地獄の始まりまであと1時間30分―― 春、入学式、帰り道、もう、魔法少女にはなれない:痛みを感じる光だけが君を救う光になる
変わりたい。
1. 春、栞は地獄の入学式(実話)
君のしたことのない経験を、僕は与えることができる。
「その言葉を信じたかったのに」
2019年4月。私は入学式に襲われた。
これは幸福だった季節の、最後の物語だ。
私は勉強だけが取り柄だった。
成績が上がると、おかあさんが褒めてくれた。
2019年4月3日。午前6時50分。
地獄の始まりまであと1時間30分。
自分の手帳を見返すと、当時の記録が事細かに書かれている。
私は日記をつけるのが趣味だった。
恥ずかしいけれど、情けないけれど、無様だけれど、
これを読んでくれているあなただけに、その中身を打ち明けようと思う。
泣き叫んだ過去も。
抑え付けた気持ちも。
憎みながら生き抜いた記憶も。
憎しむためだけに、あったわけじゃない。
そう、思いたいから。
I. もう魔法少女にはなれないカウントダウン
綺麗なものをみる度に、鏡に映る自分の姿に幻滅する。
だからせめてSNSに流れる自分だけは、綺麗でいたい。
Instagram、Twitter、Facebook。
だけど噓を吐く度に、私は中途半端な存在になっていく。
綺麗でも透明でもない。
そこにいるのは自分じゃない。
アプリで加工された私の自撮りは、
私であって私じゃない。
なんだか全部に噓を吐いている気がして、
なんだか全部に吐き気がして、
タイムラインに流れてくるクラスメイトの動画にうんざりする。
私は美しい。
私は美しい。
私は美しい。
私は美しい。
そんな風に泣きながら唱えた過去は戻らない。
どれだけ嘆いても私は可愛くはなれない。
もう、魔法少女にはなれない。
「変わりたい」
だから私は、せめて髪を切って、
コンタクトをつけた。
たった一人で帰った中学校の入学式。
たった一人だけ、おかあさんと帰った中学校の卒業式。
今度は、たった一人だけでいいから、
せめて、誰かと言葉を交わしたい。
――そう思いながら教科書を手に、
入学式に通学路を歩いていた私であった。
極度の人見知りの私は、そうでもしないと
ぶるぶると震えて身動きができなくなるのだ。
教科書は私のバイブル。
教科書は私のバイブル。
そう念仏のように唱えながら信号を渡った時だった。
新入生とぶつかった。
「おまえ……」
中学校の同級生だった。渋谷君。
クラスでも人気の男子だった。去り際に彼は言った。
「眼鏡とると可愛いな」
2019年4月。私は入学式に襲われた。
初恋という名の惨劇に。
入学式の帰り道は、やっぱり一人だったけれど、
なぜか一人じゃないような気がした。
初めて桜が美しく見えた。
(Illustration by ふせでぃ/Novel by 鏡征爾)
痛みを感じる光だけが君を救う光になる
第3回:卒業とはからだを売る魂の汚れない部分に触れること――大人の定義を教えて
ふせでぃ
イラストレーター・漫画家。
武蔵野美術大学テキスタイルデザイン専攻を卒業。
現代の女の子たちの日常や葛藤を描いた恋愛短編集『君の腕の中は世界一あたたかい場所』(KADOKAWA)は発売即重版が決定。
最新作――『今日が地獄になるかは君次第だけど救ってくれるのも君だから』(KADOKAWA)
鏡征爾
小説家。
『白の断章』が講談社BOX新人賞で初の大賞を受賞。イラストも務める。
ほか『群像』や『ユリイカ』など。東京大学大学院博士課程在籍中。魚座の左利き。
最近の好きはまふまふスタンプと独歩。
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