アニメ映画の極北「君は彼方」レビュー “「君の名は。」以後”最終形態、あるいは究極のエピゴーネンの誕生(2/3 ページ)
一応表面上はさまざまなぶっ飛んだイベントが起きているとはいえ、「うん、だから、それさっきからやってるよね?」「うん、それも、さっきから言っているよね?」とずっと思うしかないという、まるでループした時間の中に閉じ込められたかのような感覚になり、すさまじく混乱させられるのだ。
脚本も務めた瀬名監督によると、本作はもともと10〜20分の短編としての脚本を書いていたようで、その後は「長編映画にしてはどうか」という周りの勧めもあって60〜70分くらいの尺になり、さらに計20回ほどの書き直しを経て90分弱の脚本になったのだそうだ。なるほど、終盤の“引き伸ばし感”が半端ない理由がどこにあったのか、よく分かる。
この「同じことを繰り返してばかり」「どこに行っても逃げ場がない」という話運びはホラーと呼んで差し支えなく、2020年屈指の難解な作品という印象にもつながっている。
5:山寺宏一と大谷育江が2人1役(?)をする衝撃
本作のさらなる注目ポイントとして、豪華なボイスキャストが挙げられる。主演の松本穂香と瀬戸利樹は若手俳優としての地位を確立しているし、サブキャラクターを演じているのは小倉唯や早見沙織という大人気声優だ。その他、土屋アンナ、木本武宏(TKO)、竹中直人、夏木マリと、誰もが名前を知る面々が顔をそろえている。
中でも、“ギーモン”というデジモン風のしゃべるぬいぐるみキャラを、なぜか山寺宏一と大谷育江が2人1役(?)で演じているというのがすごい。「マスコットキャラがおっさん声で話す」というのは「名探偵ピカチュウ」のオマージュのようでもあるが、そこにまさかのピカチュウ本人までしゃべり出すという大盤振る舞いぶりなのである。
これらのボイスキャストの演技、特に主演の松本の熱演と歌声は、掛け値なしに素晴らしい。素晴らしいのだが……ヒロインが泣き叫ぶシーンがかなり多く、終盤で悲壮感を超えて絶望している松本の嗚咽(おえつ)の演技が真に迫りすぎており、これまたホラーと化していた。なお本作で音響監督を務めたのも瀬名監督その人である。
6:メッセージはまっとうである
「君は彼方」のアバンギャルドなポイントばかりを挙げてしまったが、意外と言うべきか、劇中で提示されているメッセージは、とても真っ当なものである。現実世界での人間関係や努力から逃げ続けてしまっていた少女が異世界に迷い込み、本当の気持ちに気づいて、そして元の世界へ帰ろうと努力をする、という物語の過程と決着にはちゃんとした教訓がある。
脚本にも「あの時のあれが実はこうだった」という“意外な真実”の提示があり、さまざまなイベントがテンポ良く起こるので、エンタメ性を高めようとする気概も存分に感じられる。随所に「ちゃんとした映画になりそう」な要素はあるのだ。
そのはずなのに、出来上がったのは全方位的に奇怪な”何か”なのである。表面上は青春ファンタジーのはずなのに、並のホラー映画より怖かったりもするのだから、これはもはやジャンルの判定は不可能。「君は彼方」という新たな概念が誕生していた。
00年代、“ちっぽけな存在である僕が自己に悩みながら君とともに世界と戦う”アニメーションやライトノベルが散見して、“セカイ系”とくくられた。それで言えば本作には、自己の逃げ場としてのセカイさえない。
(中略)
ファンタジックでありながら、より現実的で力強いメッセージが響く『君は彼方』。加えてもちろん、笑えて泣けてときめいて楽しめる。“カナタ系”――そんなジャンルが誕生したのかもしれない。
「君は彼方」パンフレット p.21 「素直で不器用な少年少女が立ち向かうもの」(渡辺水央)より
7:「君の名は。」のエピゴーネンの最終形態
「君の名は。」の大ヒット以降、似たようなアニメ映画の企画はいくつもあった。特に2019年は、「きみと、波にのれたら」「HELLO WORLD」「ぼくらの7日間戦争」など、少年少女が主人公の青春系アニメ映画が大渋滞を起こしていたのである。
「HELLO WORLD」のパンフレットには「『君の名は。』によってアニメ映画を取り巻く状況が変わり、社内で求められる企画の種類も変わってしまった」とはっきり明言されていたりもする。ビジネスとしての利益を出すために、そのような企画が通りやすくなったという事情があるのだろう。それでも、これらの映画にはオリジナリティーがしっかりあり、「君の名は。」とは異なる独自の魅力を作り出していた。
しかし、「君は彼方」は、「君の名は。」以外にも「千と千尋の神隠し」や「天気の子」などの要素までもが感じられ、オリジナリティーを感じさせるところがあまりに少ない。にもかかわらず、あまりに混沌とした内容であるため「今までに見たことがない映画を見ている」という矛盾したような感覚におそわれる。これは「君の名は。」のエピゴーネン(オリジナリティーに欠けた作品)の最終形態であり変異種だ。こんな映画は、もう二度と誕生しないだろう。
なお、現在は映画館で傑作と呼ぶべきアニメ映画が多数公開中である。「タイタニック」を超え前人未到の大ヒット記録を更新中の「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」(関連記事)、子どもこそ見てほしいと心から願えるメッセージを備えた「羅小黒戦記(ロシャオヘイセンキ) ぼくが選ぶ未来」(関連記事)、「もののけ姫」に通ずるテーマがある「ウルフウォーカー」(関連記事)、尋常ではない労力を賭して作られたストップモーション作品「ミッシング・リンク 英国紳士と秘密の相棒」(外部関連記事)がそうだ。
これらの傑作を差し置いて、「君は彼方」を見るというのは……正直、勇気のいる決断が必要だろう。だが、斬新な映画体験ができる「君は彼方」もまた、スクリーン(という逃げられない環境)で見る価値が間違いなくある作品だ。ぜひ、このアニメ映画の極北を見届けようではないか!
(ヒナタカ)
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