これまで撮った「片手袋」の写真は4000枚超 築地に通って約20年、“片手袋研究家”による同人誌が奥深い司書みさきの同人誌レビューノート

趣味、ここに極まれり。

» 2019年04月28日 12時00分 公開
[みさきねとらぼ]
同人誌 本棚 図書館 司書 コミケ

 かつてない長さの連休ですねと、あちこちでにぎやかな声が聞こえます。さまざまな催しもあり、皆さまお出かけになる機会も多いでしょうか。でも気持ちがわくわくしすぎたせいか、出かけた先で落としものや忘れものをして、少ししょんぼりした経験も……。でも、あなたの落としものが、実は誰かの気持ちを盛り上げているかもしれませんよ。

今回紹介する同人誌

『さよなら、築地の片手袋たち』A5 24ページ 表紙・本文カラー

作者:石井公二

同人誌 本棚 図書館 司書 コミケ さよなら、築地の片手袋たち 使いこまれた手袋とコンクリートの地面が仕事場らしい雰囲気を醸し出します

片手袋研究家さんが着目したのは……築地!

 今回の同人誌の作者さんは「片手袋研究家」さんです。道端の誰がいつ落としたとも知れない片方だけの手袋、それに魅かれて撮った写真は4000枚以上ですって! 確かに手袋が片方だけ落ちている、その光景だけでノスタルジックな物語を感じさせますが、それにしてもすごいです。手袋の落しものなんてそうそう出会えるものではなさそうですが、20年近く築地に通いつづけられた作者さんによると、かつての築地市場は常に片手袋と出会える「片手袋の聖地」だったのだとか。

advertisement

 早春に急に寒くなることもありますが、手袋の落しものなんて冬までじゃないかしら? という私の思い込みを覆す片手袋写真がこちらのご本にはたくさん掲載されています。軍手やゴム手袋、色や厚みも違う片手袋たちがずらり。その多様な種類に戸惑いますが、使用目的や落ちていた場所によって分類できる図が、研究家である作者さんによって作成されています。分類するほど片手袋に出会うというすご味が冒頭から発生です。

 こんなにも多様な片手袋が発生する聖地、築地に、作者さんは“「片手袋ってこんなもんだろう」という思い込みを覆してくれる”と思いを寄せます。

同人誌 本棚 図書館 司書 コミケ さよなら、築地の片手袋たち 分類するほど、片手袋情報を収集されたのですね……

魚河岸で働くプロと観光の見学者たちと……混ざり合う空気を片手袋が教えてくれる

 かつての築地市場はあくまで仕事の場であり、一般の人は足を踏み入れることが難しい場所でした。それがやがて観光目的でも人を集める場所となり、訪れる層が変わっていきます。そんな築地の変化を片手袋からも感じることができるのです。

 まずは手袋の用途に注目。街を歩いて出会う片手袋は、もっぱら防寒やファッションを目的としたものであるのに対して、築地では作業用の手袋の落しものが目立ちます。それは築地の近くの街、銀座と比較したときにも明らかとのこと。けれど作者さんはある日、築地市場で発見します。子ども用の手袋を! 「こんなところでこんな片手袋と出会う時代になったんだな」と感慨深かったそうですが、読み手としては「ははあ、そこに驚くんですか」と、見過ごしてしまいそうなところに着目する楽しさを教えてもらった点の方に感嘆します。

advertisement

 ご本は全ページカラーで豊富な写真が掲載されるとともに、手袋と出会った状況や作者さんが築地市場に寄せる思いがエッセイのようにやわらかく語られます。文章には片手袋に端を発しながら、築地市場で働く人のちょっとした愉快なエピソードや、豊洲への移転で取り沙汰された築地市場への外部からの評価に心を痛めたことも織り込まれながら、その筆致はあくまで穏やかで、さながら道端に落ちた片手袋に寄り添うがごときやさしさです。

同人誌 本棚 図書館 司書 コミケ さよなら、築地の片手袋たち 多彩な種類のなかに子ども用のミトンも。しかも誰かに拾われた“介入型”であることもあったかさを感じます

変わりゆく、それを記録すること

 片手袋がこんなにたくさんの情報を秘めているなんて、とご本を読んで深々と息をつきました。個別の事情を大きさや素材から読みとり、さらに膨大な数を取りまとめて整理していくことで、大きな流れをそこに見いだします。日常のほんの少しのアクシデントの痕跡が街の様子とリンクした記録になっている面白さ、それは片手袋の落しものというどこか日陰的な雰囲気と相まってひそやかな楽しみを感じさせます。さらに他者と接触する象徴的な人間の器官「手」にまつわるものが、人々の営みの場である街が変わっていくさまをも表している、その興味深さと郷愁がこのご本には書き残されています。

 大きく変わるものがあっても、それまでの日々が記録されて残っていくように。もしかしたら、新しい時代のはじまりですけど、意外といつもと一緒のなんてことのない日になるのかもしれません。今日のこの日も、なんてことのない小さな出来事が記憶に残り、記録に残って、後世の誰かに伝わるのかもしれません。

同人誌 本棚 図書館 司書 コミケ さよなら、築地の片手袋たち さまざまな種類が築地市場を彩りました

サークル情報

Webサイト:http://katatebukuro.com/

入手できる場所:「マニアックス マニファクチャリング」(通販)、「マニアコンビニ」(実店舗、東京都中央区日本橋堀留町1-7-11)、2019年5月7日まで東急ハンズ新宿店で開催中の「マニアフェスタ×東急ハンズ」でも販売中


今週の余談

 元号がこんな風に変わるなんて思ってもみませんでしたが、新しい出来事をわくわくしながら迎えられる喜びっていいですね。それと同時に、和暦でも西暦でも問わないので、同人誌にも奥付を書いてください―! と切に思うのです。たどるのに重要な手掛かりとなるので、奥付に発行日を書く際はぜひ年月日をご記載いただくと、未来の誰かが感涙します!

