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» 2019年02月13日 20時00分 公開

散る花は朽ちる花より美しい――きみは、完璧な存在痛みを感じる光だけが君を救う光になる

バレンタインデーをいいわけにした。

[ふせでぃ, 鏡征爾ねとらぼ]

ふせでぃ ねとらぼ 連載 鏡征爾 イラスト Illustration by ふせでぃ




 最初の記憶を、きみの胸はおぼえてる?

 まだ十代だった小さなからだに、重すぎる鞄。

 午前8時。眠たい目をこすり、電車をおりる。

 通学路の様子を、おぼえている?

 誰もいない交差点に、だんだん同じ制服を着た生徒が集まってくる。

 きみは、そのなかから必死に、いつも、たったひとりの姿を探す。

 横顔だけでも、よかった。

 見つけることができれば、胸をおさえて、
 鼓動がしずまるのを待っていた。

 見つけられなくても、胸をおさえて、
 自分の気持ちをしずめていた。

 ――今日も、会えるかなあ……。

 白いシャツにそでを通しながら、くる日も、くる日も、考えた。

 鏡に映る自分の姿に、ちょっと憂鬱な気持ちになりながらも、
 白い光の射しこむ部屋で、くる日も、くる日も、
 髪を念入りにとかしていた。

 一瞬だけでも、よかった。

 クラスも違う。部活も違う。共通の知りあいもいない。

 ケータイの電波(AirDrop)だって届かないくらい遠くにいる人だけど、
 それでもときどき、すごく近くで息してる。

 一言だけでも、よかった。

 購買で。廊下で。図書室で。
 すれ違ったときに交わす言葉を、いつも考えていた。

 いきなり連絡先をきく勇気はない。

 自分の気持ちを伝える勇気なんてもっとない。

 そもそも自分の気持ちが何なのかさえ、わからない。

 ただ、声を聴いて、心が通じてる瞬間を、感じることができれば十分だった。

 だから、この感情を、恋と呼ぶことができなくても十分だった。

 憧れだけで、遠くから眺めているだけで、十分だった。

 十分すぎるほど十分で、何もかも完璧に、満たされていたよ。

 出会えただけで、私の「思春期」は、報われていたよ。

 今日も会えるかな。
 明日も会えるかな。
 明後日も会えるかな。



ふせでぃ ねとらぼ 連載 鏡征爾 イラスト


 『だからって何もないけど』

 ――そんな風に、あきらめていませんか?

 きみは、いつもそうだね。
 きみは、いつもそうだったね。
 そうやって、いつも自分で自分を誤魔化して、あきらめていたね。

 十分すぎるほど十分なら、寝る前にむなしさに涙を流すのはなぜ?
 完璧に満たされているなら、鏡に映る自分の顔を見て、憂鬱な気分になるのはなぜ?
 自分で自分を否定するのはなぜ?

 大丈夫。きみは何も足りないところなんかないよ。

 二重になれたら。

 もう少しだけ痩せたら。
 肌が綺麗だったら。
 有名になれたら。

 そんな風に思ってしまうのも、こんな世界では仕方がないよ。

 だけど、二重になれたら、痩せたら、有名人だったら、
 その人が振り向いてくれるの?
 そんな保証なんて、どこにあるの?

 むしろ、相手は一重の方がいいかもしれない。
 いまの体型のままの方がいいかもしれない。
 有名じゃない方が、いいかもしれない。

 確証なんて、何にもない。

 だったら、いつまで立ち止まっているの?

 心の空白を埋めてくれるのは、何もしないでいることじゃない。

 きみは、いつか必ず死ぬ。

 きみの初恋はすぐに死ぬ。即座に死ぬ。
 思春期はいつか跡形もなく終わってしまう。



ふせでぃ ねとらぼ 連載 鏡征爾 イラスト

 ところで明日は、2月14日。

 女子なら誰もが知っている、男子なら誰もが意識している。
 そんな大切な1日ですね。

 そんな大切な1日を前にして、
 きみはぐうぜん、これを目にした。

 バレンタインデー。

 それは大人によって仕組まれたものかもしれないけれど、

 いっそ好都合。逆に利用してやろうじゃないか。

 "今日も会えるかな――だからって何もないけど"

 その通りだね。
 きみの言うとおりだね。

 会えたところで、何もない。
 だけど何もないけど、何かは残る。

 その強さを、きみの心は知っている。

 この世界には、燃えるゴミと燃えないゴミの2種類ある。
 それはきっと、感情に関してもあてはまる。

 不完全燃焼の痛みは、燃えないゴミだ。

 燃えない痛みはきみを変えてはくれない。

 爆発したガラスの破片は、たとえきみの肌を傷つけたとしても、やがて綺麗な瘡蓋でつくり変えてくれる。

 大丈夫。きみは汚れない。

 大丈夫。きみは汚れてなんかないよ。

 僕たちは、変わることができる。
 私たちは、変わることができる。

 その白い腕はあらゆるものを手にする可能性に満ちている。

 ――最初に恋をしたときの記憶を、きみの胸はおぼえている?
 ――何もしなかったときの後悔を、きみの胸はおぼえている?

 まだ十代でも、もう二十代でも、
 三十代四十代五十代になってたとしても、関係ない。

 何もしないでも、想いは朽ちる。

 散る花は朽ちる花より美しい。


 きみの未来は、それを知っている。


(Illustration by ふせでぃ/Novel by 鏡征爾



ふせでぃ

イラストレーター・漫画家。

武蔵野美術大学テキスタイルデザイン専攻を卒業。

現代の女の子たちの日常や葛藤を描いた恋愛短編集『君の腕の中は世界一あたたかい場所』(KADOKAWA)は発売即重版が決定。

最新作――『今日が地獄になるかは君次第だけど救ってくれるのも君だから』(KADOKAWA)

SNS:TwitterInstagram

東京(3月8日〜13日)、大阪(3月23〜24日)に個展「さよならの言葉が痛くなくなるおまじない」を開催



鏡征爾

小説家。

白の断章』が講談社BOX新人賞で初の大賞を受賞。イラストも務める。

ほか『群像』や『ユリイカ』など。東京大学大学院博士課程在籍中。魚座の左利き。

最近の好きはまふまふスタンプと独歩。

SNS:TwitterInstagram


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