明智光秀・柴田勝家を討ち、ついで四国・九州・関東・奥州を平定して天下を統一。この間、天正13年(1585)関白、翌年太政大臣となり、豊臣を賜姓。また、検地・刀狩りなどを行い、兵農分離を促進した。のち、明国征服を志して朝鮮に出兵したが、戦局半ばで病没。茶の湯などの活動も盛んで桃山文化を開花させた。豊太閤。
(出典:デジタル大辞泉)
豊臣秀吉という1人の人物で、少なくとも「日吉丸」「木下藤吉郎」「羽柴秀吉」「豊臣秀吉」「豊太閤」の5通りの呼び方があったことが確認できます。
名前をつけるさまざまな理由
現在の私たちの名前は、その人個人を他と区別する役割が強くなっています。しかし、昔の人の名前は、「その人がどんな地位にあるか」といった、類型を表す側面が強かったとされています。
名前が所属や地位を表すということは、所属する勢力や年齢に伴う地位が変われば、名前も変わったということです。豊臣秀吉が何度も名前を変えているのも、そうした所属や地位が変わったこと、あるいは「さらに上の地位にふさわしくありたい」という願望を示していると考えられます。
では、具体的にどんなときに名前がついたり、変わったりするのか、代表的なものを見ていきましょう。
幼少期:「幼名」
私たちは生まれたときについた名前が一生の本名になります。
しかし、昔の人が生まれてから最初につけられた「幼名」は、「幼い」「成人していない」ということを表すものでしたから、成人するまでだけの名前でした。
幼名には、動植物の名前や縁起の良い言葉を使い、代々同じ幼名を使うなど、幼名と分かりやすいような付け方が多かったようです。源義経の「牛若丸」、徳川家康の「竹千代」などが有名ですが、「竹千代」はほかの徳川将軍の幼名にも使われています。
なお、豊臣秀吉の幼名「日吉丸」は、後世になっての創作という説も濃く、本当の幼名は明らかではありません。また、著しく地位の低い下層民などで、成人しても幼名を使い続けた例があります。このように、名前自体だけでなくその変遷の仕方も、家柄や地域、時代、性別によってさまざまです。
成人期:「仮名」「諱」
成人することを、昔は「元服」と言っていました。元服の年齢も時代や地域によって異なりますが、12歳〜16歳程度とされています。
元服したときには、成人の名前として「仮名(けみょう/普段呼ぶときの名前)」と「諱(いみな/本名)」が与えられました。諱は「忌み名」ともいわれ、口に出すことがはばかられていました。朝廷やほかの大名とやりとりするような堅い文書には諱を書きましたが、それ以外は仮名を用いることが多かったようです。
仮名・諱の有名な例では、真田幸村の「真田源次郎信繁」があります。「源次郎」が仮名、「信繁」が諱です。大河ドラマ『真田丸』でも、堺雅人さん演じる幸村は、家族から「源次郎」と呼ばれていたはずです。
なお、豊臣秀吉の「木下藤吉郎秀吉」は、「藤吉郎」が仮名、「秀吉」が諱ということになりますが、名字の「木下」の由来や、いつごろから「秀吉」と名乗っていたのかは諸説あります。
仏門に入る:「戒名」「法名」
昔は、歳をとると多くの人が出家しました。出家しなかった人も、いずれ亡くなれば、多くは仏教式で葬られました。こうしたときにつけられたのが「法名」「戒名」です。出家したとき、亡くなったときの名前のうち、どちらを「法名」、どちらを「戒名」と呼ぶかは、宗派や時代によって異なります。
戒名は、漢字2文字と決まっています。しかし、戦国時代ごろには「○○院△△××居士」などと組み合わせた長いものをまとめて「戒名」とする形式が広まっていました。秀吉の戒名は「俊龍」もしくは「国泰祐松院殿霊山俊龍大居士」です。
その他:地位にふさわしい名を
こうした人生の階段の境目で名前を変えるほかに、秀吉のように「地位の高さにふさわしい名前に改名する」ことがありました。
「羽柴」に名字を改めたのは、戦功を重ねて、織田信長の家臣としての地位がかなり上がったタイミングだったとされています。また、天皇から「豊臣」の姓を受けるまでには、「平」や「藤原」といった大貴族にあやかった名字も使っていたとされています。
また、元服の節で「諱を口に出すことははばかられていた」と書きましたが、関連するならわしとして、「その人が朝廷などから受けた称号や官職の名前で呼ぶ通称」がありました。秀吉なら、信長や朝廷から受けた称号をくっつけた「羽柴筑前守」や、関白をつとめたあとの「太閤」「豊太閤」などです。
これらは名前ではありませんが、「忠臣蔵」に「浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)」や「吉良上野介(きらこうずけのすけ)」が出てくるように、名字と称号が合体して、いかにも改名したかのように見える例は少なくありません。
おわりに
私たちからすると、さまざまな名前が存在することが混乱のもとにもなります。「違う人だと思っていたのが、実は同一人物」という例も、古い時代を研究すると出てくるようです。
しかしこうして見てみると、当時の人からすれば、名前とは世の中との関係を表現する重要なもので、“現代人には分かりにくい分かりやすさ”があったのかもしれません。
参考文献
坂田聡(2006)『名字と名前の歴史』吉川弘文館
大藤修(2012)『日本人の姓・名字・名前 人名に刻まれた歴史』吉川弘文館
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