みさき紹介文

 図書館司書。公共図書館などを経て、現在は専門図書館に勤務。自身でも同人誌を作り、サークル活動歴は「人生の半分を越えたあたりで数えるのをやめました」と語る。


関連キーワード

同人誌 | 図書館 | コミケ | イラスト | レビュー

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

昨日の総合アクセスTOP10
  1. /nl/articles/2503/17/news053.jpg 「これは革命」 UNIQLOの新作“4990円パンツ”に反響続出 「ユニクロ様ありがとう」「抜群の履き心地」
  2. /nl/articles/2503/14/news019.jpg ペットのカエルを土に埋め、約半年間放置→掘り返してみたら…… 「すげぇ」予想外の結末に「ほんと不思議」
  3. /nl/articles/2503/17/news091.jpg 「お気に入りすぎて……」 無印良品の“1490円シャツ”が売り切れ続出の大反響 「買い足しました」「普段使いに最適」
  4. /nl/articles/2503/16/news082.jpg 「なんだろ」 大谷翔平の背中に“違和感”覚える人続出 → 明かされた“納得の正体”に「そういう事だったんか」
  5. /nl/articles/2503/16/news008.jpg 指一本触れられない“凶暴生物”を、傷だらけになりながら毎日こね続けたら…… 「泣きそうになる」20日後まさかの大変化に反響
  6. /nl/articles/2503/17/news052.jpg 「普通に怖い」 雪の日に撮影した東京駅と国会議事堂を見比べたら…… “衝撃のギャップ”が230万表示「重大事件が起こりそう」
  7. /nl/articles/2503/17/news064.jpg “かぎ針編み初心者”が春夏毛糸で編んだのは…… おしゃれなトレンドアイテムに「作ってみたい」「編み方教えて!」
  8. /nl/articles/2503/16/news053.jpg ダイヤを溶岩に入れてみた→燃えつきると思ったら…… “驚きの結果”に「どういうこと?」「常識が覆された」
  9. /nl/articles/2503/16/news018.jpg 「めちゃくちゃ笑ったw」「センスが光りすぎてる」 友人と“絵しりとり”したら「思ってたのと違う」展開に発展→34万“いいね”の話題に 投稿者に話を聞いた
  10. /nl/articles/2503/08/news018.jpg 使わない靴下をザクザク切って組み合わせると…… 目からウロコの再利用法が2500万再生「とてもクリエイティブ」【海外】
先週の総合アクセスTOP10
  1. 「本当に迷惑」 宅急便の「不在連絡票」と酷似のチラシが物議…… ヤマト運輸「配布中止申し入れ」
  2. 愛猫が見つめる先にいるのは……? “まさかの来訪者”に思わず仰天 「うそっ?」「お庭に来るんですね!!」
  3. 【べらぼう】“問題のシーン”、「子供に見せられない」 身体張った27歳俳優へ「演技やばくない?」
  4. 壊れて捨てるしかないバケツをリメイクしたら…… 想像もつかない大変身が830万再生「想像力がすごい」【海外】
  5. そうはならんやろ ヤマト運輸公式とLINEで遊んでいたら…… 突然訪れた“予想外の展開”に28万いいね
  6. 「ウソやろ」 松屋の“530円丼”、衝撃的なビジュアルにネット騒然 「コレで良いんだよ丼」「開き直り感がすごい」
  7. ダイソーのセルフレジが「身に覚えのない商品」を認識→“まさかの正体”に大仰天 「そんなことあるんですね」
  8. 余ってるクリアファイル、半分折ってカットするだけで…… 目からウロコな便利グッズに「天才すぎる!」「素晴らしいアイデア」
  9. 「マジで天才」 無印良品から新発売の“350円文房具”に絶賛の声相次ぐ 「便利すぎる!」「これはいい」
  10. 「スト6」の公式世界大会で福島県のチームに所属する「翔」が優勝 賞金100万ドル獲得
先月の総合アクセスTOP10
  1. 最初に軽く結ぶだけで…… 2000万再生された“マフラーの巻き方”に反響「これは使える」「素晴らしいアイデア」【海外】
  2. コメダ珈琲店で朝、ミックスサンドとコーヒーを頼んだら…… “とんでもない事態”に爆笑「恐るべし」「コントみたい」
  3. パパに抱っこされる娘、13年後の成人式に同じ場所とポーズで再現したら…… 「お父さん若返った?笑」「時止まってる」2人の姿に驚き
  4. 和菓子屋で、バイトの子に難題“はさみ菊”を切らせてみたら……「将来有望」と大反響 その後どうなった?現在を聞いた
  5. 古いバスタオルをザクザク切って縫い付けると…… 目からウロコの再利用に「すてきなアイデア」【海外】
  6. 「14歳でレコ大受賞」 人気アイドルがセクシー女優に転身した理由明かす 家族、メンバー、ファンの“意外な反応”
  7. 希少性ガンで闘病中だったアイドル、死去 「言葉も発せないほどの痛み」母親が闘病生活を明かす
  8. “きれいな少年”が大人になったら→「なんでそうなったw」姿に驚がく 「イケメンの無駄遣い」「どっちも好きです!笑」
  9. ドブで捕獲したザリガニを“清らかな天然水”で2週間育てたら…… 「こりゃすごい」興味深い結末が195万再生「初めて見た」
  10. 芸能界引退した「ショムニ」主演の江角マキコ、58歳の近影にネット衝撃「エグすぎた」 突然顔出しした娘とのやりとりも話題に