公共交通で県境を越えろ! 山梨県から隣接する1都4県への「脱出」方法を検証した同人誌が興味深い:元司書みさきの同人誌レビューノート
高速バスなら簡単ですが、路線バスを使うと……?
春の連休をどうやって過ごされたでしょうか。まとまったお休みが取れるタイミングで旅に出てみたり、ふるさとを訪ねてみたりされた方もいらっしゃるでしょうか。どこかへ移動するとき、どんな手段を使われますか? 今回はあえての公共交通機関で隣の県を目指すことを考えた同人誌です。
今回紹介する同人誌
『山梨県からの「脱出」〜公共交通で県境を越えろ!〜』B5 24ページ 表紙カラー、本文モノクロ
著者:名取 自由(なとり みゆう)
どうやって隣の県に行く? 公共交通機関のルートを検証
ご本では山梨県を出発点にし、隣接する1都4県(東京都、神奈川県、埼玉県、長野県、静岡県)に、公共交通機関を使ってどのように移動することができるかを調べてまとめています。山梨県は1人当たりの自家用車保有率ランキングが全国5位という点を踏まえて、公共交通での移動が難しくなるのでは? との想定を念頭にしながら、鉄道、路線バスで隣の県へ移動する「脱出」ルートについて文章を中心に、図や写真を交えて紹介されています。
自分で困難を作り、解いていく
ご本を開く前には、いかに自家用車の保有率が高いと言っても、さすがに交通網など発達しているのでは? との考えがよぎりました。しかし、そこがこのご本のポイントです。移動するだけならどのようにでも道は考えられるところを、あえて“「脱出」はその県に入って最初の降車駅・バス停で降りることとし、「通過」しただけではダメ”といったルールを自ら設け、それに沿って検証されていきます。
スムーズに行けるところもあれば、なかには季節運行されるルートを組み合わせなければならず、年間22日ほどしか「脱出」のタイミングがない場所も。意外と一筋縄ではいかないところを、脱出後に「利便性が高い場所まで移動できればなお良い」といった視点も加えつつ、乗り継ぎや到着地点の説明も交えて示されます。
限定的な条件を面白がること
ベースとしては脱出の検証は文章で説明され、図や写真がそれを助けてくれます。紙面の構成は、大きめの文字が端までぴったりと並んでスマホの画面的なシンプルさを思わせます。しかし「脱出」ポイントだけをさっと並べているわけではありません。単純な行き方だけでなく、移動ルートについての補足も差し挟まれますし、地理や交通情報を頭に入れておかないと私には少し難しいところもありました。
けれどそういった難解さは、このご本の前提である“自分でルールを作って解く”こととのリンクを感じます。目的地に移動するだけなら、調べる手段も行き方もお手軽に選べるなかで、興味関心を持って思考のパターンを増やし、あらためて自分で調べなおすこと。そして、その“あえて”に引っ掛かって本を手に取った同志に向けて、一足飛びに解答を示すのではなく、道をたどるように一つひとつ順に示していくのは、難しさを一緒に楽しんでいるのでないか……とそんな気がしてきました。単純明快さだけでなく、面白さが共有できる人に向けての提示、それもまた同人誌の魅力の一つだと感じます。
今週の余談
行ったことのない場所、道、乗ったことのない公共交通機関に思いをはせながら、最終的には「脱出できる一覧表」を作りながら読みました。行けるところをチェックしているとうれしいのはもとより、行くのは困難なところをチェックするのも楽しくなってきますね……。
みさき紹介文
公共図書館、専門図書館に勤務していた元司書。自身でも同人誌を作り、サークル活動歴は「人生の半分を越えたあたりで数えるのをやめました」と語る。
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