「ユートピアへようこそ!」→どう見てもディストピアな“フェイク・プロパガンダ風”アニメ映画「オオカミの家」レビュー(1/2 ページ)

作品には社会的なメッセージも。

» 2023年08月20日 21時00分 公開
[ヒナタカねとらぼ]

 チリ製のストップモーションアニメ映画「オオカミの家」が8月19日から劇場公開されている。

「ミッドサマー」の監督が絶賛した理由が200%納得できる激ヤバストップモーションアニメ映画「オオカミの家」レビュー 「オオカミの家」 La Casa Lobo 8月19日よりシアター・イメージフォーラム他全国順次公開 配給:ザジフィルムズ (C) Diluvio & Globo Rojo Films, 2018

 パッと見のポスタービジュアルでヤバそうだと思ったあなたは大正解。良い意味で頭がおかしくなりそうな映像がぶっ続く、今世紀トップクラスの激ヤバ映画だったのだから。あの「ヘレディタリー/継承」や「ミッドサマー」で知られるアリ・アスター監督が一晩に何度も鑑賞し、「『オオカミの家』のような作品が作られたことは、過去に一度もない!」と絶賛するのも大納得である。

 抽象的な表現が多いためかG(全年齢)指定となっているが、後述する同時上映の短編「骨」も含め、見た目からグロテスクで、恐ろしいことが起きていると“想像させる”シーンがたっぷりあるので、精神的に安定しているときに観ることを強くおすすめする。劇場のスクリーンで観てこそ、「悪夢に浸る」感覚を堪能できるはずだ。さらなる魅力と、「こう捉えるとさらに楽しめるポイント」を記していこう。

「オオカミの家」予告編

悪夢的映像がワンカット風にぶっ続く衝撃

 本編である「オオカミの家」のあらすじは「ある場所から逃げ出した少女が森の中の家で2匹の子ブタの世話を始める」というシンプルなもの。しかし、ほぼ全編が一軒家の中で展開し、その表現があまりに凄まじかった。

「ミッドサマー」の監督が絶賛した理由が200%納得できる激ヤバストップモーションアニメ映画「オオカミの家」レビュー (C) Diluvio & Globo Rojo Films, 2018

 主人公の少女マリアの顔が“壁画”として描かれたと思いきや、次のシーンでは人形になっていたり、その人形の一部がボロボロと崩れて、さらに異形の“何か”へ変わったりする。家の中の家具や小物も、壁画だけでなく実際の“もの”にも変化するし、時には“蠢(うごめ)いている”ようにも見える。

「ミッドサマー」の監督が絶賛した理由が200%納得できる激ヤバストップモーションアニメ映画「オオカミの家」レビュー (C) Diluvio & Globo Rojo Films, 2018

 さらに、マリアが育てている子ブタたちにはなぜか手や足が生えて人形(物語上は“人間”)に近づいていくし、中盤からは凄惨な出来事が口や目から“何か”が出るおぞましい描写で提示されるし、その後も言語化が不可能に思えるほどの激変が起こる。

「ミッドサマー」の監督が絶賛した理由が200%納得できる激ヤバストップモーションアニメ映画「オオカミの家」レビュー (C) Diluvio & Globo Rojo Films, 2018

 さらには、全編が「ワンカット風」の映像にもなっている。カメラは常に一軒家の中を追い続けており、まるで迷宮の中をさまよっているかのような、終わりのない悪夢を見ているような感覚にもなる。

「ミッドサマー」の監督が絶賛した理由が200%納得できる激ヤバストップモーションアニメ映画「オオカミの家」レビュー (C) Diluvio & Globo Rojo Films, 2018

 もちろん、人形や小物をちょっとずつ動かして撮影して、またちょっとずつ動かして撮影して……という工程をひたすら繰り返して制作するストップモーションアニメなので、ワンカットの映像に見えたとしても、実際は気が遠くなるほどのショットをつないでいる。

「ミッドサマー」の監督が絶賛した理由が200%納得できる激ヤバストップモーションアニメ映画「オオカミの家」レビュー (C) Diluvio & Globo Rojo Films, 2018

