冬のあいだ眠っていた枝に、少しだけ緑の芽がのぞき、そこにピンクのつぼみが顔を出して、そろそろ桜が咲きそうです。春は旅立ちの季節。いろんなところにお出かけしたり、新生活で、通い慣れたいつもの路線とは違うのりものに乗ることになったり……。そんなふわっとした季節に似合いそうな今回の同人誌は、架空の列車旅を絵本のようにつづった2冊をご紹介します。
今回紹介する同人誌
『架空乗物絵本vol.2「特急いそぐに号」』 A5 40ページ 表紙・本文カラー
『架空乗物絵本vol.3「うみのモノレール」』 A5 40ページ 表紙・本文カラー
作者:Auzenismo(羽雲けむ)
「どんな列車を走らせる?」って空想ありなんだ! 架空の路線を架空の特急が走りだす
『架空乗物絵本vol.2「特急いそぐに号」』は、特急列車が走る路線をイラストでたどります。
なんだか懐かしい色味の車体に、まんまる瞳のようなライトも愛らしい列車は国鉄183系と呼ばれる実在の列車です。でも、出発する駅の名前は、「南都」。うーん……聞いたことない街ですね。そう、この路線は、空想上の街をつなぐ路線なんです。もちろん、そこを走る「特急いそぐに号」も架空の特急です。
大きな街から温暖な郊外のターミナル駅へ。28もの駅を、列車の様子や街並み、乗客の姿などが、1枚ずつのイラストで伝えられます。例えば橋の上を勢いよく通り抜ける「大和磐根駅」近くの特急いそぐに号のイラストを見ると、石造りのような風情のある橋脚や、かわら屋根の家、いそぐに号のなつかしい色味の車体と相まって、「ああ、こんな風景と出会ったら、きっと、列車が通り過ぎるまで見送ってしまいそう」という、ノスタルジックな気分になってきました。
一方でそのお隣の「東磐根」の駅では、降車する女学生さんと学ランの子がすれ違う、なんだか甘酸っぱそうな雰囲気。「この駅の近くには中学校や高校が多いのねー」と、少しだけ添えられた文章からも、描かれた背景がほのぼのと浮かびあがります。
ほんわか絵柄のやさしい色に包まれて、あったかな列車旅に出発!
もう1冊の『架空乗物絵本vol.3「うみのモノレール」』の路線は、ずーっと海辺です。いえ、表紙を見ると、もしかしたら海上を縦断していると言っても過言ではないくらいの、島と島をつなぐモノレールの路線。こんなきれいな海を眼下に走るなんて、わくわくしますね。中間の席は、ちょっとした座敷席になっているみたいで、膝に本を置いて眺める乗客さんの様子を見たら、「わー、私もあの席に座りたい!」ってなってしまいます。
こちらのご本には、子どもたちがモノレールに乗るところをレポート風に描いたマンガも載っています。もちろん架空のレポートです。でも、「駅はJRの向かい側に面していて改札を出たらすぐに乗り換えができます」とか、エレベーターはあるけどエスカレーターはないとか、妙にリアル……。気の置けない仲間でモノレールの小旅行を楽しむ子どもたちの生き生きした表情が、素朴なペンタッチと合わさって、読んでるだけでほんわかしてきますー!
旅立つだけが旅じゃない。思いを乗せて土地と人とをつなぐ鉄道の役割をあたたかに描く
2冊のご本で描かれるのは、気取らない、いつもの延長線上にある日常のような世界です。ご本の中で、ビルの一角から電車を望むサラリーマンのイラストがあります。スーツ姿で一服する、ごくごく普通の光景。でもその視線の先の特急列車がどんな街でどんな人を乗せてきたのかつぶさに紙面で体験してきたから、そのまなざしに「次のお休みにはどこかに行こう、なんて思っているのかしら」と、彼の気持ちを想像し、架空に架空を重ねて旅立ちに思いをはせました。
一つの空想の列車があることで、鉄道が利用する人、そこに暮らす人と街をつないで、さらに眺めるだけの人をもつなげていることが、やさしい日常の風景から伝わってきます。
作者さんは、イラストやマンガだけでなく、音楽活動もされています。ご本を眺めながら曲をお聞きしてみると、また世界が広がってくるかもしれませんね。
そうそう、架空列車と並走する電車がバラエティーに富んでいたり、実在のモノレールが参考にされていたりと、鉄道がお好きな方は、さらに「ふふっ」とほほえましい視点で楽しめるかもしれません!
もうしばらくしたら、はじめての路線を利用する、初々しい人たちが目につくころですね。あの人にも、あの列車にもきっと、つながっている場所がある。そんな風に現実と空想を重ねて、ぽっと心がぽかぽかしそうなご本です。
サークル情報
Webサイト:https://blogs.yahoo.co.jp/auzenismo
入手先:BOOTH
Twitter:@uzenismo
Pixiv:ID=17714241
Soundcloud:auzenismo
次回イベント参加予定:オリcomi名古屋(3月25日)、M3春(4月29日)、コミティア124(5月5日)
今週のシャッツキステ
著者紹介
司書メイド ミソノ:秋葉原カルチャーカフェ「シャッツキステ」でメイドとしてお給仕する傍ら、とある大きな図書館で司書としても働く“司書メイド”。その一方で、こよなく同人誌を愛し、シャッツキステでも「はじめての同人誌づくり」「こだわりの特殊装丁」の展示イベントを開く。自身でも同人誌を作り、サークル活動歴は「人生の半分を越えた辺りで数えるのをやめました」と語る
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