「愛する誰かがいなきゃ救われないなんて、そんな残酷な話がありますか」 セクハラ事件からジェンダーの揺らぎに向き合う漫画『女の体をゆるすまで』作者インタビュー(1/3 ページ)

作者の内面に迫る1万字インタビュー。

» 2021年08月19日 17時00分 公開
[高島鈴ねとらぼ]
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 自身のマゾヒズムを題材に、セクシュアリティの複雑さと初めての恋を描くエッセイ『実録 泣くまでボコられてはじめて恋に落ちました。』で鮮烈なデビューを果たした漫画家・ペス山ポピーさん。7月30日、待望の2作目『女(じぶん)の体をゆるすまで』の単行本が発売されました。

女の体をゆるすまで女の体をゆるすまで ペス山ポピーさんの新刊『女の体をゆるすまで』
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 同作は、ペス山さんが実際に被害にあった事件を糸口に、自身のジェンダーの揺らぎと向き合うエッセイ漫画。アシスタントとして向かった漫画家・X氏の元で受けたセクシャルハラスメント、壮絶なフラッシュバック、人生に影響を与えた母や友人、そして漫画を描くということ……さまざまな出来事と視点を交錯させながら、自分自身を「ゆるすまで」を描きます。

 今回はペス山さんと担当編集の金城さんに、トランスについて、暴力について、物語とロールモデルについてなど、さまざまなトピックについてお話をうかがってきました。「難しいですね」と何度もつぶやきながら語り合った、ディープな1万字インタビューです。

ペス山ポピー

漫画家。『実録 泣くまでボコられてはじめて恋に落ちました。』でデビュー。『女の体をゆるすまで』では、自身のジェンダーを男性寄りのノンバイナリーと自認するまでを描く。

自分を振り返り、「思考を整理」する方法

女の体をゆるすまで 『女の体をゆるすまで』作者のペス山ポピーさん

――今日はお会いできるのをすごく楽しみにしてきました。前作『泣くまでボコられて初めて恋に落ちました。』は語り口に緩急をつけて、エンタメ寄りの流れで描かれていましたが、今作『女の体をゆるすまで』では、経験を丁寧に整理する姿勢が強く出ていたと思います。

ペス山:前作を描いたときとはだいぶテンションが違っていて……躁鬱で例えるとしたら、前作が「躁」で今回が「鬱」でした。前作は自分が表面的に人にどう見えるかを考えて描いたので、内容こそ事実ですが、ある種「読み手が面白ければいいや」と思って描いていました。

 今作はもっと芯を食ったところと、がっぷり四つ組み合って描くような感じです。「あったことをそのまま描いてみる」という、自分の記憶に対して誠実な方法を取った……というか取らざるを得なかったと思います。

――前作があっての今作、という流れが重要だったわけですね。今作について、読みながら「自分の思考の整理がうまい!」と強く思ったのですが、考えを整理して描く際に気をつけていたことはありますか?

ペス山:自分の頭の中でだけ考えているときは整理がつかないので、口に出すことですね。担当編集の金城さんに長電話に付き合ってもらうとか。他人の視点が加わると「ここはどうなの?」と質問がもらえるので、整理の手助けになります。1人だとやはり難しいですね。

――作中、外の世界とすんなり繋がれてしまう人に対する憧れと、どうしてもその外の世界と繋がるために手段や訓練が必要なご自身に対する葛藤がすごく見えてきました。作品を描き終えて、世界に存在するための意識やその難しさに変化はありましたか。

ペス山:大きく変わったと思うのは、「トランスである」ことを自認するまでに何年もかかったんだな、という認識が生じたことです。今はわりと落ち着いていますが、それを認識することをものすごく恐れてめちゃくちゃ遠回りをしてきた人生だったので……。

#MeTooで変わったフェミニズムとの距離感

女の体をゆるすまで 山口元一弁護士との対話で分かった「社会通念」の変化(『女の体をゆるすまで』上巻より)

――作中、社会通念を変えた出来事として#MeTooが紹介され、そこからペス山さんの歩みも次第に「私は黙らない」という#MeTooに連なる方向へ続いていきますね。フェミニズムに対する距離感の変化はありましたか。

ペス山:難しい質問ですね……でも私、小さい頃から田嶋陽子さん(※)が大好きだったんですよ。

※田嶋陽子……英文学者、女性学研究者。多くのテレビ番組に出演し、フェミニズムについて広く発信を行っていた。近年再評価する声が高まっている。

――田嶋さん! それは素敵ですね。

ペス山:小学生くらいの頃、バラエティー番組で田嶋陽子さんが「嫌な意味の漢字には全部『女』という部首がつく」と言っていて、めっちゃ笑いながらも「その通りだ」と同意していました。だから小さい頃から、フェミニズムを知らないなりに関心はあったんですね。

 ただその後、性被害などの経験が加わって、「女の体」を憎むようになったので、10代の頃は自分からは遠いものだとみなして、知ろうともしないうちに嫌っていたと思います。それからちゃんと「フェミニズムとは何たるか」というのがわかってきたのは、Twitterがきっかけだったんですよ。

――Twitter! そうだったんですね。

ペス山:確か2017年ぐらいから#MeToo(※)などの運動が目立つようになったと思うのですが、その3年前くらいからちょっとずつ波が起きていたような気がしているんです。例えば「この漫画の女性キャラの扱いがひどい」といったツイートがタイムラインに流れてきたり。

 ただその時期は、そのようなツイートに「確かに」と思いつつ、まだフェミニズムに目覚めてはいなかったです。セクハラを受けた直後で精神の調子を大きく崩していて、「この体で生まれてくると人生は地獄だ」とかツイートして食べ吐きして、みたいな生活をしていました。

