「天気の子」という宣戦布告 新海誠の“これまで”と“これから”
<※この記事は「天気の子」のネタバレを含みます>
世界っていう言葉がある。私は中学の頃まで、世界っていうのは携帯の電波が届く場所なんだって漠然と思っていた
(「ほしのこえ」より)
新海誠の最新作、「天気の子」のキャッチコピー、「あの夏の日、あの空の上で、私たちは世界の形を決定的に変えてしまった」を目にしたとき、氏の熱心なファンであれば上記のフレーズを思い出しただろう。
本作を一言で言い表すなら、これはデビュー以降――それこそファンをときに驚かせ、ときには失望されるほどに作風を変化させてきた新海誠の、真っ向勝負の原点回帰。
持ち味の背景美術は十数年の時を経て他の追随を許さないほどに磨きあげられ、弱さを指摘されることもあった長編作品のストーリーテリングを克服しながら、これまで描き続けてきた物語の形式――すなわち少年少女2人の距離と選択が世界の運命とリンクする“セカイ系”と呼ばれるようになった作品群への、完全回答だ※。
※「セカイ系」という言葉の定義は諸説あるが、本稿ではあえて、しばしば誤用と批判されることもあるこちらの解釈で行きたい。大丈夫だ。
2016年夏、日本史上に残るメガヒット作品となった「君の名は。」。RADWIMPSのポップミュージックに彩られた唯一無二の背景美と、絶妙なテンポと、時折挟まれるポエムで進行するストーリーテリング。プロデュースを手掛けた川村元気は「君の名は。」制作時、新海に同作を「新海誠のベスト盤にしてほしい」と伝えていた。「同時にそれは音楽的であって欲しい」とも(『小説 君の名は。』解説より)。
強力な相談役を得たことでブラッシュアップを繰り返したであろう同作は、過去作の何が観客を沸かせ、何が不要だったかを正確に分析した上で、作品に反映してみせた。その結果、「君の名は。」はひいき目に見るまでもなく、上記「新海アニメ」の要素が凝縮されることとなった。だがそれゆえに、これまで新海が持ち続けていたある種のとがった歪さを削ぎ落とす結果にもなっていた。
「君の名は。」に至るまでの反復と変化
既に指摘したように、新海はデビュー以降、作風の変化に挑み続けてきた作家でもある。メールにフィーチャーし、人類の存続を賭け宇宙探査に挑む少女と地上に残された少年の間に立ちはだかる時間と距離を描いた「ほしのこえ」。巨大共産国家ユニオンによって分断された日本を舞台に、周囲の物質を並行世界と置き換える塔と少女の夢がリンクする「雲のむこう、約束の場所」。
大仰な背景設定を抱えながらも本編中の説明は大胆に省き、思春期である少年少女の心の動きを中心に据える語り口は当時のノベルゲームを彷彿(ほうふつ)とさせるもので、親しみやすさと新鮮さが同居するものだった。
それらの作品に見られたSF要素を大胆に排除し、映像を山崎まさよしの楽曲に寄せることでセンチメンタルに特化したのが「秒速5センチメートル」だった。美しすぎる過去により停滞に囚われていた主人公・貴樹と、それでも進み続ける時間を象徴するヒロイン・明里の別離は多くの観客の心を打った。
「星を追う子ども」は、その変化が最も悪いかたちで出てしまった作品であろう。死と再生の秘密を求め地下帝国アガルタへと旅立つ秘密組織と少女の旅は、あまりにも彼の得意分野とは懸け離れていた。登場人物に生を与えるためか執拗に繰り返される食事シーンや、血しぶきの飛び交う戦闘は既存ファンの人気、ならびに新規層を取り込むことにも失敗してしまった。
その後2年を経て放たれた「言の葉の庭」は再びの恋愛・楽曲路線に戻り、緻密な心情描写と新宿御苑を主とする巧みな背景の描写により、再び高い評価を得た。デビューからの十数年間、新海は手法を変え、寄り道を繰り返しながら、自分の書くべきテーマや、自らの強みを探すべく試行錯誤していった。
過去作の踏襲、そしてその先へ
そうして彼は、「君の名は。」を経て戻ってきた。小説版「天気の子」のあとがきで、新海は次のように記している。
