「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」ネタバレレビュー 「戦後」と「血」への鎮魂歌(1/2 ページ)

悲しく恐ろしい物語だけど、救いは確かにあった。

» 2023年12月15日 18時00分 公開
[ヒナタカねとらぼ]
※本記事はアフィリエイトプログラムによる収益を得ています

 連日SNSで「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」を絶賛する感想と、愛に溢れたファンアートが投稿されている。その口コミ効果は絶大で、週末の観客動員数は右肩上がりで数字を伸ばし、累計興行収入は11.5億円を突破した。

「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」ネタバレレビュー 「戦後」と「血」への鎮魂歌 『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』全国公開中 配給:東映 (C)映画「鬼太郎誕生ゲゲゲの謎」製作委員会

 公開3週目には週末興行ランキングで先週の4位から3位に浮上し、さらに4週目でも3位をキープ。上映劇場も増え、リピーターも多く、さらなる大ヒットも期待できるだろう。原作者・水木しげるの長女である原口なおこも、口コミでの広がりに感謝の言葉をX(Twitter)上で投稿している。

 口コミ効果で3週目で動員数がアップする映画は「羅小黒戦記 ぼくが選ぶ未来」「アイの歌声を聴かせて」「RRR」「BLUE GIANT」などごく限られており、「ここまでになった」映画はもう「間違いない」ので、見る機会を逃さないでほしい。

 そんな「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」の魅力は、「殺人事件もの」や「怪奇もの」など複数の要素が見事に融合していることが大きく、特に主要キャラクターである「水木」「ゲゲ郎(鬼太郎の父)」というカッコいい男たちの「バディ感」にノックアウトされた方は多い。PG12指定ならではのおどろおどろしさや残酷描写を含む「大人向け」の作風も支持を得ている。

 そして、昭和31年を舞台にした「戦後もの」として、現代でもひと事ではない重要なメッセージを備えていたことも重要だった。ここからは本編のネタバレありで、本作が何を「鎮魂」しようとしていたかをひもといていこう。

映画「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」ファイナル予告

※以下、「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」のラストを含む本編のネタバレに触れています。

搾取されない側を目指し権力を求めた水木の矛盾

 本作の主人公の1人・水木は戦後日本で「搾取されない側」を目指していた。母親は親戚にだまされて財産の全てを失い、戦争孤児や餓死者があふれる中でも富を得るものがぜいたく三昧をする世界を目の当たりにして、もう踏みにじられることがないよう、会社内での地位を高めようと画策していたのだ。

「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」ネタバレレビュー 「戦後」と「血」への鎮魂歌 (C)映画「鬼太郎誕生ゲゲゲの謎」製作委員会

 水木の反骨精神には、戦時中に「玉砕特攻」を命じられたことも理由にあり、そこには原作者・水木しげるの苛烈な戦争体験も反映されている。物語の90%は事実という漫画『総員玉砕せよ!』では仲間があっけなく死んでいく様が生々しく描かれており、「ゲゲゲの謎」の水木がほぼ同じ地獄を体験したことは、劇中の回想シーンから伺えるだろう。

 

 そんなある日、水木の勤め先に、製薬会社「龍賀製薬」を経営する龍賀一族の頭首が亡くなったという知らせが入る。龍賀製薬を担当していた水木は、その社長である龍賀克典の頭首就任が濃厚だという情報をもとに、手柄をあげるため一族の住む閉鎖的な村「哭倉村」へと向かう。

 水木は村に着くなり、龍賀一族の娘・沙代と出会い優しく接するが、それは龍賀一族に取り入るため(あるいは心からの親切心もあったのだろうが……)であり、妻を探していると語るゲゲ郎に対しても「こいつもただの負け犬だな」と冷たくあしらう一面を見せる。その一方で、水木は克典社長からもらった高級葉巻を投げ捨てようとするなど、権力者とそれに与する自分へ憎悪を募らせる矛盾を抱えていた。

 そんな水木が、「幽霊族」であるゲゲ郎と次第に打ち解けていき、心からうまいと思える酒を酌み交わし、タバコも分け合う仲となっていく。そして、外道の限りを尽くす龍賀一族とは真逆の「人間」としての行動を起こすことになる。

 「ここで逃げたら、あいつに笑われちまう」と自嘲気味に言いながらも、ゲゲ郎との約束を守り抜く決意をし、そしてゲゲ郎から「相棒」を超えて「友」と呼ばれる関係性の、なんと尊いことだろうか。

映画「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」 予告[鬼太郎の父たち 絆篇]

 水木は、初めこそ「大げさだな」と笑いつつも、ゲゲ郎がどれほど妻を愛していたか知ることとなる。その無償の愛は、搾取構造がまかり通る戦後日本で、弱者を踏みつける権力者を憎みつつも権力を欲する矛盾の中にいた水木にとって、自らをも救うものだったに違いない。