 撮影場所は10カ所以上の美術館やギャラリーで、実寸大の部屋のセットを組んでおり、ミニチュアではない等身大の人形や絵画も混在していたそうだ。企画段階を含めると完成までに費やした期間は5年に及んだという。その狂気ともいえる創作への執念は、出来上がった作品からも感じられるだろう。

フェイク・プロパガンダ映画という体裁

 この映画で何より重要なのは、チリに実在した入植地「コロニア・ディグニダ」に着想を得ていることだろう。1960年代から40年以上も存在した(名前を変えて今も存続している)コロニア・ディグニダは表面的には美しい共同体にも見えるが、実際は住人が支配的な環境に置かれただけでなく、拷問、殺人、児童への虐待などおぞましい行為が行われていたのだ。

「コロニア」予告編。コロニア・ディグニダを題材とした映画はいくつか作られており、エマ・ワトソン主演の「コロニア」もそのひとつ。

 そして、この映画はそのコロニア・ディグニダと似た場所を、「ユートピアとしてPRしている立場」からのナレーションおよびビデオ映像から始まる。「あなたもきっと味わったことがあるでしょう。コロニーという名のすばらしい蜜の味を。今日は、その由来と秘密をお伝えします」から始まる言葉の数々は、どこかしらじらしく思える。

 そして、前述してきた少女マリアの物語を描くストップモーションアニメ映画は、「私たちの数ある思いの1つを伝えるための保管棚から救出された映画」などと宣言した上で映される。

「ミッドサマー」の監督が絶賛した理由が200%納得できる激ヤバストップモーションアニメ映画「オオカミの家」レビュー (C) Diluvio & Globo Rojo Films, 2018

 つまりは、「これからお届けする映画は私たちの“正しさ”を伝えているよ! ぜんぜん私たちはヤバくないし怖くもないよ!」という体裁というわけなのだが、実際に映されている映像からは「いや超絶ヤバいし怖すぎるんですけど! ぜんぜん正しくないし、これで思いを伝えるっておかしいよ!」と、むしろ主張する立場のおぞましさがものすごく伝わる構造になっているのだ。

「ミッドサマー」の監督が絶賛した理由が200%納得できる激ヤバストップモーションアニメ映画「オオカミの家」レビュー (C) Diluvio & Globo Rojo Films, 2018

 つまり、本作は「フェイク(ニセの)・プロパガンダ映画」だ。現実に存在する本物のプロパガンダ映画も、往々にして「私たちはめっちゃ正しいよ!」と主張をゴリ押ししてくるため、むしろ欺瞞や気味の悪さが浮き彫りになる。この「オオカミの家」は、その「プロパガンダ映画のような超絶イヤな感じ」を体験させるために、あえてこの構図を用いている、というわけなのだ。

「ミッドサマー」の監督が絶賛した理由が200%納得できる激ヤバストップモーションアニメ映画「オオカミの家」レビュー (C) Diluvio & Globo Rojo Films, 2018

 実際のコロニア・ディグニダで起こったことと、フェイク・プロパガンダ映画であるという前提を踏まえて見ると、さらに「入植地から逃げ出した少女マリア」の物語が悲劇的に思える。劇中で「マリア、マリア……私の可愛い小鳥。私の存在を感じるか?」などと男性の声で語りかけてくるのも、支配者がどこまでも追いかけて監視しているような恐ろしさを示しているのだろう。

「ミッドサマー」の監督が絶賛した理由が200%納得できる激ヤバストップモーションアニメ映画「オオカミの家」レビュー (C) Diluvio & Globo Rojo Films, 2018

 つまり、「オオカミの家」は単にフィクションとしての悪夢の世界を構築することが目的ではなく、コロニア・ディグニダという負の歴史のおぞましさと悲劇を追体験させる、確かな意義があるのだ。また、閉鎖されたコミュニティーの恐ろしさを描くという点は、本作を絶賛したアリ・アスター監督の「ミッドサマー」にまさに通じている点である。

