上映時間7時間18分の映画「サタンタンゴ」を見ると人間は「サタンタンゴを見た状態」になれるという話
7時間18分にしてわずかに約150カット。驚異の長回しで描く「人生」の映画とその体験です。
先日、上映時間7時間18分の映画「サタンタンゴ」を見てきました。ちょっといろいろな意味ですさまじい映画体験だったので今日はその話をさせてください。
※「自分も見た」「見たけど途中で寝た」「見たいけど多分無理」「そんなもん見るわけない」という方に向けた記事のため結構ネタバレがあります。ご了承ください。あと「この記事読んで見に行ったけどふざけんな金と時間返せ」みたいな苦情もご勘弁ください。
7時間18分なのに「約150カット」しかない狂気
もはやあらすじとかそういう問題ではない映画な気もするのですが一応ざっくり紹介すると、「サタンタンゴ」はハンガリーの映画監督、タル・ベーラ氏が1994年に発表した作品です。
舞台はハンガリーの田舎町。ここは雨期になるとむちゃくちゃに雨が降って町にもまともに行けなくなるという土地のため、カネもなければ仕事もなく不倫くらいしかやることがない、経済も人間関係もいろいろな面で詰んでいるおしまいの村です。「もう上映時間と設定だけで気が重くなった」という方、大体あってます。
もう1つ気が重くなる情報をお伝えしておくと、それだけの上映時間にも関わらず全編通してわずかに約150カットくらいしかありません。つまり1つ1つのシーンがめちゃくちゃ長い。しかも「延々と黙ーって歩いてるだけ」みたいな重苦しい長さがメインです。監督自ら見終わった人に「よくサバイブしましたね(生き延びましたね)」と褒めてくれるような映画です。
ミニシアターを中心に上映されていることからもわかるように、エンタメ作品ではなくアート系とか社会派寄りの「人を選ぶ映画」であることは間違いありません。ただ、見終わると「すさまじい映画体験をした」という奇妙な達成感が生まれることもまた事実です。そのへんをいくつかのトピックに分けて語らせてください。
「無駄なシーンは1つもない」は本当か?
「サタンタンゴ」はコアな映画ファンや評論家たちをはじめとして鬼のように高い評価を得ており、伝説の傑作として語り継がれてきたそうです。今になって「4Kデジタル・レストア版」が劇場公開されたあたりでその伝説感は伝わるかと思います。
で、そんな評論家たちの評論を見るとわりと「超長いけど無駄なシーンは1秒もない」的なことを言われたりしてます。見たので言いますが、これには語弊があって「無駄なシーンはめちゃくちゃある」というのはまず絶対言っておきたいです。
例えば。サタンタンゴを7時間も見ていると途中で気付くこととして、「人が歩き始めたら長くなると思え」というのがあります。サタンタンゴ格言です。
この映画は前述の通り1カットがむちゃくちゃな長回しです。特に雨ばっかり降ってなんにもねえ村を村人が歩くシーンがめっちゃ出てくるのですが、すげえ引きの画でカメラが固定されたと思ったらその状態から村人がフレームアウトするまで永久にそのシーンが続きます。我々は村人がゆっくり遠ざかって豆粒みたいになっていくのを何分間も見守ることになります。他にも「村人が引っ越しの荷造りをするシーンでタオルを1つずつしまったり布団を風呂敷で縛ったりするのをノーカットで見せられる」みたいな亜種は多いんですが、基本的にそういうシーンが何十回も出てきます。
僕は映画におけるこういう生活感、リアリティを感じさせる長回しの演出は大好物な人種ですが、さすがに7時間繰り返されるとおめめがとろんとしてくることは否めません。
ただ、それこそがサタンタンゴをサタンタンゴたらしめている、ということもまた事実です。
現実とは映画ではありません。僕も日々「クソめんどくせえな」と思いながら洗濯物を干したり、通勤電車に乗ったり、ゴミ箱に投げたら外れてしまったティッシュをわざわざ立ち上がって拾って捨て直したりして生きています。
サタンタンゴはその現実をありのまま描きます。酒浸りの引きこもり老人がハアハア言いながら酒を注ぎ(いちいち酒と水を別のグラスに注いでそれを違うグラスで混ぜて水割りにしたりする)、ハアハア言いながらションベンをしにいく様を余すところなく見せつけられます。アニメ1話分くらいの時間をかけて見たシーンを要約すると「おっさんがなんか1人で酒飲んでた」だけだったりするのがサタンタンゴです。
