戸惑うほどの日本好き “サウジ”で日本アニメが急上昇しているワケ(2/3 ページ)

» 2022年07月24日 16時00分 公開
[本田雅一ねとらぼ]

2019年、大きく動き始めた謎の国

 実は日本人だけではなく、世界中の多くの人がサウジ国内の様子を知らない。なぜなら2019年10月まで同国では観光ビザが個人向けには発行されていなかったからだ。

 聖地巡礼に訪れるイスラム教徒、あるいは各国政府関係者やサウジとの共同事業などで訪れる人以外は、サウジの文化に触れる機会も、サウジ国民がどんな暮らしをしているのかを知る機会はほとんどなかった。

そんなサウジが変化したのは、2015年に現在のサルマン国王へと国の運営が変わり、さらに国王の息子で若い感覚を持つムハンマド王太子が2017年に国の運営に深く関わるようになったことがきっかけだ。

 この2人は次の時代に適応できるよう新しい国づくりを進めていたが、近年は世界的な脱炭素化の流れもあって、これまでサウジを支えてきたオイルダラーに頼る国の運営を変えようと、経済構造変革を急速に進めている。

 ムハンマド王太子が打ち出しているのが「Vision 2030」と大改革プランだった。個人向けの観光ビザ発給開始は、そのプランのごく一部で、イスラム教の教義との矛盾を解決しながら、一般的な経済原理が働くよう国内のルールを変えていき、経済発展の基礎を築こうとしているのだ。

 そうした中で国を挙げて育成しようとしているのがエンタメ産業で、そのために女性の行動制限を大幅に緩和し、ファッションや音楽など文化的な面で公の場での制約を取り払うことで国民に娯楽を開放していこうというのだ。

 ジェッダは前述したように、メッカへの巡礼で訪れる際に滞在する街だ。紅海との沿岸部に位置し、ビーチリゾートも存在する土地柄か、地元の女性が普通のワンピースを着て、ヒジャブを身につけずに街を闊歩するところを見かけることすらあった。こうした開放的な空気は、この2年ほどで一気に進んだのだものだ。

 もちろん、イスラム教に根ざすサウジの生活様式は長年にわたって育まれてきた文化だけに、いまだに“みんなが開放的”とまではいかない。しかし、国内外ともに文化交流を解放し始めた2019年以降、急速に街並みは変化。例えば男女別々だったファミリーレストランの入り口も、今は1つに改装されている。

 また、2021年にはムハンマド王太子が複数のビジネス媒体でインタビューに答え、“基本的にゼロ”だったエンタメ産業をサウジに生み出し、石油産業と並ぶ国内産業の柱とするため、640億ドル(8兆6000億円)もの投資をするとも発言している。

“戸惑うほど親日国”の意外な理由

 もっとも、投資をしたからといってすぐに産業が根付くというわけではない。段階を踏んでいくことが重要だ。そこでサウジはさまざまな国のエンターテインメントを集め、建国記念日を含む9月を中心に首都リヤドで開催するリヤドシーズン、第二都市であるジェッダで5月から開催するジェッダ・シーズンを開催し始めたということだ。

 街全体を巨大遊園地のように設営し、スクラップ&ビルドで何度も建設するのは、エンタメ産業をゼロから立ち上げねばならないサウジで、ノウハウを急速に蓄積するために経験を積むためだ。前述したように巨額で建設されたテーマパークもシーズンが終われば解体されるが、海外の経験豊富なエンタメ企業との協業で毎回建設するため、提携関係を強化し、その運営手法を学ぶことができる。

 とはいえ、地理的にはもっと近い欧州、あるいはエンタメ大国の米国企業とともに産業を育てる方が理にかなっている。なぜ日本なのか。

 理由の1つが、エンタメコンテンツが少なかったサウジにおいて、古くから日本アニメが親しまれていたこと。40代男性ならば、ロボットアニメの「UFOロボ グレンダイザー」を知らないものはいない。サッカーが人気スポーツとあって、「キャプテン翼」を知らない国民もほとんどいない。しかし、それ以上にサウジ国民が日本文化を敬愛し、日本の人たちを尊敬するようになった理由は人気テレビ番組にあった。

 鎖国同然で海外情報に乏しいサウジで、約20年前から始まった「Thought(改善)」という人気番組がある。同番組は、第二次世界大戦から復興し、世界的な経済大国に発展した日本から学べることはないか、という一種の教育番組だ。

サウジの人気番組「Thought(改善)」

 内容は傘をビニールに簡単に入れられる装置が当たり前に存在するなど、日本に住んでいればあまり気にすることがないちょっとした話題や、子どもたちが通う学校で掃除を行う時間があり、他の人と協調してキレイな環境を作ることを学ぶといった話など、サウジにはない日本独自の文化をさまざまな角度から紹介している。同番組は200エピソードを大きく超える放送回数を数えたそうだが、6年前からはサウジの記者が日本での職業体験をつづる番組が放映されるようになり、さらに日本文化に学ぼうという空気がサウジ国民全体に広がったのだという。

運営者幹部も驚いたアニソンのシンガロング

アニソンのコンサートステージに熱狂するサウジ国民 アニソンのコンサートステージに熱狂するサウジ国民

 ジェッダ・シーズンの運営はサウジ政府が設置したNEC(ナショナルイベントセンター)と、エンタメ開放以前から欧州での音楽イベントなどを成功させてきたセラ社だ。セラ社のパーク&リゾートプロジェクトリードを務めるライアン・ザハール・アラブ氏は「サウジ国民にとって日本コンテンツの位置付けは特別なもの」だと話す。

 ジェッダ・シーズン会場では、親しみを持って話しかけてくる何人ものアニメファンと話したが、その際に「ディズニーコンテンツと比べてどのぐらい日本アニメが大きな存在か?」と質問してみた。すると一様に困惑しながら、真面目に「私の中では日本アニメの方がずっと大きい。でもサウジ国内全体を見渡すと“同じぐらい”かな」と印象を語る。筆者としては少し冗談めかして質問したものだったのだが、みんな悩んだ上で“同じか、あるいはアニメの方が上”というのだから少々驚いた。

 そうしたエピソードをライアン氏に話すと、「実際に来場者が話をしているのですから、その感覚は“リアル”なもの」なのだと言う。「ジェッダ・シーズンでは海外からさまざまなエンターテインメントショーを招聘(しょうへい)しています。そこに妥協はありません。そうした中で10以上のアニメタイトルなどを集めてパビリオンを建設し、アニメビレッジを作ったのです。こうした取り組みに投資することそのものが、日本アニメの存在感を示しています」(ライアン氏)

 もっとも、ライアン氏もここまで来場者に熱狂的に受け入れられるとは思っていなかったようだ。

 「City Walkの中でもアニメビレッジは圧倒的な人気でした。(入場者の流れを管理するため)アニメビレッジへの入場、各種アトラクションへの参加は、あらかじめWeb予約が必要でしたが、アニメビレッジは連日、全ての枠が埋まっていました。明らかに予想以上の成果でした。まだ具体的なプロジェクトが始まっているわけではありませんが、この人気を受けてアニメのテーマパークを常設する案が進行しています」(ライアン氏)

 ライアン氏自身、子どものころに日本アニメに親しんでいたそうだが、その彼も驚いたというのがアニメビレッジで行われたアニメソング歌手のライブだった。

 「集まったファンたちが、みんな日本語でシンガロングしている様子に圧倒されました。事前調査で人気になるだろうとは予想していましたが、みんながそろって日本語で歌い始めたのを見て感動したほどです」(ライアン氏)

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