卒業とはからだを売る魂の汚れない部分に触れること――大人の定義を教えて:痛みを感じる光だけが君を救う光になる
今はまだこのままがいい、なんて。
卒業式の胸の痛みを、
愛おしいと思えるようになることが、
大人になるということであるのなら、
私はまだ、思春期を卒業しきれていないままだ。
過去を振り返る、
或いは時間を遡ると云う行為に対して
「弱い」とか「後ろ向きだ」とか野次を飛ばす人間が
意外と多いこの世の中だが、
しかしその誘惑には誰一人として逆らえないと、
むかしとある作家は述べたが、
その考えは、
半分だけ正しく、
半分だけ間違っている。
過去を振り返り、
決して取り戻せないものを愛おしい、
と感じることは、痛みと表裏一体で存在する、
世界の生々しさを奪っている。
失われた過去を美化することによって、
退屈で怠惰で報われない日常を肯定し、
閉ざされた可能性に想いを馳せる、
そんな「誘惑」は、
偽物以外の何者でもなくて、
本当の胸の痛みを感じる機会を、
奪っている。
それは初恋を諦めるときの感覚に似ている。
それは初体験に幻滅するときの清々しさに似ている。
大人の定義は、
セックスを覚えることでも、
年齢を重ねることでも、
過去を美化することでも、
みずみずしかった肌がグズグズに爛れていくのを、
諦めや虚しさとともに眺めることではなくて、
汚れた自分を肯定する勇気をもつ心のなかにある。
世界の美しさを信じること。
世界の美しさを信じて傷だらけの手をのばすこと。
醜さのなかに、
一見すると汚れた都市の掃き溜めのなかに、
時給でからだを売って汚れていく魂の、
決して汚れない部分に、触れること。
それが甘い疼きにも似た胸の痛みをかかえながら、
大人に近づくことではないだろうか。
世界は残酷で美しく、それでも大人になりきれない私は美しい。
そんな風に人の目を見て言える、
そんな私に、私はなりたい。
―鏡征爾
ずっと 仲良し だよ
(Illustration by ふせでぃ/Novel by 鏡征爾)
痛みを感じる光だけが君を救う光になる
第1回:初めて誰かを愛して、初めて憎んだ<前半>/<後半>
ふせでぃ
イラストレーター・漫画家。
武蔵野美術大学テキスタイルデザイン専攻を卒業。
現代の女の子たちの日常や葛藤を描いた恋愛短編集『君の腕の中は世界一あたたかい場所』(KADOKAWA)は発売即重版が決定。
最新作――『今日が地獄になるかは君次第だけど救ってくれるのも君だから』(KADOKAWA)
東京(3月8日〜13日)、大阪(3月23〜24日)に個展「さよならの言葉が痛くなくなるおまじない」を開催
鏡征爾
小説家。
『白の断章』が講談社BOX新人賞で初の大賞を受賞。イラストも務める。
ほか『群像』や『ユリイカ』など。東京大学大学院博士課程在籍中。魚座の左利き。
最近の好きはまふまふスタンプと独歩。
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