だけど、そこには閉ざされて鬱屈した村で生きること、鬱屈した生き様が放つ生命の迫力があります。
雨が降っている、人が歩いていく、牛が歩いている、馬が走っている、誰かが黙っている、誰かが意味のないセリフを叫んでいる。そうした普通なら流してしまう「ただの1シーン」を狂気的な長回しで見せることで、観客に「そこで生きる苦痛」を強いるのがサタンタンゴです。BGMが控えめでわずかな生活音も非常に印象的な音の演出になっているんですが、サタンタンゴは「静寂」すら効果音として聞かせてきます。
そういう意味で「無駄なシーンが無い」のであり、逆に言うと僕たちの人生の大半は恐ろしく「無駄な時間」に浪費されているということを痛感させられるのです。
今後僕は酒を飲んでゲップをしたり、尻をかいたり、どうでもいい芸能人のどうでもいいゴシップニュースを夢中で読んだりしてしまうたびに、「あ、今の俺サタンタンゴだな」と思うことでしょう。そういう「サタンタンゴ的視点」を獲得することにこそ、この映画を見る最大の価値があると言えると思います。
「酒場のダンスシーン」の狂気
地獄みたいに長いこの映画の中で最も印象的かつ気が狂ってるシーンが、「酒場のダンス」です。多分ほとんどの人はこれか猫ちゃん虐待シーン(後述)を挙げるんじゃないかと思います。
村にある(多分)唯一の酒場。そこに酒飲むくらいしかやることがない村人たちが次第に集結してくる。
メインストーリーとして「1年半前に死んだはずのイリミアーシュが村に帰ってくる」というのがあり、そいつは“魔術師”とかなんとか恐れられたやべーやつで村人は酒場で「やべー」っていう話をし始めるんですが、最終的には全員酔っぱらって人の奥さんの乳を揉み始めたりゲロを吐いたりする。そんで結局やべーやつのことは忘れて音楽に合わせてはしゃぎ倒す猿になる、というのがこのダンスシーンです。アホですね。人間というのは。
このシーン、本当に役者に酒を飲ませて撮影したそうで、そのはしゃぎっぷりがすさまじい。旦那がいる横で違う男といちゃいちゃ踊る妻、なぜかパン(チーズロール)を頭に乗せてそのへんを徘徊するその夫、壊れたおもちゃみたいに机をバンバン叩いてリズムを取る男、男女のダンスを邪魔して最終的に寝落ちする男、座ったまま寝る女、などなど全員気が狂った狂乱の宴が繰り広げられます。特にパンを頭に乗せて無表情でそこらへんを歩き回るおっさんがヤバかったです。あそこは笑っていいシーンだと思う。
文章で書くと「そういうシーンなんだ」と思うかもしれませんが、これだけの映像がマジで10分とか20分くらい永久に続きます(体感)。この長回しにもおそらく意味があって、最初は「なんかおもろいシーンやん」と思ってた観客に「いつまでやってんだよ、こいつらアホなのか?」と“傍観者”に引き戻す効果がある。僕も酒を飲んでふざける(そして全部忘れる)のが唯一の趣味な人間なので、このシーンは胸にくるものがありました。俺はアホだ。俺はずっとサタンタンゴだった。
(余談。この乱痴気ダンスシーンの後にちょっとしっとりめの「タンゴ」を踊るシーンもあり、そこで酔うと同じことしか言えなくなるタイプのおじさんが「俺の人生はタンゴだ!」と何度も繰り返して床をバンバン踏むシーンもよかったです。この映画も「6歩前に、6歩後へ」のタンゴのステップを意識した12章構成になっていて、そのへんを象徴したセリフだと感じました)
この映画では同じシーンをいくつかの登場人物の視点から多角的に描くという演出もあるのですが、この猿化した大人たちの宴を窓からジーッと眺めていたのが前述の猫ちゃん虐待をする少女です。
猫好きは見ない方がいい映画
おしまいの人間ばかり登場するサタンタンゴの中でも、最も弱い立場として登場するのがこのエシュティケという少女です。クソ兄貴に「金のなる木を植えるから金を出せ」となけなしの小銭を奪われ、母親からは違う男と不倫をするから「どっかに行ってろ」と外に放置される。「施設に入れとけばよかった」みたいな描写もあったので生まれたときから不幸みたいな存在なんだと思います。しんどい。
シンデレラとか24時間テレビなら「そんなあの子が今ではこんなに幸せに……!」みたいになりそうなもんですが、サタンタンゴではよりきついことになります。なぜならサタンタンゴだからです。