「ミッドサマー」の監督が絶賛した理由が200%納得できる激ヤバストップモーションアニメ映画「オオカミの家」レビュー (C) Diluvio & Globo Rojo Films, 2018

同時上映の短編「骨」もヤバい

 この「オオカミの家」の上映前に、14分間の短編「骨」も上映されるのだが、こちらもヤバかった。冒頭のテロップで分かるように、「1901年に制作された、作者不明のストップモーションアニメ」という“設定”となっている。

「ミッドサマー」の監督が絶賛した理由が200%納得できる激ヤバストップモーションアニメ映画「オオカミの家」レビュー 「骨」 Los Huesos (C) Pista B & Diluvio, 2023

 内容は少女が人間の死体を使って謎の儀式を行うというものだが……その先はここで書くのがはばかられるほどの悪夢的な光景の連続。「鋼の錬金術師」の人体錬成シーンを思い出したばかりか、それ以上の“何か”も起こっていたことだけは言っておこう。

 そして、こちらもフィクションでありつつも、実際の出来事をモチーフにしている。劇中で「ディエゴ・ポルタレスとハイメ・グスマンの魂を呼び出す儀式をしている」と説明されるのだが、そのどちらも実在したチリの政治家の名前なのだ。ディエゴはチリの最初の憲法を制定に携わっており、ハイメは現在の憲法の起草者に当たる。この「骨」は2019年に起こったデモの結果として新憲法案が発表された時期に制作され、そうしたチリの歴史や憲法をめぐる世相を反映しているようだ。

「ミッドサマー」の監督が絶賛した理由が200%納得できる激ヤバストップモーションアニメ映画「オオカミの家」レビュー (C) Pista B & Diluvio, 2023

 主人公の少女のモデルも、コンスタンサ・ノルデンフリーツという実在の女性だ。彼女は15歳のときに30歳のディエゴと恋人関係になり、その翌年に長女を出産したが、ディエゴは結婚もせず子どもの面倒もみなかった。その後にコンスタンサはさらに2人の子を出産し、 ディエゴが暗殺された直後の1837年に29歳で亡くなったという。

 つまり、この短編「骨」は、少女コンスタンサが現実ではできなかった政治家ディエゴとの結婚式を、フィクションで「させてあげる」内容とも言えるのだが……出来上がった映像からは、その願いが叶えられた少女の喜びよりも、「こわいよ!」という気持ちが先立ってしまった。

「ミッドサマー」の監督が絶賛した理由が200%納得できる激ヤバストップモーションアニメ映画「オオカミの家」レビュー (C) Pista B & Diluvio, 2023

 「骨」と「オオカミの家」は、どちらも「少女の願い」を発端とする物語であるという共通点があると同時に、内容は“対”になっているともいえる。続けて見てこそ、作り手の強烈な作家性を感じつつ、またとない映画体験ができるだろう。

