「うまくやれない人間たち」を辛く、悲しく、明るく描く 心がざわつくのに読んでしまう、阿部共実マンガの魅力
別冊少年チャンピオンで新連載『潮が舞い子が舞い』を開始した阿部共実。思い出すだけで心臓がおかしくなる作品の数々を振り返ります。
別冊少年チャンピオンがリニューアルするそうで。表紙からして今までと全く別物な雰囲気。
表紙にドン! と出ているように、阿部共実の新連載が始まるというのは、マンガファンには大ニュース。待ってました! さまざまなところで連載していましたが、雑誌として別チャンに帰ってくるのは2012年『ブラックギャラクシー6』以来です。
思春期の少年少女を中心に、どうにもうまくいかない日々を描くことに長けた作家。ユーモアもかなりあるけれども、読んだ後、閉じたはずの過去のパンドラの箱が開いてしまう。黒歴史なんて言葉でくくれない、もっと悲しくて、どうしようもない気持ち。
代表作『空が灰色だから』『ちーちゃんはちょっと足りない』『月曜日の友達』を中心に、阿部共実の描くうまくいかない人たち、読んでいて心がざわつく部分をピックアップしてみます。
ネットを走った『大好きが虫はタダシくんの』ショック
先に、ネットでめちゃくちゃに話題になった、『大好きが虫はタダシくんの』を紹介しておきます。リンク先の作者のpixivで読めます。2011年にアップされたこの作品を見れば、人間の持つコンプレックスを阿部共実がどう描いているかがわかる。Webが初出で、同名の短編集にも収録されています。
垢抜けた少女・奈緒。中学時代一番の親友だったという志織。奈緒は志織に「久しぶりー」と話しかけますが、なぜか志織はセリフの復唱をします。
奈緒「そんなんじゃなかったよねー 頭に虫でも湧いてるんじゃないの? あはは」
志織「(一コマ二回言葉に詰まってから)えっ 頭に虫でも湧いてるの!? 私どうしようどうしよう そういえば隣の家のタダシくんが虫とり名人なんだよ」
繰り返し続けるから、全然会話が成立しない。それでも奈緒は聞こうとしていたものの、志織が知らない奈緒の友達が来てから、会話がめちゃくちゃに。
志織「私は虫が大好きです たくさんのクラスの虫がみんなを私の口に大好きをしてくれました」
キョロっと開いたかわいらしい目と、どんどん破綻していく言語ギャップの迫力。
高校生になってから再会したらしいのだけれども、志織の過去に何があったの? 復唱以外の発言もしているので、どうもファンタジーな病気ではないらしい。ラスト、1人で奈緒との会話を復唱しながら帰る志織。
コミュニケーションが取れない時のもどかしさや恥じらい、苦しみが表現されているようにも読みとれます。読んでいて共感性羞恥が刺激されてとてもしんどい。「あの時変なこと言っちゃったんじゃないか」みたいな思い出で苦しんだ記憶が蘇ってくる。
阿部共実作品にはこういう、解答のないマンガが多数あります。だからこそ「これ読んで! すげえよ!」と人に言って、相手の感想を聞きたくなる。
『空が灰色だから』でざわつく
週刊少年チャンピオンで連載された『空が灰色だから』は、不器用な人間を描いたオムニバス。とことん明るいコミカルな回もあるし、人間の失敗をむき出しにする辛い回もあります。
前半は一見明るく見える。なので、ネットでは「先に最後を見て心構えしておかないと、怖くて読めない」なんて声も。草間彌生を彷彿とさせる、表紙や作中によく出てくる水玉模様が脳に焼き付きます。
基本的には、人間の心のスリップ事故を描いた内容が多いです。勘違いで相手の心をえぐっていた、大人になっても現実を見ることができなかった、自意識過剰に悩まされて混乱してしまう、などなど。
4巻第40話「マシンガン娘のゆううつうつうつうつうつうつうつうつうつうつうつうつうつ」では、ずっと話していないと落ち着かないマシンガントーク少女が登場。本当にうるさい、コミカルなスタート。
ところがふと1人になると、彼女途端に負の感情に押しつぶされそうになります。友達が気になっていた男子と親密になったこと、音楽祭で足を引っ張っていると晒されたこと、などなど。押し寄せるのは忘れたい出来事ばかり。
細かな「いやなこと」を、しゃべることで必死に忘れようとしているのが彼女の本当のところ。その後カラオケでマシンガントークを繰り返す彼女の笑顔は、もうハッピーには見えない。
2巻第18話「信じていた」。1年間野球の試合を休んでいるエースに、付き合いの長い知り合いの少女が声をかけます。「いつまで野球から逃げ回る気だ」「もうじゃあやめちまえ野球!!」。野球をやるよう叱咤激励すれば、元気になると信じて。彼は野球に復帰。めでたしめでたし、なはずだった。