ある日、エシュティケは自分に懐いている猫ちゃんに「私のほうが強いんだ」と言って突如虐待を始めます。理由は猫ちゃんを抱いていたらおしっこをされちゃったから。「お前まで私を馬鹿にするのか」みたいなことなんだと思います。
最終的には猫ちゃんに毒(殺鼠剤)を飲ませて殺してしまうんですが、この一連の描写が結構エグくて現代だったら動物愛護団体のクレームとかを筆頭に炎上してると思います。ネットの情報によると獣医の監修のもとで撮影されて最終的にはタル・ベーラ監督の愛猫になったらしいんですが、それでも猫好きな人は見ないほうがいいと思います。演者にとってはどんなにリアルでも「映画」ですが、猫にとっては一時でもそれは「現実」だと思うので。
ただ、そのシーンは猫が死に至るまでの「演技(と呼ぶしか説明がつかないもの)」が圧巻で、「これどうやって撮ったの?」というメタ的な視点も含めて最も見入るシーンだったのも事実です。一番の弱者であるエシュティケが自分より弱い者を見出す過程、村の大人たちに絶望していく理由、そして最後に選ぶ結末も含めて強烈に「サタンタンゴ」を印象付ける一幕となっています。
無表情でカメラを見つめるエシュティケの瞳は、まさに「サタンタンゴをのぞく時、サタンタンゴもまたこちらをのぞいているのだ」という気持ちになります。
あまりに哀しく痛烈な「エンドレスエイト」
これはマジで個人的な感想かつ致命的なネタバレなので、ここまでで興味を持った方はなんとかしてサタンタンゴを見るまで読まないほうがいいと思いますが、この映画には「終わり」がありません。いや、あるんですけど「終わりがないのが終わり」的なゴールドエクスペリエンスレクイエム的結末になっています。ある種のエンドレスエイトです。「7時間18分見てこれかよ」という。
ぼかしつつも端的に書くと「冒頭と結末が呼応している」タイプの映画です。閉ざされた村の閉鎖的な生活がある→そこに救いをもたらす(っぽく見える)やつが現れる→村人の生活が(いいか悪いかわかんないけど)一変する→で、どうなったの?→映画「どうなったと思う?」→1ページ目に戻る、みたいな感じです。僕はエンドクレジットが流れたとき、「えっ、終わり?」と思い、「7時間18分見てこれかよ」と思いました。
でも、こうも思いました。「自分の人生の結末もまだわかんないもんな」と。
サタンタンゴは、社会主義時代末期(おそらく1980年代ごろ)のハンガリーの片田舎を描いた映画です。村人は皆日々に不満を持ち、だけど自ら行動を起こせず、とりあえず酒を飲んだり煙草を吸ったりしてその場をしのいでいる。「自分がよければいいか」と他者に無関心になり、「カネさえあれば」という夢想にしか希望を抱けない凡庸な人々の映画です。
自分もそうだなあ、と少しシュンとしました。「サタンタンゴ」は多くの庶民にとっての現実を、「当時のハンガリー」という一角度からありのまま切り取った映画です。日本人にとってはあんまり鮮度のよくない異国の魚を刺身で食うようなものです。
だから一部の人には時代を超えて評価される傑作なのでしょうし、「がっかりした」「退屈だった」という人もいるのだと思います。少なくとも映画に夢や希望、ひとときの娯楽を与えてくれるものだと期待している人にとって、これはそういう映画ではありません。
だけど、多くの一般庶民にとって、つらい現実を酒や踊りで忘れたり、その陰でより不幸な人を見過ごしてしまったり、それでも自分の人生はいつかもっと好転するはずだと希望を持ってしまったりする彼らの生き方は普遍的なものとして響くはずです。僕は最終的にtotoBIGで6億円当たればオールオッケー、ということだけを希望に生きている人間ですが、「サタンタンゴ」の人たちにはtotoBIGもないので、ひょっこり現れたイリミアーシュの甘言になけなしの全財産をあっさり差し出してしまいます。それは2時間程度の映画で見れば「昔の人はアホだなあ」という「虚構」ですが、7時間18分の長回しで生き様を追体験すれば「現実」として胸を打ちます。
「サタンタンゴ」はおそらくそんな映画です。鑑賞は確かに苦痛を伴うもので、ケツや膝や精神はそれなりにしんどいことになりましたが、僕は「サタンタンゴを見た状態」として今後の人生を生きていくことを、結構ポジティブに捉えています。人生はこれからも続きますが、7時間18分は長い人生においてはごく一瞬のことですから。
(たろちん)
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