「セックス依存症」と聞いて、どんな症状を思い浮かべますか? セックス依存症と向き合う苦悩を生々しく描いたエッセイ漫画『セックス依存症になりました。』が話題です。
筆者はてっきり性にオープンなハリウッドセレブなどが患う遠い世界の話だと思っていましたが、作品を読み進めていくうちにむしろ日常で発生する心のダメージが原因で、誰にでも起こり得るものであると分かってきました。
とはいえ作中で描かれるエピソードは「ハンマーで彼女に殴られる」「幻覚で日常生活に支障を来す」「幼少期の親の虐待」など、どれも壮絶です。なぜこんなつらい体験を漫画に描こうと思ったのでしょうか? 「週刊プレイボーイ」編集部にお邪魔して、作者・津島隆太先生に聞いてきました。
「週プレNEWS」にて第11話まで公開中(6月29日現在)
自分の変態性だと思い込んでいた
――セックス依存症だと自覚したきっかけからお聞かせください。
津島:付き合っていた女性に不倫を疑われてハンマーでぼこぼこに殴られまして。関係が壊れ、性的な活動を一切絶とうと決めたところ、3時間おきに強烈な性欲に襲われるようになりました。
この世の全てに価値がなくて、セックスだけに価値を感じる、本当に頭がおかしい状態になってしまったんです。さらにセックスの幻覚まで見えるようになってしまって。
――そこまでいくと普通の生活にも支障が出そうですね。
津島:隣の部屋で物音がしたただけでも、隣の部屋でセックスをしているイメージが湧いてくるんです。先日も風で駐車場の金属部分が揺れているのがいやらしい声に聞こえてきて、そこら辺でしてるんじゃないかと立ち止まってしまいました。自分は何をやってるんだろうと。
――それで心療内科に行こうと思ったわけですね。
津島:以前、アシスタント時代にうつ病っぽくなった時期がありました。電車に乗ると心臓がバクバクしてめまいがするパニック障害を経験していたので、セックス依存症になってやはりパニック障害のような症状が起こったときに「これは病院に行かなければいけない」と思いました。
――専門でセックス依存症を診てくれるところはまだ少ないんですか?
津島:少ないですね。普通の診療内科を受診しました。
――作中だといきなりセックス依存症にめちゃくちゃ詳しい先生が出てきます。
津島:あの先生は多少フィクションを加えたキャラクターです(笑)。彼には主治医や自分自身で調べた内容を喋ってもらってます。最後に精神保健福祉士の斉藤(章佳)先生に監修してもらう形ですね。
――振り返ってみると、セックス依存症の傾向はいつ頃からあったんですか。
津島:現在40代ですが、コンビニで勤めていた20代前半ごろだったと思います。あの頃から、女性と性的な関係を持った後に強い後悔が来るようになりました。自己嫌悪が年々増えていったのが発端だったのかなと思います。
――いわゆる賢者モードのような、瞬間的なものではなく?
