世界で活躍する日本人メイクアップデザイナーにインタビュー 吉原若菜が考える、映画の本場ハリウッドで選ばれ続けるための条件
「名探偵ポアロ」シリーズの他、「スペンサー」「ベルファスト」「マーベルズ」と話題作を次々と手掛けています。
ケネス・ブラナー監督・主演の映画「名探偵ポアロ」シリーズ最新作「名探偵ポアロ:ベネチアの亡霊」が9月15日から全国公開。2017年から続く人気シリーズの裏には、日本人メイクアップアーティスト・吉原若菜さんの存在がありました。
原作はいわずとしれた、「世界一売れた作家」“ミステリーの女王”ことアガサ・クリスティによる名探偵ポアロシリーズ。最新作「名探偵ポアロ:ベネチアの亡霊(原作:『ハロウィーン・パーティ』)」は、過去に何度も映像化された前2作「オリエント急行殺人事件」(2017)「ナイル殺人事件」(2022)とは異なり今回が初の映画化で、比較的原作に忠実だった両作と比べてタイトルはもちろん、作品の舞台や役柄など多くの要素が原作から変更されています。
ねとらぼでは英国在住の吉原さんにリモートでインタビュー。ブラナー作品常連でアカデミー賞を獲得した監督作「ベルファスト」にも参加した吉原さんに、ケネス監督の素顔や、映画の第一線で活躍する極意を聞きました。
キーワードは“質感” きれいに見せるだけじゃない映画のヘアメイク
―― まず映画の現場でのヘアメイクのお仕事はどんなものなのか教えてください。ヘアのセットやメイク以外にどんな役割があるのでしょうか?
吉原若菜(以下、吉原) 通常、現場に入ってヘアとメイクの作業をするのはもう最後の段階になるんです。私の仕事は台本をいただくところからスタートして、まずはキャラクターの背景や、似たような人物の格好をリサーチし、私が好きなものを中心に集めてファイルを作ります。
監督さんやプロデューサーにそのファイルを送って、内容にOKが出たら俳優さんと話す段階です。「こういうのはどうかな?」と提案しつつ進めていきます。俳優さんサイドからの要望と含め、あらためてまとめたらまた監督さんと打ち合わせ。それが決まってから、かつらを作ったりフィッティングをしたり、「お化粧をどうしたい? どういうプロダクト(製品)を使いたい?」と俳優さんにヒアリングしながら下準備をしていきます。
フィッティングでは、髪形を変えたり幾つか作ってみたり、それをまた監督さんやプロデューサーさんにシェアをして「こういう方向性にしていこう」と決めるんです。通らないともう1回フィッティングして新しい選択肢を出して……の繰り返しです。全てが決まってからようやく撮影にかかるので、撮影の日のヘアメイクはもう、本当に私の仕事では最終的な段階です。他にもチームがうまく一緒に仕事をできるよう教えたり、キャラクターだとかシーンごとに必要なものを整えたり、ヘアメイク以外にマネジメントのお仕事もあります。
―― 思った以上にやることが多いというのが今お伺いした印象です。映画の場合は、一般的なお化粧と違って美しく見せ、その人の魅力を引き出すことが必ずしもゴールではないのではと考えているのですが、吉原さんにとっての最終目標は何ですか?
