炎の揺らめきと溶けた金属 職人自ら撮影した鋳物製造の写真集『滴る金属』:司書みさきの同人誌レビューノート
こだわりが詰まってる。
突然の季節替わりにおどろく程の日差しです。暑いです! 今回ご紹介する同人誌は、小さな太陽が手元にあるような……そんな灼熱の塊がとろける一瞬をとらえたご本です。
今回紹介する同人誌
『滴る金属』A5 16ページ 表紙・本文カラー
作者:柏木照之
金属だけど滴る。その一瞬の美しさ
こちらの同人誌はサブタイトルに鋳物工房写真集とあるように、鋳物が作られていく瞬間をカメラで切り取った写真集です。鉄や銅、アルミや錫(すず)を使う工房で、金属が熱され鋳型へと注ぎ込まれる一瞬が、A4サイズを横に使ったフルカラーの大きな紙面で迫ります。燃え上がる炎の明るさ、金属なのにとろりとこぼされる橙色の液体は、暗い工房で浮かび上がるようです。
硬い金属が出来上がるまでに、炎の揺らめきと溶けた金属という、どちらもゆらぎのある形が発生し、それが写真のなかに留められていることにはっとする新鮮さを感じました。
風鈴からカップラーメン茶碗も? 鋳物の姿をぎゅっと濃縮
作者さんは神奈川県の小田原で、美術品などの工芸的な鋳物を作る工房にお勤めです。商品撮影のために一念発起して新しいカメラを購入されたのが、写真を撮り始めるきっかけになったのだそうです。昔ながらのコークス(石炭)を使い、火を燃え立たせるために風を送って温度を上げ……という方法で鋳物を製造されている工房の様子が、写り込んだ道具の端々から伝わってきます。
そんな工房で作られる鋳物の多彩さも紹介されていて、なかにはカップラーメンの容器をかたどった鋳物も。カップラーメンの器を砂の中に埋め、そこに熱した金属を注ぐと、発泡スチロールは溶けて燃え上がってしまい形だけが残るという「消失模型鋳造法」で作られた作品は、しっかり形を残すためにカップラーメンの容器にまかれたビニールひもの模様と、容器の周囲を覆っていた砂の目が合わさってなんともかっこいい器になっています。
一方で、作者さんの工房の主戦力、鋳物として長く愛されてきた品、風鈴の写真も載っています。でもそっと風鈴が置かれた写真のとなりのページには、風にあおられてあっちこっちに吹きあげられる風鈴の姿が。商品紹介の写真なら失敗かもしれませんが、このご本のなかでは、そんな風鈴の荒ぶる姿がくすっと笑みを誘うほっとするページであり、鋳物でありながら揺らめく、流れる……そんな場面の続きのように自然な流れを感じるワンシーンとなっています。
きっかけは仕事だったから……けれど同人誌になった!
このご本は写真集ですが、実は写真の多くにはコラムのような短い文章が添えられています。鋳物作りの方法や材料のことに触れながら「余熱で焼き芋やピザを焼いたりすることも出来ます」なんて、現場に立つ人ならではの視点が挟み込まれているのが楽しくなるんです。
きっかけは仕事だったから。けれどそこから一歩踏み出して同人誌を作って、即売会に参加するにはなかなかエネルギーのいることではないかと思います。印象的な写真の数々とともに、仕事場で感じた美しさ、面白さを同人誌という形にされたことそのものも、作者さんが「鋳物って面白いよ!」と呼びかけていることの証のように感じるのです。
今週の余談
急に暑くなるとつい「この暑さの中でもしっかり同人誌を探して歩けるように、気温に慣れて体力をつけて……」と、来たるべき夏に向かってのトレーニングのような心持ちになります! 無理せず、少しずつ力を蓄えたいですね。
みさき紹介文
図書館司書。公共図書館などを経て、現在は専門図書館に勤務。自身でも同人誌を作り、サークル活動歴は「人生の半分を越えたあたりで数えるのをやめました」と語る。
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