「地獄が呼んでいる」レビュー 「新感染」監督が描く、恐れと信仰がつくりだす現代の地獄(1/2 ページ)

「新感染」監督の新たな傑作。

» 2021年12月04日 20時00分 公開
[将来の終わりねとらぼ]
※本記事はアフィリエイトプログラムによる収益を得ています

 「イカゲーム」の熱狂冷めやらぬ中、韓国ドラマがまたも快進撃を続けている。NetFlixで11月19日に配信開始された「地獄が呼んでいる」は、瞬く間にその記録を塗り替え、世界で最も視聴されたドラマシリーズとなった。監督は「新感染」シリーズのヨン・サンホだ。

 コーヒーショップの中、笑い合う男女。話題はうわさの宗教家の動画配信、「天使が死期を告げに現れ、その使者が悪人を地獄に落とす」という与太話だ。映像で暴れ回る地獄の使者は、特撮映画の怪人のようだ。なんだこれは、こんな作り物を信じるのか……。時を同じくした店内、スマートフォンに表示された時刻を見ながら何かにおびえる男。鳴り響く地響きと共に、騒然とする店内。空間を切り裂いて彼らの前に訪れた異形は、逃げる男を殴りつけ、振り回し、地獄の業火で焼き尽くす――。

冒頭シーンを抜粋した予告編

 本作の原点は2002年〜2004年に発表された「地獄:二つの生」。監督・脚本等に加え、一部声優をサンホ自身が演じた2編からなる、自主制作アニメーション作品だ。サンホは「新感染」の前日譚「ソウルステーション/パンデミック」でも知られる通り、元はアニメーション出身の監督である。

 「地獄:二つの生」では、地獄の使者と合間みえる平凡なサラリーマンや、告知された天国行きを拒絶する女性を語り手とするなど全体的なストーリーは大幅に異なるものの、根底となる死の「告知」、使者による残虐な地獄送りである「試演」(アニメではよりグロテスク)など、根底となる部分は共通している。

 そののち2019年にこれらの設定を持ち込んだ「地獄」をウェブトゥーンとして連載開始。一連の現象を捜査する刑事、若きカリスマの立ち上げた宗教団体とそれに反する勢力の攻防など、Netflixドラマ版の舞台設定はこちらを元にしている。

 ドラマ版のシーズン1・全6話の物語は名目上刑事、弁護士、映像ディレクターや宗教家などの目線で進むものの、特定の主人公がいるわけではない。本作の主人公は「地獄の存在の明示」という、常識ではあり得ないことが起こってしまった後の社会そのものだ。

 劇中、「告知」を受けた女性の前に現れた地獄の使者とその試演が地上波で生中継されてしまうことで、社会は大きく変容する。陰謀論じみた扱いを受けてきた宗教家たちは力をつけ、「神の裁き」に反対するものには狂信者たちによるネットリンチと、正義の名の下での暴力が待っている。

 善行を積めば天国に行けるという教義にもかかわらず、これらのせいで犯罪の数が減ることはない。禍々しいディストピアの中、「この状況を地獄と呼ぶんじゃないのか」とはあるキャラクターの弁である。

 作中の「今はなんでも動画だから」というセリフを補強するかのように、劇中たびたび映る狂信者のストリーミング配信、ネット検索の急上昇ワード、スマートフォンと目の前にいる「標的」を見比べる街の雑踏。独自の善を持つ顔のない追跡者たちによる攻撃の恐ろしさは昨今世界的な問題となっており、ネット網の発達が著しい韓国でもそれは周知のことだ。ほんの何気ない一瞬の行動で数千万人が敵に回るような状況というのはこの時代において非常にリアルであり、実在の恐怖とリンクする。

 このように、本作で人を死と絶望に追いやるのは“集団によるリンチ”である。地獄の使者が“集団”の最小数である3人で構成されるのも、このキーワードを明確にするためであると、サンホ自身が製作発表会で明かしている。