津島:違いますね。帰り道とかに「自分は何をやっているんだろう」と、あんなこと二度とやりたくないというくらい嫌になるんです。でもしばらく時間がたつと、そういう行為に耽溺(たんでき)していってしまう。悪循環ですよね。
それは自分の変態性だと思っていたんですけど、次第にエスカレートしていき、自分でも止められなくなっていったので、さすがにおかしいなと思うようになりました。変態性ではなくて、病気の症状だったんです。
――作中の「避妊ができない」という告白には驚きました。
津島:私の場合はゴムを付けていると「セックスじゃない」と思ってしまうんです。セックスは理性的な部分が一つでもあったら萎えてしまう。むしろ避妊するんだったらセックスはしたくないくらいの感覚です。
もちろん性依存症者が絶対避妊できないわけじゃありません。ただ、性依存症者の方はリスクを考えることができなくなっていくので、そういう行為に走ってしまうこともあるみたいです。
どん底で漫画を描こうと思った
――漫画家を志したのはいつごろからですか。
津島:二十歳ごろまで服飾の勉強をしていましたが、自分には合ってないなと感じていました。それで漫画を描こうかなと思っていたところで、親がコンビニを始めたんです。
――ご両親のエピソードは何回か漫画にも出てきますね。
津島:もともと父親も母親も好きではありませんでした。それでも親に認めてもらいたいという気持ちで、コンビニの手伝いをはじめました。仲良くなれるかなと思ったんですけど、どうしてもケンカになっていきました。
コンビニが潰れたときは本当に仲が最悪で、大ゲンカになりました。それで飛び出して、以来10年以上連絡を取っていません。父親から連絡はありませんし、母親からは何年かに1回メールが届きますが、それも返信してません。
その後で、今度こそ漫画家を目指しはじめて、アシスタント時代が10年ほど続きました。
――最近の話数では、幼少期の虐待描写の回想が生々しいですね。これは連載当初から掘り下げる予定だったんですか。
津島:そうです。いろんな性依存症の方にお会いしたり、先生にお話を聞いたりしていると、やはりトラウマとか親とのトラブルを抱えている人はすごく多かったんです。自分の場合もそれが原因の全てではありませんが、一因であるのは間違いないだろうと。
でも、もともとトラウマという自覚もなくて、自分では単なる親のせっかんだと思っていたんですよ。みんなが経験する普通のことだろうと。
逆にお伺いしたいんですけど、親が酔っぱらって帰ってきて殴られるのは当たり前だと思っていたんですけど、あまりそういう経験はないですか?
――酔っぱらった勢いで殴られたことはないですね。
津島:私の場合、食事中にテレビに夢中になって箸を落としただけで親が逆上して、殴られて、目隠しで手足を縛られて押入れに放置ということがよくあって。たぶんないですよね……。
――ないです……。
津島:私にとってはそれが普通のことだったんです。主治医からは、自分ではトラウマだと思っていなくても人生に悪影響を及ぼしてることがあるので、まずはそれを取り除いたほうが良いんじゃないかと勧められました。
トゲが刺さって出血しているのに、放置してるような状態ですよね。それで心にダメージを追わない人もいると思うんですが、治療を受ける中で私の場合は自尊心を失うような体験だったんだなあということがあらためて分かりました。
――うーん、それはトラウマにもなりますよ。そんな苦しい経験を漫画で描こうと思ったのはなぜなのでしょうか。
津島:性依存症者は多くが「底付き」と呼ばれる人生のどん底を味わうといわれています。風俗にのめり込んで破産とか、女性だと体をどんどん売らないと気がすまなくなるとか、もっとひどいと警察沙汰や裁判にまでなって初めて「自分はおかしいかもしれない」と気付く。
私にとってはそれが「ハンマーで殴られた」後でした。そうなったときに漫画を描いてきた身としては、描くしかないなと思いました。
自分の苦しい経験や治療過程を漫画にすることで、他の性依存症者の参考になるだけでなく、性依存症のせいでこれから加害者・被害者になるかもしれない人たちを未然に助けられるかもしれない。また、漫画を通して自分のことを分かってもらうことで、自分自身の治療の助けにもなっていると感じます。
性依存症者を治せるのは性依存症者だけ
――津島さん自身は現在どのような治療を受けていますか?
津島:まだ漫画には出てきませんが、セックス依存症者が集まる自助グループで、いわゆるグループセラピーを受けています。
海外に「アルコホーリクス・アノニマス」というアルコール依存症者の自助グループがありまして、そこの治療方針を受け継いでいる自助グループなのですが。基本的な方針が「セックスとマスターベーションは禁止」です。
――……無理じゃないですか?
津島:私も性依存で苦しんでいたので、生物として無理じゃないかと思いました。ただ案外4カ月ほど、セックスもマスターベーションも耐えられました。現在は「スリップ」といって、マスターベーションを再開してしまっている状態なのですが……。
――作中でも先生が性的に“しらふ”な状態を目指すよう勧めていましたね。
津島:最初は欲求がたまってどんどんおかしくなっていくんですけど、それでも、布団の上に転がって「わーわー」と叫んでみたり、苦しみに耐える。するとしばらくして、「性的ソブラエティ」と呼ばれるしらふの状態になれました。
セックス依存症がひどいときは、「セックスができないのはかわいそう」とか、「お前は世界一不幸だ」という悪魔のような渇望に襲われます。でも、そういう渇望が少しずつ遠ざかっていきました。
――「セックス禁止」はパートナーがいる場合もですか?
