寒い日は切なくて温かいマンガを読みたいです 「マイガール」の佐原ミズが描く傑作ファンタジー「夜さん」:虚構新聞・社主UKのウソだと思って読んでみろ!第14回
不思議な力を持つ夜さん。その正体と過去がすべて明らかになるラスト2話は必見。ううううもっと語りたい。なんて歯がゆい。とりあえず読んで……!
ねとらぼ読者のみなさん、こんにちは。虚構新聞の社主UKです。
前回の「1巻完結&Kindleで読めるマンガ7選」で、編集担当M女史のデスクを全世界に向けて晒した結果、「そういうお前はどうなんだ」というお叱りの声をいただきましたので、まずはお詫びの意味も込めて、きれいに整った収納名人も脱帽の本紙本社内にある社主デスクをご覧ください。
さて、今回取り上げるのは2012年始めから昨年11月まで「コミックゼノン」(徳間書店)で連載され、翌12月に最終巻が発売された佐原ミズ先生の「夜さん」(全2巻)です。「よるさん」ではなく、「いつやさん」と読みます。
少し話がそれますが、この掲載誌「コミックゼノン」、最近結構注目してまして、北条司先生の「ANGEL HEART」「キャッツ愛」のような著名な作品を掲載しつつ、また一方で先日ついに20万部を超えた「ワカコ酒」(新久千映)や日販主催「全国書店員が選んだおすすめコミック2014」8位に選ばれた「喰う寝るふたり住むふたり」(日暮キノコ)といった注目作も輩出しています。
ちなみに社主のおすすめは昨年末の本連載でオススメ第9位に挙げた、幽霊彼女との同居物語「のぼさんとカノジョ?」(モリコロス)と、「キミにともだちができるまで。」(保谷伸)です。ぜひご覧ください。
マイガールに続く名作です
さて、本題の「夜さん」。結論から言うと、佐原ミズ先生の作品としては、2009年に嵐の相葉雅紀さん主演でドラマ化もされた名作「マイガール」に続く名作でした。
「マイガール」はドラマを見た母が普段マンガなど読まないのに「原作持ってるなら貸して」と連絡してくるほどなので、「父1人、幼い娘1人」というテーマが広く一般に受け入れられたのでしょう。確かに娘のコハルちゃんの愛らしさは異常です。対して「夜さん」は、ファンタジー色が強い作品。そういう意味では「マイガール」ほど普遍的な物語ではないですが、社主はいろんな意味で「夜さん」の方が気に入りました。
佐原先生の作品の魅力の1つはイラストの美しさです。夜さんについても、まずはそのビジュアルを味わっていただきたいのです。表紙などのカラーイラストは、よくあるマンガ塗りとは異なる水彩の淡い色使いがとてもすてき(そういう意味では、単行本にカラーイラストがあまり収録されなかったのはいささか残念……)。
もちろん本編のモノクロパートもマンガとして美しいです。佐原先生の作品は、デフォルメ表現や効果線などが少なく、マンガ絵というよりはイラスト寄りで、登場人物の動きや表情もあまり現実離れしていない表現が多いのが特徴なのですが、本作はこれまでと比べると全体的にコミカルな表現が多く、キャラもずっと個性的です。
主な登場人物は3人。離婚した両親と折り合いが悪くなり、祖母と2人で暮らしている主人公の少年「坂本晨(さかもと・とき)」、絵が下手な臨時美術教師「鶴田夜(つるた・いつや)」、晨と同い年で夜と同居している少女「鶴田昏(つるた・こん)」――。物語は、晨と祖母のエピソードから始まります。
晨にとって祖母はただ1人自分を守ってくれた存在。ただ最近は孫の晨の顔すら忘れてしまうことがあり、昼間は施設に預けられています。そんななか、祖母が施設や家から勝手に抜け出してしまう事件が発生。中学を卒業したら就職して祖母の面倒を見ようと思っている晨に対し、周囲の大人は祖母をちゃんとした施設に預けたほうが良いと勧めてきます。