 アニメーション版があくまでも「告知を受けた人間が感じる、個人的な恐怖の物語」であったのに対し、今回描かれている恐怖の対象は死そのものや地獄行きでなく、他人や社会からの監視、意見を異にする者たちからの強い敵対だ。

 同じく天使を一種の災害として描いたフィクションとしてはテッド・チャンの短編小説「地獄とは神の不在なり」が思い浮かぶが、ヨブ記を起点とし信仰心の本質を問うこちらともテーマはまた異なる。本作はこの現象を通じて現代的な社会の地獄を顕現させる、まさしく人間の恐ろしさそのものに満ちている。

 神を愛するのに思い違いをしてはならない、もし神を愛したいと思うのなら、神の意図がどんなものであっても愛する心構えをすべきである、ということだった。

( テッド・チャン「地獄とは神の不在なり」 ハヤカワ文庫SF『あなたの人生の物語』)

 サンホのこれまでの作品に通じるのは、極限状況に置かれた人間の弱さとその業だ。長編デビュー作「豚の王」は、スクールカースト最下層(「豚」)に喘ぐ3人の少年がエリート層(「犬」)への反逆を目指す物語だが、最終的に彼らをさらなる絶望に突き落とすのは「犬」による苛烈な暴力ではなく、彼ら自身の行動、仲間を信じきれなかった弱さである。

 「フェイク〜我は神なり」(劇場公開タイトル:「我は神なり」)ではダムに沈む村を支配したインチキ宗教を通じて、信仰は弱さの最後の逃げ場であると突きつけながらも、その行き着く果てを最後に救うのもまた信仰であるという皮肉を込めたラストを描いてみせた。


 “地獄への道は善意で舗装されている”とはよくいったもので、サンホの作品には救いのないものが多い。だが人の善そのものを信じていないわけではない。善意は確かに存在する。ただし社会という大きな枠組みの中で、それが勝利を得ることはない。もし得られたとしても、ごくわずかな人々のみが知る、一握りのものにすぎない――。

 こうしたペシミスティックな視点から社会を描いた本作の結末はほぼウェブトゥーン版と同一ながら、異なる非常に大きなクリフハンガーをもって幕を閉じる。サンホは直近のインタビューにて既にシーズン2の存在、同一社会でのユニバース化に意欲をみせ、さらに「新感染」シリーズの次作の構想も語っている。大きな謎と物語の推進力を抱えたまま、物語は続く。彼の描く地獄に今後とも付き合っていきたい。