ヒナタカ

       1|2 次のページへ

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

昨日の総合アクセスTOP10
  1. /nl/articles/2412/01/news003.jpg パパに抱っこされている娘→11年後…… 同じ場所&ポーズで撮影した“現在の姿”が「泣ける」「すてき」と反響
  2. /nl/articles/2412/01/news031.jpg 「何があった」 絵師が“大学4年間の成長過程”公開→たどり着いた“まさかの境地”に「ぶっ飛ばしてて草」
  3. /nl/articles/2411/29/news197.jpg 「笑い止まらん」 海外産アプリで表示された“まさかの日本語”に不意打ち受ける人続出 「何があったんだw」
  4. /nl/articles/2411/30/news039.jpg 勇者一行が壊滅、1人残った僧侶の選択は……? 「ドラクエでのピンチ」描くイラストに共感「生還できると脳汁」
  5. /nl/articles/2412/01/news017.jpg 泥だらけで“汚いモップ”のようになったワンコを保護したら…… 洗って毛をカットした姿に衝撃「涙が出ました」「ありがとうございます」
  6. /nl/articles/2412/01/news004.jpg 真ん中から毛糸を編み進めていくと…… ポコポコかわいい“冬大活躍”なアイテムが「素敵なデザイン」「とてもかわいい」
  7. /nl/articles/2412/01/news018.jpg 山のどこかに「クマの親子」が描かれています――見つけたら気持ちいい“隠し絵クイズ”に挑戦しよう
  8. /nl/articles/2412/02/news024.jpg 子猫、兄猫にたたかいを挑む→数秒後、こちらにやってきて…… カメラ目線の“報告”が600万表示「可゛愛゛い゛ぃ゛い゛」「たまらん」
  9. /nl/articles/2412/02/news025.jpg 友達が撮るとおしゃれな1枚→父が撮ると…… “別人級の仕上がり”に「笑ったww」「ちゃんと娘っぽくしてるw」
  10. /nl/articles/2412/02/news150.jpg デビューで話題の“辻希美の17歳長女”希空「パパ見て、すごくない?」 “キッチンに家族が大集合”の夕飯準備に「理想」「最高すぎる」
先週の総合アクセスTOP10
  1. 「絶句」 ユニクロ新作バッグに“色移り”の報告続出…… 運営が謝罪、即販売停止に 「とてもショック」
  2. 「やはり……」 MVP受賞の大谷翔平、会見中の“仕草”に心配の声も 「真美子さんの視線」「動かしてない」
  3. 猫だと思って保護→2年後…… すっかり“別の生き物”に成長した元ボス猫に「フォルムが本当に可愛い」「抱きしめたい」
  4. 「理解できない」 大谷翔平と真美子さんの“スキンシップ”に海外驚き 「文化は100%違う」「伝説だわ」
  5. 大きくなったらかっこいいシェパードになると思っていたら…… 予想を上回るビフォーアフターに大反響!→さらに1年半後の今は? 飼い主に聞いた
  6. 「大物すぎ」「うそだろ」 活動中だった“美少女新人VTuber”の「衝撃的な正体」が判明 「想像の斜め上を行く正体」
  7. 川で拾った普通の石ころ→磨いたら……? まさかの“正体”にびっくり「間違いなく価値がある」「別の惑星を見ているよう」【米】
  8. 大谷翔平と真美子さん、「まさかの服装」に注目 愛犬デコピンも大谷家全員で“歩く広告塔”ぶり発揮か
  9. 「明らかに……」 大谷翔平の妻・真美子さんの“手腕”を米メディアが称賛 「大谷は野球に専念すべき」
  10. 「最高の人間」 大谷翔平が現地で“神対応”見せる 写真家の投稿に反響…… 「息子はまだ信じられないみたい」
先月の総合アクセスTOP10
  1. 「何言ったんだ」 大谷翔平が妻から受けた“まさかの仕打ち”に「世界中で真美子さんだけ」「可愛すぎて草」
  2. 「絶句」 ユニクロ新作バッグに“色移り”の報告続出…… 運営が謝罪、即販売停止に 「とてもショック」
  3. 「飼いきれなくなったからタダで持ってきなよ」と言われ飼育放棄された超大型犬を保護→ 1年後の今は…… 飼い主に聞いた
  4. アレン様、バラエティー番組「相席食堂」制作サイドからのメールに苦言 「偉そうな口調で外して等と連絡してきて、」「二度とオファーしてこないで下さぃませ」
  5. 「明らかに……」 大谷翔平の妻・真美子さんの“手腕”を米メディアが称賛 「大谷は野球に専念すべき」
  6. 「やはり……」 MVP受賞の大谷翔平、会見中の“仕草”に心配の声も 「真美子さんの視線」「動かしてない」
  7. ドクダミを手で抜かず、ハサミで切ると…… 目からウロコの検証結果が435万再生「凄い事が起こった」「逆効果だったとは」
  8. 「母はパリコレモデルで妹は……」 “日本一のイケメン高校生”グランプリ獲得者の「家族がすごすぎる」と驚がくの声
  9. 「ごめん母さん。塩20キロ届く」LINEで謝罪 → お母さんからの返信が「最高」「まじで好きw」と話題に
  10. 「真美子さんさすが」 大谷翔平夫妻がバスケ挑戦→元選手妻の“華麗な腕前”が話題 「尊すぎて鼻血」