 それからがらっと考えが変わったきっかけは、『実録 泣くまでボコられてはじめて恋に落ちました。(以下、ボコ恋)』で描いた、ある男の人と付き合った経験です。その人と付き合ったときは、「ああ両思いなんだ」と思って幸せだったんですよ、一瞬は。でもその相手から、めちゃくちゃ差別されました(※)。それで初めて「あ、好きな相手でも差別するんだ」と思った。

※#MeToo……2017年、映画プロデューサーであるハーヴェイ・ワインスタインのハラスメントが被害者によって告発されたことをきっかけに、SNS上で起きた性被害の告発を行うムーヴメント。#MeToo運動自体は2006年ごろから存在するが、大きく波及したのが2017年であった。 ※差別された……『実録 泣くまでボコられてはじめて恋に落ちました。』番外編参照。

――ああ……。

ペス山:「私を好きだと言った人に、なんでこんなこと言われなきゃいけないんだろう」と思って、セクハラを受けた時以上にびっくりしました。意味がわからなかった。

 この『ボコ恋』を描いたのが2017年ですが、#MeTooも同時期から盛り上がってきていて、「点と点が線で繋がった」感覚があったんです。

――自分自身の違和感と世間の潮流がぶつかる点が、2017年だったんですね。

タイトルに「女(じぶん)」という字を選んだ理由

――トランスに関するトピックは、今現在インターネット上でトランス排除言説(※)が蔓延しているように、本当に大変な問題になっています。そのような状況下で、「男性寄りのノンバイナリー(※)」を自認するまでを描いたエッセイのタイトルにあえて「女」という字を使ったのはなぜなのでしょうか。

※トランス排除言説……トランス女性を「女性」から除外する、ないしはトランス男性を「男性」から除外する言説。トランスの人のジェンダーアイデンティティをわざと間違える差別行為「ミスジェンダリング」なども含む。そのような発話をする人びとの多くは「ジェンダー」概念を疑っており、「生物学的性別(sex)」を本質的なカテゴリとして採用している。(参考記事) ※ノンバイナリー……「男性」「女性」のどちらでもないジェンダー。

ペス山:……ものすごく葛藤がありました。タイトルに「女」という漢字を使うことに、まず正直抵抗があるんですよ。最初はひらがなで「じぶんのからだをゆるすまで」だけにしようか、とも思いました。でも「女」に「じぶん」というふりがなをあえて振り切ることが……変に格好つけた言い方をしたくはないんですけど、「女」と呼ばれる体を蔑んでいじめ抜いてきた自分に対する落とし前なのかな、と思ったんです。

 ジェンダークリニックに行くと、採血されて、検査を経て「あなたの体は『女性』ですが、これからどうしますか」って宣告を受けるんです。そこで、「女」と呼ばれる体で生まれたことに嫌悪のようなものを感じる必要はないんだと思えて。ちゃんとこの体に向き合うためにも、絶対に「女」の漢字は必要だろうと判断しました。

――本作の内容に照らせば、タイトルは例えば「ノンバイナリーのからだをゆるすまで」でも良かったんじゃないか、とも思いました。その中であえて「生物学的な女」という引き受け方を選んだのは、なぜだったのでしょうか。

ペス山:やはり強烈なミソジニーを抱えて生きてきたことがめちゃくちゃ大きいから、ですね。小さい頃からずっと憎んできたのは「“女”の体」であって、「トランスの体」だと思って憎んでいるわけではないんです。

――社会に規定された形としての「“女”の体」を引き受けることで、ミソジニーにけじめをつけようとしたと。

ペス山:そうなんですよね。「トランスの体をゆるすまで」というタイトルなら、意味としてはそれがたぶん正しいでしょう。だけど「トランスの体」という自認があったら憎んでないかも、って。

「理解あるパートナー」が全ての救済ではない

女の体をゆるすまで ペス山さんの「助かりたいんです…」という言葉から動き出した今作(『女の体をゆるすまで』上巻より)

――作中、ペス山さんは自分を守るために作ったいろんな鎧を脱いで、SOSを言いますよね。助けを求められるようになるまでを描くのは、すごく勇気のいることだったんじゃないかなと思うんですが。

ペス山:「助かる準備」ができていない人は、いくら助ける力がある人でも助けられないじゃないですか。その準備は助けられる側が孤独に一人でやるしかない、キツい行為だと思っていて。

 例えばある人が抱えた問題を描くエッセイ漫画に「理解あるパートナー」が登場した瞬間、問題が何もかも解決したかのように受け取る意見をたまに見かけるのですが、それは違うと思うんです。自分の痛みとか傷とか苦しみとかを、たった一人のパートナー、それもカウンセラーでもない素人に任せて解決しようとするのは暴力的ですし、実際そんな解決はありえないはずです。

 なのでパートナーの出てくるエッセイ漫画を読んで「私にはパートナーがいないからだめだ」とは、絶対に思って欲しくないんです。助かる準備は一人でできるので。

――それはおっしゃる通りですね。パートナーの存在を笑うのも違うだろうと思うし、パートナーに精神的なケアを全て委ねるのも恐ろしいことです。

ペス山:恐ろしいですよね。パートナーシップに水を差すつもりは全くないんですけど、人が現れてぱっと解決するわけがない。どれだけ愛していても他人ごときじゃ結構どうにもならないです。家族であってもそうですね。

 愛する誰かがいなきゃ救われないなんて、そんな残酷な話がありますか……。

――同時に、自分一人でできることも世の中限られていると思います。ペス山さんは、弁護士に話を聞きに行くのもお友達と話すのも含めて、いろいろな人との関わりの中でご自身を発見していったのかなと思いました。

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