「ゾクっとした」「読者の性癖を探ってる感好き」 オカルト好きが今すぐ読むべき漫画『怪異と乙女と神隠し』作者インタビュー(1/2 ページ)
作者のぬじま先生と、帯コメントを書いた『日本現代怪異事典』の著者・朝里樹先生をインタビューしました。
怪異×少女×性癖の3要素が突き刺さると話題のWeb連載漫画『怪異と乙女と神隠し』第1巻が4月10日に発売されることを記念して、ねとらぼで第1話をまるっと出張掲載。作者のぬじま先生と単行本の帯コメントを寄せた『日本現代怪異事典』の著者・朝里樹先生にも作品の魅力を伺いました。
『怪異と乙女と神隠し』とは
首都圏のとある町で起こる“何か”に、小説家志望の書店員・緒川菫子(おがわ すみれこ)と、童顔糸目の魔少年・化野蓮(あだしの れん)のコンビが挑む現代怪異ロマネスク漫画。やわらかスピリッツにて、2019年10月から連載されています。
第1怪ではいつの間にか知らない本が書棚に並ぶ、通称“逆万引きの本”をきっかけに、“絶対に声に出しては読んでいけない歌”を読んでしまった董子が失踪。化野が董子を追う――というストーリーが展開されます。
数々の怪異をめぐるささやかな友情と別れの物語が描かれるという本作ですが、ネットではオカルトファンからの支持に加え、「読者の性癖を探ってる感好き」「誰かしらの性癖にピンポイントで刺さりそうな描写が毎回あって、割と刺さり率高くて素晴らしい…スナイパー…」「ゾクっとした」と、ぬじま先生のエロティックな女性描写やフェチ心をくすぐる展開にも注目が集まっています。
作者ぬじま先生に聞く、なぜ怪異をテーマに選んだ?
ねとらぼ編集部は『怪異と乙女と神隠し』の作者・ぬじま先生に作品の魅力を生み出す秘密についてお話を伺いました。
――第1巻の発売おめでとうございます! 今回の作品のテーマとして“怪異”を選んだ経緯を教えてください。
ぬじま:これまではショートコメディーを描いていたのですが、次は「真逆のテイストのものを描きたい」と打ち合わせに臨みました。当初はホラー物を考えていたものの、幅広い話が描けるモチーフだということで怪異をテーマにすることとしました。
怪異というのは明確な答えが存在するわけではなく、解釈次第でいかようにも形がみいだせるため、「ストーリーマンガ初心者の自分にも扱えるのでは!?」と考えたわけです。今となっては当時の自分に「そんなに甘くねえぞ」と言ってやりたいです。
――1つ目のエピソードでは“逆万引き”をきっかけに、菫子が「月読の変若水」に関する“呪歌”に巻き込まれて“若返ってしまう”様子が描かれています。実在するもの(『万葉集』)を取り入れたことでエピソードにリアリティーが生まれていると思うのですが、『万葉集』と“呪歌”を組み合わせるアイデアはどこからうまれたのでしょうか。
ぬじま:最初は、ヴォイニッチ手稿やコデックス・セラフィニアヌスの和製版みたいなイメージで話を考えていたように思います。その時点では菫子の大きさが変わるというネタすら無かったのですが、担当さんと打ち合わせを重ねていた時に、編集さんから「このキャラが大きくなったり小さくなる姿が見たい」とリクエストされて「何それステキ」と1も2も無く賛同し、「読むと若返る本」というネタが出来ました。
「じゃあ何で若返るの?」と考えたときに、何かしら実在する古典をベースに若返りにまつわる伝承が無いか調べた結果、万葉集の歌が出てきました。特別古典に造詣が深いということは全然無いので、描きながら冷や冷やしています。現在進行形で。
――テーマになっている“怪異”、“乙女”、“神隠し”について。“乙女(?)”たる緒川菫子と“神隠し”たる化野蓮にはさまざまな秘密がありそうですね。
ぬじま:スリーサイズは100-62-93でIカップを行ったり来たりの菫子ですが、最初のイメージは、村上春樹さんの「スプートニクの恋人」のヒロインのすみれです(今では跡形もありませんが)。好きな作家は打海文三という裏設定があります。
化野くんの名前は小説家の化野燐さんが元ネタです。地名性ではありますが、字面に「バケモノ」みたいな雰囲気があるのが好きです。好きな作家は谷川俊太郎(特に絵本)で、『んぐまーま』という谷川先生の絵本について菫子と意気投合したのが仲良くなるきっかけになりました。
――今後の行動に注目してほしいキャラクターやキーマンがいれば教えてください。
ぬじま:化野くんが人を食ったようなキャラなので鼻白むこともあるかもしれませんが、個人的には菫子とどっこいの萌えキャラになる要素を仕込んでいるのでどうか見守ってもらえると幸いです。あと乙をひたすら可愛くしたい。