津島:私の通っている自助グループでは、配偶者との愛のあるセックスであれば良いとされてます。でもマスターベーションは禁止です。
性依存性になったと自覚した場合、配偶者とであっても6カ月間はセックスをしてはいけないというルールがあります。「セックスはしなくても良いんだ」という価値観を持てるようになりましょう、ということですね。
――グループセラピーでは他にどのようなことが行われるのでしょうか。
津島:各自の症状や人生について話すのですが、とても共感できるものがあったりします。共感すると性的な渇望も少し落ち着くんです。
先ほど漫画を通して理解してもらうことが私の治療にとってもプラスだとお話しましたが、自分のことを分かってもらったり、相手に共感するというのが治療にはとても大切です。性依存症者を治せるのは性依存症者しかないといわれているほどです。
――作中では、セックス依存症に完治はないと語られていました。津島さんご自身では「こうなればゴール」というイメージはありますか?
津島:セックス依存症者にとってのマスターベーションは、アルコール依存性者の「最初の一杯」と同じだといわれています。私としてもこれは良く分かります。マスターベーションをすると、また渇望が強く帰ってくる。
いろいろな先生にお話を聞いていると、中には「少しずつ回復して、コントロールできるんじゃないか」という人もいます。でも私の場合は無理なんじゃなかなと思っています。理解してもらえないかもしれないですけど、セックスはしたいんですけど、したくないんですよ。なるべくしないで済むんだったらしたくないんです。狂ってしまうので。
――この薬を飲めば治ります、というものでもないですし、難しいですね。
津島:そうですね。一応男性の場合は勃起を抑える薬を出す治療法もあるらしいんですけど、基本的にはそういった手法も確立されていません。中には去勢してしまえと言う人もいますが、私の感覚では性欲とは別なので、無駄だろうなと。心の問題なので。
――世間的な理解を広めるには何が必要なのでしょうか。
津島:やはり当事者が正直に話していくことが大事かなと思います。私がなぜ顔出しをしているかというと、私自身の抑制のためでもあるんですね。周囲に知ってもらえると、自分がおかしくなったときに止めてもらえるじゃないですか。
――それもアルコール依存症に似てますね。
津島:アルコール依存性の場合も周知していれば飲み会で「君は飲まなくて良いんだったよね」と言ってもられる。でも知ってもらわないと、周りも「飲んで飲んで」と知らずに勧めてしまいます。
とはいえ難しいです。言えば周りの人……特に異性は去っていきますから。それで孤立して症状が悪化したら逆効果です。
ネガティブな意見はあって当然
――津島さんは公言されて何か周囲に変化はありましたか。
津島:私は変化がなくて(笑)。なぜかというと、性依存性者の人は仕事関係や友人関係をどんどん切り捨てて、孤立していくんです。
性的な関係だけが重要なのであって、友人関係などは邪魔になるんですね。友人と遊んでる暇があったらセックスがしたいと思ってしまう。私も全然友達がいない状態になってしまったので、周りの変化は無い状態です。親とも絶縁してますし。
――ネットでの反響についてはいかがですか。
津島:ネガティブな意見で落ち込みたくないので、実はまだ見られていません。
――NHK NEWS WEBのインタビュー記事など、真面目な問題として前向きな議論を呼んでいる印象があります。
津島:そうでしたか。とはいえ、私としてはネガティブな意見が巻き起こって当然だと思っています。アルコール依存症でも今はだいぶ理解が進みましたが、かつては「ただの飲んだくれ」とか「根性がないだけ」とか見なされてきたじゃないですか。
特に性的な被害に遭った方だとか、そこまでいかなくても、例えば「浮気する男性は死んでしまえ」という意見だってあるわけです。「病気を理由に正当化するな」という意見もあるでしょう。
私の漫画ももっと有名になれば、確実にもっとネガティブな意見にさらされるはずです。でもそういう論争がなければ、世間に認知されることもないと思っています。
(C) 津島隆太/集英社
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