本当にうまくいかない。何があったのかは読んでみてください。『空が灰色だから』は、話のひっくり返し方が上手くて、ぎょっとする。
どうしてこんなふうになっちゃったんだろう、悪気はないのに、誰も悪くないはずなのに、何もかも自分が悪い。
5巻最終話「歩み」。誰とも話せず友達がいない女の子に、「友達になってあげなよ」とからかわれ、声をかけるハメに。このページだけで辛い。後半さらに失敗を重ね、未来はどんどん曇った灰色に染まっていきます。
登場人物たちの視野は、ぶっちゃけそこまで広くないです。悩み事もほとんどは、生き死ににかかわるほど大きいわけじゃない。ただ、人間関係の中での失敗は、一生モノの心の傷です。
物語は必ずしもバッドエンドとハッピーエンド二択ではありません。不器用な人たちの「結果」が描かれているだけです。なので、中には頑張って克服しようとする人間もいます。
2巻第14話「おはよう」。23才、極度のあがり症で、口下手。うまくしゃべることができない。バイトは真面目に働いている。いつも通りすがりに出会う女子児童は、挨拶をしてくれる。
「気が明るい人や人生を強く生きている人や傍目の普通の人からすればこんなことバカらしいと思われるかもしれないけど あの子に挨拶を返したい」
彼女、人生どっちかというと、うまくいっていない。ただうまくいかないなりに、生きていく努力をする。滑稽だなんて笑えない。
確かに恐ろしい話もありますが、『空が灰色だから』は怖がらせるためのホラー作品ではないです。繊細な人々の心が傷つく様子を描いているから、一度共感し心に刺さると、ホラー以上に引きずり続けてしまうパワーがある。だからこそ、ネットやどこかで語りたくなる。
読んでいてすごい体力を使うのですが、中毒性は高いです。「痛い」と感じることで生きていることを認知するのと、このマンガは似た効果がある気がします。
残念なやつら短編コメディ『死に日々』『ブラックギャラクシー6』
『死にたくなるしょうもない日々が死にたくなるくらいしょうもなくて死ぬほど死にたくない日々』も、『空が灰色だから』と同じスタイルの、うまくやれない人間たちを描いたショートストーリー集。ヘビーな話もコミカルな話も、しっかり収録されています。
作中の短編、超残念な27才女子を描いた「アルティメット佐々木27」は、阿部共実流のコメディを満喫できる作品。キャラクターの生き方はローギア。内容はハイテンションです。
阿部共実作品はコメディも、登場人物がみんな、どこかしらうまくやれていなくて、ちょっと世間に引け目のある人間ばかり。そういう人間が集まって、失敗を繰り返してしょんぼりするのを、度をこさない程度のさじ加減で描くとコメディになります(度を越すと悲しみになるのは『空灰』『タダシくん』を見ての通り)。
『ブラックギャラクシー6』は阿部共実のコメディ部分が詰まった作品。多分他の作品全てと比べても、かなりライトに読める部類だと思います。読んでいて心がねじれる展開は一切なし。
タイトルの妙な壮大さに反して、しょんぼりな面々が集まってよくわからない部活をスタートする、スケールの小さいコメディです。
中でも青春に憧れつつも感覚がずれて空回りしっぱなしのメガネ少女ギドラと、比較的常識人でツッコミキャラな友人カレルナの2人の距離感は、トークはハイスピード、でも日常は超スローペースで、とてもバランスがいい。勢いのあるセリフ回しは、とても阿部共実節。
実質的には何もせず、部室でゴロゴロしていることが多い。「こういうのも青春」という描写が、見ていてホッとする作品です。
『ちーちゃんはちょっと足りない』で惨めになる
『ちーちゃんはちょっと足りない』は、タイトルの時点で、読む前に構えざるをえない。「足りない」。何が足りないのか。表現に困る。
おとなしくて真面目な女の子ナツ。彼女とちーちゃんは、同じ集合住宅に住む中学生の友人。ただ、ちーちゃんはちょっと足りない。80÷10ができない。理科も社会もなんにもできない。最高得点23点。
見た目も中身も幼稚なちーちゃんは、とてもかわいく描かれています。でもそれ怖いよ、中学生だよ? 微笑ましい目で見られるくらい子どもって、一周してリアル。ちーちゃんまんまの子はいないけど、こういう何か足りない空気感の子、いるいる。
序盤は、ちーちゃんの明るく楽しい日々が続きます。純粋で素直なため、極めてシンプルに喜びを表現できる子。裏表は無いです。