――現代怪異ロマネスクだからこその執筆の楽しさや、ご苦労があれば教えてください。
ぬじま:キャラの日常的な掛け合いを想像しやすいので、穏やかなシーンを描くのが楽しいです。さらに穏やかな日常を、理不尽な怪異でひっくり返したり反転させるのは言い知れぬ快感があります。その両方をやって良い上、最終的に怪異に責任を押し付ければ万事解決できるファジーさがとても楽しいです。いや解決しないんですが、した気になれる所が楽しいです。
苦労する点で言うと、怪異の設定を作り上げる頭脳が無いので毎回七転八倒しています。担当さんの助けが無かったら全く描けていなかったと思うので毎回感謝しています。本当にありがとうございます。
――『怪異と乙女と神隠し』を描く上で決めている“マイルール”はありますか。
ぬじま:一話の中に一つ、「こういうのが好きだ」という自分の性癖みたいなものを盛り込むことです。一度、自分の性癖では無いんだけれど好きな人が多いと思われる癖(へき)を出せるタイミングがありました。
悩んだ末担当さんに相談した結果、自分自身が好きだと思える癖じゃないならやめておこうという結論になりました。エロい要素でウソを吐くと読んでる人に即バレると聞いていたので、あの選択は正しかったと安堵しています。
自分の性癖が案外早く出尽くしたらどうしようというのはひそかな悩みです。「怪異」的な側面におけるルールだとできる限り怪異を、妖怪や化物みたいに視覚化せず、けれんみを押さえるようにしています。
元が少年マンガ脳なのか、放っておくと獣の槍で戦って退治したい欲が出てしまうため毎回気を付けるようにしてるんですがどうでしょう。
――化野くんが退魔の霊槍を持って大暴れ……というのも見てみたい気はしますが、ちょっとエッチな描写があったり、ゾッするようなシーンが突然出てきたり、ユニークな角度のアプローチでさまざまなタイプの性癖に刺さりそうなキャラクターやエピソードが登場するのが本作の魅力の1つだと思います。ぬじま先生にとって共感しやすいキャラクターや好みのキャラクター(筆が進みやすいキャラクター)はいますか。
ぬじま:筆が進みやすいキャラは肉感的なキャラです。基礎的な絵の勉強をしていないせいで女性らしく柔らかい体を表現しようと頑張るとボリュームが増す悪癖があるようです。なので小さい子や平均的な体形の女性を描くのに毎回苦労しています。
造詣ではない部分だと、表情をいろいろ動かせるようなキャラがやりやすいです。共感しやすいキャラは、小さい夢をかなえられずにもがいてるキャラです。誰でも平然と達成しているような事をできないでいる人にすぐ肩入れしてしまいます。「もう一度創作をしたい」「家に帰りたい」「友達が欲しい」なんならもっと小さい夢でも良いかもしれません。壮大な夢を抱いた事が無いからかもしれません。
――ぬじま先生自身、怪異についてもともとご興味があったのでしょうか。
ぬじま:以前からホラー映画や小説、怪談などが好きでよく見ていました。最近では作業中にも耳だけで楽しめる怪談朗読を聞く機会が多いです。
長年朗読活動を続けられている136(イサム)さんという方の怪談動画は特によく聞くのですが、どうやら同じ漫画家の方々(『あさひなぐ』のこざき亜衣先生や『進撃の巨人』の諫山創先生など)に愛好家が多く、結構怪談好きの漫画家さんが多いようです。
ちなみに好きな怪談は中山市朗先生の「山の牧場」です。幽霊や妖怪がガンガン出てくる直接的な話も嫌いではないですが、不可解で薄気味悪い怖さの話が好みです。
――怪奇漫画で好きな作品や影響を受けた作品はありますか。
ぬじま:怪奇漫画で言うといがらしみきお先生の『Sink』望月峯太郎先生の『座敷女』が強く印象に残ってます。それ以外で今作に強い影響を与えているものだと、富樫義博先生の『レベルE』と古谷実先生の『わにとかげぎす』です。
どの作品も、会話のテンポや日常が崩れる時の快感が見事でずっと追いかけています。活字ですと、今回帯びに推薦文をいただいた朝里樹先生の『日本現代怪異事典』は参考資料として以上に読み物として面白いので、いつも手の届く所に置いてあります。あと西尾維新先生の化物語シリーズはずっと愛読しています。
――最後に読者やこれから本作を読もうと考えている方に一言お願い致します。
ぬじま:最近では現実でもそうですが、昨日まで普通だった事が、気付かぬ内にぬるりと別物に変わっていたりします。本作も、最初何も起こらないかのように見える緩やかな流れから気が付くと思いもよらない妙な場所にたどり着いている作品です。怪異に触れてぬるりと変化した日常に翻弄されつつも乗り越えていく菫子たちを見て楽しんでいただけたらうれしいです。