「本当はずっとずっと側にいてやりたいのに婆ちゃん晨に迷惑ばっかり……」とこぼす祖母。祖母と離れて暮らすことを薄々予感する晨。そんな2人の前に現れたのは、のちに晨と一緒に暮らすことになる夜です。この夜さん、実は不思議な力の持ち主。描いた絵に息を吹きかけることでその絵を実体化させる能力があるのです。この部分が物語の核心に関わる部分となって展開していきます。
とは言え物語の本質が人と人との関係にあるというのは佐原先生のマンガすべてに共通するところでしょう。夜さんも、不思議な力で世の中を動かすといった大きなことをやってのけるのではなく、あくまでこの能力は物語のスパイスです。
父1人で息子を育て上げたプライドから、自分を思って田舎に帰ってきた息子を平手打ちして追い返す鬼熊先生、野球選手として将来が有望視されていたものの暴力事件を起こしたことをきっかけに腐ってしまった転校生など、ほかのキャラを通して語られていく秘められた本当の気持ち。自分の弱さや本音を表に出すのは恥ずかしく、勇気のいることですが、夜さんの不思議な魔法はその勇気を後押ししてくれるのです。
そしてまた彼らの問題は、翻って主役3人の問題でもあります。そもそも、夜さんは何者なのか。苗字が同じ昏と夜の関係は。そして何より、それぞれに過去を抱えた3人は幸せな結末を迎えることができるのか。
物語後半、中学3年生である晨と昏の2人の将来と夢についてクローズアップされていくなかで、2人は自分たちが抱える問題に向き合っていくことになります。そして夜さんの正体とその過去がすべて明らかになるラスト2話は必見。とにかく一読して、3人を最後まで見届けてほしいと言うほかありません。なんて歯がゆい。
なお、本作には「コミックゼノン」公式の作品紹介動画まであります。佐原先生とカラーの塗りは違うものの、作品の雰囲気は伝わると思うので、どんな作品か気になる方はこちらもぜひご覧ください。
……と、まあ作品としても大変おすすめな本作でありますが、ここからは少し紙面を私物化させていただきます。
「マイガール」と「夜さん」を比べたとき、どちらが好きかというのは、もちろん人によりけりなのではありますが、社主が圧倒的に「夜さん」を選んだのは、やっぱり夜さんがすてきすぎたからです。
「幼稚園児のヒロインとメガネ女子のヒロインのどちらを取るか」と言われたら、そりゃもう言うまでもなくメガネ女子を取ってしまいますよ! しかも佐原先生の作品の場合、「マイガール」のお父さんを筆頭にこれまでなぜかメガネ男子率は高かったけれど、メガネ女子はほとんど登場しないのです。そういう意味でも、初めて夜さんのビジュアルを見たときは、その初見のインパクトにドキドキ。絵が下手なのに、一生懸命にじゃがいもみたいな生徒の顔を描いている顔に再度やられました。コミカルな笑顔表現も本作の特徴なのです。
そんなわけで、メガネ女子好きも大満足の「夜さん」。しかも途中には三つ編みおさげ&ぐるぐるメガネという出で立ちの謎のメガネ少女まで登場するおまけ付き。過去本連載で、大島さん(「となりの怪物くん」)、ひまわりさん(「ひまわりさん」)と、2度にわたってメガネ女子を紹介してきましたが、夜さんはそんな社主も太鼓判のメガネ女子です。
なんかもう、前半部分のハートフルストーリー解説がこれでもかと言うほど台無しですが、こういう裏の楽しみ方もある多層的な読みを許してくれる名作ということでここはひとつ。今回も最後までお読みくださりありがとうございました。
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虚構新聞の社主UKが知られざるパーソナリティを(思わず)吐露しつつ、大好きなマンガを語りまくります。