「この本を再重版してください、全部買って売り切ります!」 書泉グランデの名作復刊企画が実現したワケ(1/2 ページ)
品切重版未定本を「買い切り再重版」で販売するという、新たな手法が取れるという証明になったのかも。
長らく重版未定となっていた専門書を、返本のできない「買い切り再重版」という力技で再重版して完売させた、東京都千代田区神保町の書店「書泉グランデ」が、またも同じ手法で『堕天使拷問刑』(飛鳥部勝則 著/早川書房)を再重版したことが話題となっています。
書泉グランデが最初に買い切り再重版を行った本は『中世への旅 騎士と城』(H.プレティヒャ 著/平尾浩三 訳/白水社)という専門書です。2023年3月にこの再重版を成功させた後、さらに『中世への旅』シリーズの再重版を行い、合計で3万冊を販売するという大成功を収めています。
これをきっかけに「手に入りにくい名作を重版・復刊する」という趣旨の企画「書泉と、10冊」が立ち上がりました。今回ご紹介する『堕天使拷問刑』の再重版は、その第3弾として行われているものです。
『堕天使拷問刑』の買い切り再重版を提案したのは、書泉グランデなどを経営する書泉の店舗ブランド「芳林堂書店 高田馬場店」の店長・山本善之さん。重版にこぎつけたのは、2008年に出版された後、長らく品切重版未定となっていた『堕天使拷問刑』というミステリ本です。
ミステリファンから高く評価されている名作なのですが、2008年に出版された後は重版や文庫化、電子書籍化など一切されていません。読むだけなら図書館で借りるなどの方法があるものの、手元に置いておきたい場合は、プレミア価格での購入以外に手段がありませんでした。
企画を起案した山本さんも同作品と著者の熱心なファンで、早川書房とは数年前から再重版の交渉を行っていたそうです。当時は「諸事情から再重版は難しい」という結論に至っていたようですが、先述の『中世の旅』の大成功を受けた上で再交渉した結果、今回の買い切り再重版にこぎつけたといいます。
『中世の旅〜』から始まった「買い切り再重版」という新たな手法。これからも好評が続いていけば、品切重版未定本に対する新たな販売方法として定着するかもしれません。そこで今回は『堕天使拷問刑』の再重版および、名書再重版企画「書泉と、10冊」について、書泉の代表取締役社長・手林大輔さん、企画者の山本さんに詳しくお話を伺いました。
「書泉」代表取締役社長・手林さん、企画者・山本さんへのインタビュー
――本日はよろしくお願いします。
手林大輔さん(以下・手林)、山本さん(以下・山本) よろしくお願いします。
――再重版された『堕天使拷問刑』について、現在の予約状況を教えてください。
手林 数量限定としていた、飛鳥部勝則先生のサイン入り有償特典付き限定版は、開始5分で予約完売してしまいました。サインなしの有償特典付き限定版と通常版に関しても、9月7日時点の合計で約1600件の予約が入っており、現在でも予約は増え続けています。
――店頭での販売はあるのでしょうか。
手林 店頭販売分もございます。ですが確実に購入したいという場合は、事前のご予約をおすすめいたします。
――高田馬場店の店長の山本さんは、早川書房との再重版交渉を数年間続けていたそうですが、今回の再重版に至った経緯を教えてください。
山本 早川書房様と初めて交渉を行ったのは、2020年1月のことです。その際には「1店舗からの再重版リクエスト」「依頼した部数が再重版を行えるまでに至っていなかった」などの理由からでしょう、再重版は難しいとのお返事をいただきました。
ですが『中世の旅』シリーズの買い切り再重版が話題となり成功を収めたこと、インターネット通販での予約・販売も併せて行っていること、オンデマンド印刷の発達によって少部数重版が可能となったなど、さまざまな要因がプラスの方向に傾いたおかげで、今回の買い切り再重版に至れたのだと思います。
――山本さんの熱意が実った形ですね。
山本 おっしゃる通りだと思います。早川書房様から「今ならできそうです。飛鳥部先生の許可も出ました」というお電話をいただいたときには、あまりのうれしさに年甲斐もなく大きくほえてしまいました。ひとえに印刷機器の進化と早川書房様の真摯(しんし)な対応、ファンの皆様の復刊への願いの賜物だと思います。
――他にも企画案として出された重版未定本は多数あるかと思いますが、それらのなかから『堕天使拷問刑』を選んた理由を教えてください。
山本 鮎川哲也賞でデビューされた推理小説家、飛鳥部勝則先生。画家でもある先生の独特な雰囲気とジャンルを横断する作風で熱烈なファンが多くいらっしゃいますが、2010年以降、長編新作を発表されておりません。また、現在までの間にほぼすべての著作が重版未定状態となっており、本の現物を入手するためには、高価な古書に頼らざるをえないのが現状です。
特に代表作である『堕天使拷問刑』の再重版は、ファンからの希望が多いものだと感じていました。私を含めた熱烈なファンの手元に、なんとしても現物をお届けしたい……と思ったのが、今回の企画を提案したきっかけです。
――山本さんの熱意から選ばれた……という感じですね。それでは次に、名書を10冊再重版する、という「書泉と、10冊」について教えてください。
手林 企画が立ち上がったきっかけとしては、やはり『中世の旅』シリーズの買い切り再重版の成功です。このできごとから「年度内に重版未定本を10冊選んで再重版を行おう」と考えまして「書泉と、10冊」と名前が決まりました。
1回目は『鉄腕ゲッツ行状記 ある盗賊騎士の回想録』(ゲッツ・フォン ベルリヒンゲン 著/藤川芳朗 訳/白水社)、2回目は『復刻版 バスジャパンハンドブック1 東京都交通局』(BJエディターズ)を再重版しました。3回目は言わずもがな『堕天使拷問刑』です。
残りの7冊もほぼ決まってきております。何せ初めての取り組みですので、なるべく広く多くのジャンルを選ぶことを意識しました。1カ月に1冊ずつ展開していきますので、今後ともご注目いただければと思います。
――『堕天使拷問刑』の再重版について、何かエピソードはありますでしょうか。
手林 8月29日にX(Twitter)でプレスリリースを出したのですが、その直後、トレンドに「堕天使拷問刑」の単語が挙がりました。あまり長くはいなかったのですが……想定以上の反応を受けて「予約開始日を早くしたほうがよいのでは?」とずいぶん迷いました。
――ほかにも予定などあればお伝えください。
手林 早川書房様には、飛鳥部先生の作品がもう1冊あります。『堕天使拷問刑』を多くのお客様にお届けできるめどがついてきましたら、なんとかもうひとつの作品も間をおかずに復刊できないか、と考えています。
――ありがとうございました。
関連リンク:書泉グランデ『堕天使拷問刑』特集ページ
取材・記事:たけしな竜美(@t23_tksn)
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