『怪異と乙女と神隠し』を怪異のプロはどう読んだか
これまでにないタイプの怪異漫画『怪異と乙女と神隠し』について、『日本現代怪異事典』の著者・朝里樹先生は、帯に「もし怪異が現代に実在したとしたら、誰かの手で物語となるのでしょう。怪異好きで作家志望の書店員、怪異を知る少年、そして彼らが挑む怪異が織りなす現代怪奇譚、必見です!」と絶賛のコメントを寄せています。
怪異のプロから見た本作の魅力とはどんな点なのか、朝里先生にもお話を伺いました。
――『怪異と乙女と神隠し』1巻の率直な感想をお聞かせください。
朝里:個人的に古くからある怪異と現代に生まれた怪異が共演する作品が好きなのですが、『怪異と乙女と神隠し』はまさに『万葉集』に語られた変若水、古代から現代まで幾度となく語られてきた神隠し、そしてきさらぎ駅など、さまざまな怪異が時代を超えて登場します。それがたまりません。また個人的な感想ではありますが、主人公が怪異好きで作家志望、というのがどこか親近感を覚え、物語により入り込んでしまいました。
――怪異の専門家から見た『怪異と乙女と神隠し』の魅力について教えてください。
朝里:先ほども述べたように、この作品にはさまざまな時代の怪異が登場します。時代の違う怪異たちが同じ舞台に会する物語を描くのは難しいですが、『怪異と乙女の神隠し』では違和感なく表現されています。また、登場する怪異の性質が物語の中心となり、大きな役割を担っているのも魅力だと思います。次はどんな怪異が現れ、どんな物語を読むことができるのか、楽しみになります。
――朝里先生が怪異に興味を持ったきっかけは何だったのでしょうか。また『日本現代怪異事典』執筆に至ったまでの経緯を教えてください。
朝里:もともと妖怪好きなのですが、きっかけはアニメ第4期『ゲゲゲの鬼太郎』でした。そこから妖怪に興味を持つようになり、水木しげる先生の本などを読んでいましたが、小学校に入学したころ、常光徹先生や学校の怪談編集委員会の『学校の怪談』シリーズに出会いました。当時はちょうどこれらを原作とした映画「学校の怪談」シリーズが公開された時期でもあり、怪異・妖怪は過去のものだけなのではなく、「自分たちが生きている時代にもいるんだ」、ということに衝撃を受けたのです。
さらに2000年前後には、インターネット上でさまざまな都市伝説や怪談を語ったり、投稿するサイトがあり、それを通してさまざまな現代の怪異を知り、どんどん興味を持つようになっていきました。そして妖怪と並行して現代の怪異も調べるようになり、高校、大学と過ごしていたのですが、「現代の怪異だけを集めた本」というものがなかったことから、大学時代から一つ一つ項目を作り、集めるようになりました。そして社会人になってある程度まとまったお金が使えるようになり、集めた怪異を事典の形式の本にすることを考えました。それが同人誌版の『日本現代怪異事典』です。この同人誌が笠間書院様の目にとまり、商業作品として出版していただくに至りました。
――現代の怪異という点について、近年の怪異にトレンドのようなものはありますか。またお気に入りの怪異話があれば教えてください。
朝里:より恐ろしく、より不条理な存在が人気を博しているように思います。偶然遭遇し、魅入られると死ぬ「八尺様」、箱が近くにあるだけで内蔵がちぎれる「コトリバコ」、夢の中に現れ、夢で殺されると実際に死んでしまう「猿夢」、といった話は、現在でも人気の怪談です。また個人的に好きなのは、かつていじめられていた少女が怪異と化し、過去の恨みから雨の日に現れては子どもを襲い、引き摺り続けて殺してしまう、という「ひきこさん」です。これは私が中学生のころにインターネット上で読み、本格的に現代の怪異にはまったきっかけとなった怪異でもあります。
――最後に、本作はどのような方にお勧めの作品でしょうか。またこれから本作を読もうと思っている方に一言お願い致します。
朝里:古代から現代まで、この国で語られた怪異というものが好きな方にはぜひ読んでいただきたい作品です。また、いつか、もしくは今、小説や漫画など、物語を作ってみたことがある方にもお勧めしたいです。
『怪異と乙女と神隠し』第1巻(定価650円)は4月10日発売。単行本にはおまけ漫画が大増量されています。
(Kikka)
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