同時に無垢すぎて、人生のルールがわかっていない。学校で3000円が盗まれた事件をきっかけに、周囲がガタガタ揺れ始めます。ナツの心は、どんどんざわつき始める。
「奥島くんは私やちーちゃんみたいな底辺とかかわるの恥ずかしくないのかな うざったらしくないのかな」「何か足りないものはないの? 怖いものはないの? 嫉妬するものはないの?」「なんでみんな不満そうな顔すらしないの そんなのおかしいよ せこいよみんな」
底辺。使いたくないけど、自意識が芽生えた時期にふと頭に浮かびがちな言葉です。
貧乏、学力、容姿、コミュニティ、恋愛。あらゆるコンプレックスに押しつぶされそうになる。みんな自分より立派で、いろいろ「持っている」ように見える。中学校時代に感じるいろんな「足りない」もので、思い悩んで苦しみ続けてしまう。惨め、という感情。
にしても、3000円という数字が本当に生々しい。大人からしても安い額ではないけど、そこまででもない。でも貧乏な中学生にしてみたら微妙な大金。阿部共実はどの作品でも、年齢相応のリアル感を捉えるのが巧みです。
コンプレックスに流され続けた時に生まれる心の歪みと、負の思考のスパイラル。スムーズではない、ところどころ詰まってぐるぐる回っちゃうモノローグが秀逸。セリフを読んでいて不安にかられます。ひょっとして自分も何か失敗してるんじゃないか? とつい振り返ってしまいそうになる。
ナツがバスで帰ろうとしたくだりは、何度読んでも心臓に悪い。細かくて尖った、傷になるポイントを、阿部共実は掴みます。
『月曜日の友達』で飛び出す
『月曜日の友達』は、発言はポジティブで行動的、普段から物事を思考するタイプの少女が主人公の作品。『空が灰色だから』『ちーちゃんはちょっと足りない』に比べると比較的踏み出せる子の話です。
元気いっぱいに話す少女、水谷茜。彼女が出会ったのは陶器人形のような少年、月野透。「浮いている」と感じていた2人は、月曜日の夜限定の友人になった。学校では一切話さない。
月曜日の夜、校庭で思いっきり無茶をする。中学1年生には無限に思えるほど広い、でも冷静に考えたら広すぎるわけでもない、秘密基地です。
阿部共実は団地や学校など、ぎゅっと人の詰まった空間を描くことに長けた作家です。特に集合住宅は、自身のブログでも写真に撮って度々アップするほど注目している題材のようです。人間誰しも、自由なわけではない。その窮屈な感情が、人間の詰まった場所に現れているかのよう。
『月曜日の友達』の2人は、そこから抜け出そうとします。人生初の痛みを経験しつつ、自ら踏み出そうと勇気を抱く2人。ラストの爆発的な解放感は、マンガならではの表現なので必見。
ネガティブな感情を言語にすることで、「物を書きたい」というクリエイティブな感覚に変える成長が、この作品にはあります。今までの阿部共実作品同様に、このマンガも不器用な子ばかりで、痛みもいっぱい。だけど、プラスに思考を切り変えて、辛い思いを乗り越えていこうとする、力強さに溢れた作品です。
この作品はamazarashiが新規で楽曲提供しています。作者がバンドのファンで、同時にボーカルの秋田ひろむも阿部共実ファンだった、という幸せな邂逅。息苦しい世界、それでもわかってくれる人と踏み出したいという月野の思いは、amazarashiのエモーショナルな曲とぴったり。本編が水谷視点なので、相互補完されています。
『潮が舞い子が舞い』はどうなる?
別チャンの新連載『潮が舞い子が舞い』も学校が舞台。潮が舞い込む海の側の田舎町に住む、高校生男女の群像劇になっています。現時点では、男女それぞれグループがあり、その中での会話がメイン。男子の会話は女子の外見やフェチズムに向かいがち。女子の会話は男子の内面を掘り下げがち。割と明るいです。
各々、会話の中で「やっちまった……」というアイタタ失敗多数。その失敗が、今回は全員とてもかわいい。個性が強いキャラだらけなので、今はお気に入りの子を探して、そこを定点に周囲の人間関係を楽しむのがオススメ。阿部共実の独特なセリフ回しも健在です。
キャラクター数が多いので、意外な絡みで思いもしない人間関係も生まれそう。きっとこの作者なら、かつてのチリチリする酸いと甘いの感覚を、刺激してくれるに違いない。
団地住まいのモチーフもしっかり登場しています。これからの連載、毎回期待……!
(たまごまご)
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アイティメディア営業企画/制作:ねとらぼ編集部/掲載内容有効期限:2019年3月19日