将来の終わり

       1|2 次のページへ

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

昨日の総合アクセスTOP10
  1. /nl/articles/2404/25/news174.jpg 身長174センチの女性アイドルに「ここは女性専用車両です!!!」 電車内で突如怒られ「声か、、、」と嘆き 「理不尽すぎる」と反響の声
  2. /nl/articles/2404/26/news154.jpg 元「AKB48」メンバー、整形に250万円の近影に驚きの声「整形しすぎてて原型なくなっててびびった」
  3. /nl/articles/2404/21/news011.jpg 小1娘、ペンギンの卵を楽しみに育ててみたら…… 期待を裏切る生き物の爆誕に「声出して笑ってしまったw」「反応がめちゃくちゃ可愛い」
  4. /nl/articles/2404/12/news174.jpg 築年数不明の平屋にある、ボロボロ床板をはがしてみたら…… 発覚したヤバい事実に「ビックリ!」「大丈夫でしたか?」心配と驚きの声
  5. /nl/articles/2404/26/news022.jpg ママの足にくっつく生後7カ月の赤ちゃん、甘えてるのかと思いきや…… 計算された行動と「ちいこい後ろ姿がかわいすぎ」て目が離せない
  6. /nl/articles/2404/25/news016.jpg 「電車の中で見ちゃダメ」「笑ったww」 実家からLINE「子ヤギがすばしっこくて捕まらない」→送られてきた衝撃姿が320万表示!
  7. /nl/articles/2404/25/news069.jpg “作画軽減ガンダム”をガンプラで作成 → 使用パーツも最小限の再現ぶりに「完全に一致」「部品軽減ガンダム」
  8. /nl/articles/2404/23/news090.jpg 誰も教えてくれなかった“裁縫の裏ワザ”が目からウロコ 200万再生のライフハックに「画期的」と称賛【海外】
  9. /nl/articles/2404/18/news134.jpg 21歳の無名アイドル、ビジュアル拡散で「あの頃の橋本環奈すぎる」とSNS騒然 「実物の方が可愛い」「見つかっちゃったなー」の声も
  10. /nl/articles/2404/26/news024.jpg 0歳赤ちゃん「(ママ来たっ!)」→喜びが抑えきれなくて…… 尊すぎるダンスが300万再生「心が浄化されていく」「朝から癒やされました」
先週の総合アクセスTOP10
  1. 小1娘、ペンギンの卵を楽しみに育ててみたら…… 期待を裏切る生き物の爆誕に「声出して笑ってしまったw」「反応がめちゃくちゃ可愛い」
  2. 富山県警のX投稿に登場の女性白バイ隊員に過去一注目集まる「可愛い過ぎて、取締り情報が入ってこない」
  3. 2カ月赤ちゃん、おばあちゃんに少々強引な寝かしつけをされると…… コントのようなオチに「爆笑!」「可愛すぎて無事昇天」
  4. 異世界転生したローソン出現 ラスボスに挑む前のショップみたいで「合成かと思った」「日本にあるんだ」
  5. 【今日の計算】「8+9÷3−5」を計算せよ
  6. 21歳の無名アイドル、ビジュアル拡散で「あの頃の橋本環奈すぎる」とSNS騒然 「実物の方が可愛い」「見つかっちゃったなー」の声も
  7. 1歳赤ちゃん、寝る時間に現れないと思ったら…… 思わぬお仲間連れとご紹介が「めっちゃくちゃ可愛い」と220万再生
  8. 業務スーパーで買ったアサリに豆乳を与えて育てたら…… 数日後の摩訶不思議な変化に「面白い」「ちゃんと豆乳を食べてた?」
  9. 祖母から継いだ築80年の古家で「謎の箱」を発見→開けてみると…… 驚きの中身に「うわー!スゴッ」「かなり高価だと思いますよ!」
  10. 「妹が入学式に着るワンピース作ってみた!」 こだわり満載のクラシカルな一着に「すごすぎて意味わからない」「涙が出ました」
先月の総合アクセスTOP10
  1. フワちゃん、弟の結婚式で卑劣な行為に「席次見て名前覚えたからな」 めでたい場でのひんしゅく行為に「プライベート守ろうよ!」の声
  2. 親が「絶対たぬき」「賭けてもいい」と言い張る動物を、保護して育ててみた結果…… 驚愕の正体が230万表示「こんなん噴くわ!」
  3. 水道検針員から直筆の手紙、驚き確認すると…… メーターボックスで起きた珍事が300万再生「これはびっくり」「生命の逞しさ」
  4. フワちゃん、収録中に見えてはいけない“部位”が映る まさかの露出に「拡大しちゃったじゃん」「またか」の声
  5. スーパーで売れ残っていた半額のカニを水槽に入れてみたら…… 220万再生された涙の結末に「切なくなった」「凄く感動」
  6. 桐朋高等学校、78期卒業生の答辞に賛辞やまず 「只者ではない」「感動のあまり泣いて10回読み直した」
  7. 「これは悲劇」 ヤマザキ“春のパンまつり”シールを集めていたはずなのに…… 途中で気づいたまさかの現実
  8. 「ふざけんな」 宿泊施設に「キャンセル料金を払わなくする方法」が物議 宿泊施設「大目に見てきたが厳格化する」
  9. がん闘病中の見栄晴、20回以上の放射線治療を受け変化が…… 「痛がゆくなって来ました」
  10. 食べ終わったパイナップルの葉を土に植えたら…… 3年半後、目を疑う結果に「もう、ただただ感動です」「ちょっと泣きそう」