吉原 もちろん美しいキャラクターや整ったキャラクターもいますが、映画のヘアメイクはいかにして本物のように見せていくかが課題です。ですから泥を使ったり汚くしていくのもやはりメイクで、髪の毛にしてもきれいに見せていくだけのものではなく、「その人が普通に生活をして、くしで髪をとかしていない場合はどうなるかな?」と考えます。
ヘアセットする際にブラッシングはほとんどしないんです。自分の子どもたちの髪にしても、ブラッシングするのは本当にまれで、子どもたちの自然な髪の毛を見て「どうやったらこういう柔らかいテクスチャーになるんだろう?」と研究材料にしています。セットの際も整えていく段階でくしは入れますけどあえて崩すことも多くて、一度完成したらもうそのまま。アシスタントの子たちにも「くしは入れないで」と指示を出します。整って見えてしまうより、質感が大切だと思っています。
メイクにしたって、きれいに見せる人はいますけど、私はそばかすだとかシミみたいなものもすごく大切にしています。映画では、質感を出していけるメイクも含めて“メイク”と呼んでます。
実は全員かつらでした 最新作「名探偵ポアロ:ベネチアの亡霊」の裏話
―― 試写を拝見しました。吉原さんがお話されていたように、ポアロのようなきっちり細部まで整っているキャラもいれば、ナチュラルなそばかす顔が印象的なキャラもいました。撮影時のエピソードを教えてください。
吉原 一番大変だったのは、現場が真っ暗だったこと。照明もキャンドルライトというのか、スタジオに入ると本当に何も見えなくて、目が慣れてきてやっとものが見えるような状況でした。いつも頭にトーチをつけていて、それをカチカチさせながらできをチェックしたり、自分のバッグの中身を見たり。これまで体験した作品で似た状況がなかったとは言いませんが、毎日続くのは今回が初めて。目がちょっと悪くなっちゃったかな。そこが私にとっては一番大変だったポイントです。
―― 今回の作品で、ご自身の中で会心のできといえるキャラがいれば教えてください。
吉原 やっぱりポアロさんの口ひげですね。本物のおひげではなくて、偽物のひげをつけていたのでそれをどうきれいに見せていくのかには技術と努力が必要でした。今回、メイク自体はナチュラルにいこうと心掛けていたので、どちらかというと“見えるメイク”ではないんです。
髪形でいえば、女性キャストは皆さんかつらをかぶっているんですよ。自前の髪の毛を使っている人いないんです。かつらっぽく見えないよう、自然に見えるようと色や毛の流れを工夫しているので、目にはハッキリと見えなくても私たちからしてみたら頑張ったポイントです。
―― かつらとは全く気が付きませんでした……!
吉原 よかったです!
「人が持っている自然の美しさが美しい」 ハリウッドを目指す若者へメッセージ
―― ケネス・ブラナーさんの印象を教えてください。プロデューサーのジェームズ・プリチャードさんのインタビューでは、撮影で何が起きるか教えずにキャストが本当にびっくりする様子を撮っていたというお話を伺い、おちゃめな方なのではという印象があります。
吉原 めちゃくちゃおちゃめですよ。ケネスさんはすごくロマンチックで、本当におちゃめですけど、あまり顔に出したりとかしないんです。だから“ムッツリおちゃめ”みたいな。とてもかわいい方です。
でも仕事となるとテキパキこなされて、人の3倍か4倍頭が回転してるんではないかなってくらい、いろんな方向から物事を考えられています。俳優さんと監督さん、2つの仕事をされていらっしゃるので、俳優さんへのフィードバックもきめ細やか。テイクの間に「今回はこういうふうにしていこう」「今のはすごく良かった! けどもうちょっとこういう感じにしてみたらいいんじゃないかな」と俳優さんたちに逐一コメントを渡すんです。
私が現場で見る限り、そういう監督って少ないんですよ。「もう1回行こう」「もう1回行こう」だけで具体的なコメントはあげずに撮影を進める方も多いので、俳優さんたちはすごく喜んでました。「しっかり自分を見ていただいて、フィードバックをくださる」と感動していらっしゃいましたね。
―― それは吉原さんへも同じで、細かくフィードバックをされる方なんですか?
吉原 キャラクターの数も多く、監督はたくさん決断をしていかなきゃいけないので、一人一人やっていくと時間もなくなってしまう。だから私とは「ここは変えてほしい」ってポイントだけお話ししますね。ケネスさんとの仕事では、私が作ったボードを一緒に見ながら私から提案していき、ケネスさんは「あぁパーフェクト」「サンキュー」「大丈夫です」みたいな感じでジャッジしていく。淡々と仕事が進みます。
―― 何度も組んでいるから信頼感があるのではという気もします。ご自身のどんなところが評価されてどんどん次の仕事へつながっていくのか、ご自身ではどう考えているのでしょうか?