 そして、戦時中と変わらない帝国主義的な価値観を盾に、自己中心的に弱者を踏みにじってきた龍賀一族の当主・時貞に対し水木が告げたのは、「あんた、つまんねぇな!」という痛快な言葉であった。直後の「ツケは払わねぇとな!」は、そのつまらない権力を求めていた水木の、自己批判的なセリフでもあったのかもしれない。

血の因縁から解き放たれた救い

 本作では「血」にまつわる因縁がいくつも描かれている。

 まず、水木は戦後日本でとある「血液銀行」に勤めているという設定である。血液銀行とは当時実際に民間が運営していたもので、貧困にあえぐ者が金銭を得るため、健康を害してでも血液を繰り返し提供してしまうことが社会問題にもなった。感染症の危険や道徳的な問題もあり現在「売血」は禁止されているが、こうした出来事もまた戦後日本の搾取構造の象徴として登場する。

「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」ネタバレレビュー 「戦後」と「血」への鎮魂歌 (C)映画「鬼太郎誕生ゲゲゲの謎」製作委員会

 さらに、劇中の血液製剤「M」は、人間に迫害され続けた幽霊族を監禁した上での、文字通りの血液の搾取によって作られたものだった(おそらくMの名称の元ネタは「M資金」から。覚醒剤のヒロポンこと「メタンフェタミン」の頭文字でもある)。

 時貞は実の孫である沙代を襲い近親相姦で子どもを産ませようとする、家父長制が最悪の最悪まで行き着いた、おぞましいという言葉でも足りない所業にも及んでいた。いとこ同士である沙代と時弥は仲が良かったが、その2人も龍賀一族の価値観ではいずれ子どもを成すための「駒」のような言われようだった。

「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」ネタバレレビュー 「戦後」と「血」への鎮魂歌 (C)映画「鬼太郎誕生ゲゲゲの謎」製作委員会

 その沙代は、水木に東京に連れ出してもらう約束を取り付けようとするが、彼女は東京でも村と同様の搾取構造があると分かっていた。絶望した沙代は龍賀一族を殺し続け、自身も血を流して絶命する。

 さらに、ゲゲ郎の妻の血から作られた桜のような大きな木の花は、「散華」の暗喩でもあるだろう。散華は供養のためにまかれる華であると共に、戦死の隠喩または美化表現でもあったのだから。

 本作はそんな「血」をめぐるさまざまな因縁、戦時中の玉砕特攻と大差ない自己犠牲をも美化する、最悪の搾取構造による悲劇を繰り返し描く。そしてその70年後、ゲゲ郎(鬼太郎の父)は時弥と再会し、鬼太郎と共に彼を成仏させる。その間際に見えたのは、時弥と沙代が再会し、抱き合う光景であった。

 これから成仏をする時弥と沙代は、もう血の通った人間ではない、幽体となっている。しかしだからこそ、刹那的にも血の因縁から逃れ、そして心からの愛情のままに寄り添うことができたのだろう。これを持って、「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」は「戦後」と「血」に苦しめられた者たちへの鎮魂の物語になったのだ。

 そして残念ながら、劇中で描かれた搾取構造は、現代にも残っている。戦争はいまだに世界で起こり続けている。鬼太郎の父が時弥に告げた「あのころに夢見ていた世界とはほど遠い」という言葉は、残酷だが、その通りだ。この世界は変わることができないのだろうか。いや、水木やゲゲ郎、鬼太郎のような者がいればあるいは……。本作は残酷でありながらも、そんな希望を抱かせてくれる物語だ。

「戦後」を描く注目作は他にも

 くしくも、2023年は「君たちはどう生きるか」「ゴジラ-1.0」「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」「窓ぎわのトットちゃん」「あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。」と、戦中・戦後が舞台の(しかも子どもが物語に関わる)映画が相次いで公開されている。漫画「ドリトライ」やドラマ「ブギウギ」もそうだろう。

 さらに、その戦後ものの1つであり、ぜひ見ていただきたいのが、現在公開中の塚本晋也監督作「ほかげ」だ。こちらで描かれるのは、幼い子どもが、売春婦の女性と、謎の男性それぞれとバディになる物語。残酷で苦しい生活や出来事が描かれるからこそ、負の遺産を「子ども(次の世代)に背負わせてならない」との意思を強く感じさせる内容となっている。

映画「ほかげ」予告編

 「ほかげ」は小規模公開ではあるが、低予算でも可能な限り画のクオリティーを高める工夫が存分にあり、優れた音響演出も含めてスクリーンで堪能する価値がある。ぜひ、「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」と合わせてご覧になってほしい。