“教科書とは違う言葉、政治家とは違う言葉、批評家とは違う言葉で僕は語ろう。道徳とも教育とも違う基準で、物語を描こう。それこそが僕の仕事だし、もしもそれで誰かに叱られるのだとしたら、それはもう仕方がないじゃないか。僕は僕の生の実感を物語にしていくしかないのだ”
“「老若男女が足を運ぶ夏休み映画にふさわしい品位を」的なことは、もう一切考えなかった”
その言葉に偽りはないと感じる。本作はこれまでの作品で得た彼の知見、クオリティーコントロールを最大限に発揮しながらも、まるで初期衝動をたたきつけたかのような躍動感に満ち満ちている。
主人公・帆高らの視点/物語に含まれない家族や外部の描写はスマートに排除され、雨や雪は彼らの行手を幾重も阻む。作中に登場する大量の企業ロゴでさえ、彼らの実在感を補強するための道具にすぎない。「最終兵器彼女」が世界の終わりを北海道のジャスコと並べ、「ほしのこえ」が宇宙の孤独をコンビニのアイスと同一化してしまったように。
疑似家族との逃避とつかの間の幸せに山田一の「家族計画」。世界と少女の選択に「イリヤの空、UFOの夏」。中盤以後のトーンに「SWAN SONG」や「MOON.」の残滓(ざんし)がちらつくたびに涙がこぼれ、ネットカフェで繰り返し映し出される村上春樹訳『キャッチャー・イン・ザ・ライ』に、「雲のむこう」に用いられた同氏著作『アフターダーク』の名残を見たときは、思わず感動してしまった。
更にいえば銃だ。「雲のむこう」「星を追う子ども」にも登場したそれは「大人」と「力」を記号的に表すものでしかなかった。新海はこれまで画面に重みを与える小道具でしかなかったその引鉄を、巧みなマクガフィンとして動かしてみせた。
物語が終盤にさしかかるにつれ、本作が「これまでの新海」を進化させたものであるという確信はより強くなる。そしてついに誰もが焦がれたその瞬間がやってくる。世界を飲み込む二人の絆は、この15年間の諸作品で成し遂げられなかったことをいとも簡単に乗り越えてしまうのだ。
新海誠のグランドエンド
「天気の子」のラストで描かれたのは、信念を貫き、大切な者だけを命を懸けて取り戻す。恥じることなく実行する尊さ、その全ての肯定だ。これは単に帆高の行為だけを指すのではない。帆高の選択は、これまでの新海の作家性の核に触れつつ、彼が最後の最後で踏みとどまり続けてきた地点のその先にある。
「天気の子」は今までの新海作品で用いられたモチーフをふんだんにちりばめながら、明らかにその先に向かっている。テーマが類型的で一辺倒だ、との指摘は間違っている。
制作とは1つの狂気であり、繰り返し同じテーマを描くことはそのブラッシュアップと制作者が持つ最も強い感情の蜂起だ。それは村上春樹や中村文則の小説、ギレルモ・デル・トロ、小津安二郎の映画を見れば分かることだろう。
現在の日本のアニメーション分野でいうならば、例えば偏狂的に家族と疑似家族、愛を描き続ける幾原邦彦。「過去との対峙、ならびに時間に置いていかれる恐れ」を描き続ける岡田麿里。停止した大人と子供のリビドーをモチーフにし続ける榎戸洋司など、評価を集める監督・脚本家の諸作品にも顕著だ。同じテーマの繰り返しとは、おのおのの作家が抱える問題意識と、生の実感の発露である。そしてもちろん、それはここまで書いてきたように新海についても例外ではない。
彼は「天気の子」で、これまでの作風を連想させる素材を用いながらも、過去作でちゅうちょしていたその先へ、ついに手を伸ばしてみせた。それも一部の好事家のためにではなく、何百万人もの集客が見込める、「君の名は。」の次作で。“これまでの彼”を“これからの彼”に書き換えてみせた本作をして、まさに集大成と呼ぶのはたやすいだろう。だがそれだけではない。何より胸を震わせるのは、「新海誠はここから始まる」という強い予感だ。
これは宣戦布告だ。一人の作家が己を貫き、世界を変えるための。
(将来の終わり)
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