吉原 ケネスさんに聞いた方がいいと思いますけど(笑)、何でしょうね。私は一緒に仕事をする監督さんにはみんな、できるだけ効率の良い選択肢を提示したいと思っています。下準備をちゃんとしてから提案していく形式を採っているので、「どうしたらいい?」とはいちいち聞きません。「こうしたい」と決めて、「これはどうですか?」という形にします。それがきっと仕事しやすいんじゃないですかね。
私もプロフェッショナルとして仕事をいただいている身ですから、それくらいしなきゃと思いますし、できるだけ時間をかけずに効率よく仕事を進めていく。彼は本当に1分1秒を惜しんで仕事していくので、その辺が気に入られているのかな。
―― ご自身から提案というスタイルは重宝されそうです。吉原さんは高校へ進学せずにヘアメイクを学び、早いうちに業界へ入って活躍されていますが、同じくハリウッドを目指す後輩へアドバイスをお願いします。
吉原 何でも若いころに始めただけ上達できるし開花しやすいじゃないですか。音楽もそうですし、絵画や芸術、芸能の道は人より早く始めたらちょっと有利になるし、それだけ時間を費やしたと自信にもつながります。だから髪の毛を切る時も含めて、私は仕事をする時に「あー、これどうしたらいいんだろう」って迷いがないんです。自信が相手も伝わるから、先方も安心できるのかな。
自信を持ちすぎるのもいけないとは思うので、内に秘めつつ、一歩引いて見せるのも大事です(笑)。何をするのにも練習は重要だと思いますし、自分の好きなものに対して時間を費やすということじゃないですかね。
―― お子さんの髪から研究しているお話をされていましたが、日常にもいろんなヒントがあるということでしょうか。職業病と感じることもありますか?
吉原 ありますね。例えば誰かがケガをしたら「ちょっとごめん! 大丈夫? でも写真撮ってもいい?」みたいな(笑)。「どう治っていくかすごく気になるから、しばらくたってから写真を送ってもらってもいい?」と頼む時もあります。
髪の毛もこっち(イギリス)だとブロンドとか茶色とか、いろんな色があります。子どもの夏休みに遊んでいるうち、日差しでちょっとハイライトみたいになってしまったりブリーチ(退色)しやすいんです。私の子どもは私とイギリス人の旦那さんのハーフで、ベースは茶色なんですけど下の子はまだ金髪が混ざっていて、「あ、こうなるんだ」と色合いをよく観察しています。
子どもの友達でもきれいな色があったら写真を撮らせてもらいます。染めた色ではなくどうやったらナチュラルになるのか、色合いはとても気になりますね。
―― 道行く人のメイクが気になるとか、そういう話を想像していました。
吉原 作るメイクに関しては、人がやっていることにそこまで興味がないんです。それはもう作れるものなので、そばかすがある子どもとか、作れない自然なものが気になる。先ほど気付いていらっしゃったそばかすが特徴的なキャラも、実はフェイクなんです。演じた俳優自身にはあまりそばかすがなかったんですよ。
―― それもまたフェイクだったとは。気が付きませんでした。
吉原 だから、そばかすがある子には「ちょっと、ちょっとちょっと! 顔写真撮ってもいい?」とか(笑)。パターンを勉強させてもらいます。凝ってるというか、人が持っている自然の美しさが美しいと私は思います。
―― その貪欲さが活躍の答えという気がします。本日はありがとうございました!
吉原 ありがとうございました!
『名探偵ポアロ:ベネチアの亡霊』
9月15日(金) 劇場公開
監督:ケネス・ブラナー 脚本:マイケル・グリーン 製作:ケネス・ブラナー、リドリー・スコットほか 音楽:ヒドゥル・グドナドッティル
出演:ケネス・ブラナー、ミシェル・ヨー、ティナ・フェイ、ジェイミー・ドーナンほか
ウォルト・ディズニー・ジャパン
(c) 2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.
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