       1|2 次のページへ

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

昨日の総合アクセスTOP10
  1. /nl/articles/2411/19/news150.jpg 「情報を漏らされ振り回され……」とモデラー“限界声明” Vtuberのモデル使用権を剥奪 「もう支えられない」「全サポート終了」
  2. /nl/articles/2411/20/news028.jpg 「うどん屋としてあるまじきミス」→臨時休業 まさかの“残念すぎる理由”に19万いいね 「今日だけパン屋さんになりませんか」
  3. /nl/articles/2411/20/news224.jpg “ドームでライブ中”に「76万円の指輪紛失」→2日後まさかの展開に “持ち主”三代目JSBメンバー「誰なのか探しています」
  4. /nl/articles/2411/19/news169.jpg 高畑充希と結婚の岡田将生、インスタ投稿めぐり“思わぬ議論”に 「わたしも思ってた」「普通に考えて……」
  5. /nl/articles/2411/20/news031.jpg 「本当に同じ人!?」 幼少期からイボをいじられていた男性→美容師の“お任せカット”が衝撃 「めちゃくちゃ大変身」
  6. /nl/articles/2411/19/news022.jpg 「おててだったのかぁああああ」「同じ解釈の人いた笑笑」 ピカチュウの顔が“こう見えた”再現イラストに共感続々、464万表示
  7. /nl/articles/2411/20/news042.jpg 「腹筋崩壊」 ハスキーをシャンプー&パックしたら…… “予想外のハプニング”に「こ〜れは大変だわ」「沼にでも落ちたのかとwww」
  8. /nl/articles/2411/20/news216.jpg “歌姫”ののちゃん、6歳現在の姿に驚きの声「あれっ!?」「ビックリしてます!」 2歳で「童謡こどもの歌コンクール」銀賞受賞
  9. /nl/articles/2411/20/news041.jpg 黄ばみのある68年前のウエディングドレスを修復すると…… 生まれ変わった姿に「泣いた」「受け継ぐ価値のあるドレス」
  10. /nl/articles/2411/18/news107.jpg 走行中の車から同じ速さで後方へ飛び降りると? 体を張った実験に反響「問題文が現実世界で実行」【海外】
先週の総合アクセスTOP10
  1. 「飼いきれなくなったからタダで持ってきなよ」と言われ飼育放棄された超大型犬を保護→ 1年後の今は…… 飼い主に聞いた
  2. ドクダミを手で抜かず、ハサミで切ると…… 目からウロコの検証結果が435万再生「凄い事が起こった」「逆効果だったとは」
  3. 「明らかに……」 大谷翔平の妻・真美子さんの“手腕”を米メディアが称賛 「大谷は野球に専念すべき」
  4. まるで星空……!! ダイソーの糸を組み合わせ、ひたすら編む→完成したウットリするほど美しい模様に「キュンキュンきます」「夜雪にも見える」
  5. 妻が“13歳下&身長137センチ”で「警察から職質」 年齢差&身長差がすごい夫婦、苦悩を明かす
  6. 人生初の彼女は58歳で「両親より年上」 “33歳差カップル”が強烈なインパクトで話題 “古風を極めた”新居も公開
  7. 「ごめん母さん。塩20キロ届く」LINEで謝罪 → お母さんからの返信が「最高」「まじで好きw」と話題に
  8. 互いの「素顔を知ったのは交際1ケ月後」 “聖飢魔IIの熱狂的ファン夫婦”の妻の悩み→「総額396万円分の……」
  9. ユニクロが教える“これからの季節に持っておきたい”1枚に「これ、3枚色違いで買いました!」「今年も色違い買い足します!」と反響
  10. 中央道から「宇宙戦艦ヤマト」が見える! 驚きの写真がSNSで注目集める 「結構でかい」「どう見てもヤマト」 撮影者の心境を聞いた
先月の総合アクセスTOP10
  1. 50年前に撮った祖母の写真を、孫の写真と並べてみたら…… 面影が重なる美ぼうが「やばい」と640万再生 大バズリした投稿者に話を聞いた
  2. 「食中毒出すつもりか」 人気ラーメン店の代表が“スシローコラボ”に激怒 “チャーシュー生焼け疑惑”で苦言 運営元に話を聞いた
  3. フォロワー20万人超の32歳インフルエンサー、逝去数日前に配信番組“急きょ終了” 共演者は「今何も話せないという状態」「苦しい」
  4. 「顔が違う??」 伊藤英明、見た目が激変した近影に「どうした眉毛」「誰かとおもた…眉毛って大事」とネット仰天
  5. 「ごめん母さん。塩20キロ届く」LINEで謝罪 → お母さんからの返信が「最高」「まじで好きw」と話題に
  6. 星型に切った冷えピタを水に漬けたら…… 思ったのと違う“なにこれな物体”に「最初っから最後まで思い通りにならない満足感」「全部グダグダ」
  7. 「泣いても泣いても涙が」 北斗晶、“家族の死”を報告 「別れの日がこんなに急に来るなんて」
  8. ジャングルと化した廃墟を、14日間ひたすら草刈りした結果…… 現した“本当の姿”に「すごすぎてビックリ」「素晴らしい」
  9. 母親は俳優で「朝ドラのヒロイン」 “24歳の息子”がアイドルとして活躍中 「強い遺伝子を受け継いだ……」と注目集める
  10. 「幻の個体」と言われ、1匹1万円で購入した観賞魚が半年後…… 笑っちゃうほどの変化に反響→現在どうなったか飼い主に聞いた