昨年、仕事の人に誘われて、とある交流会的なものに参加したことがある。それなりに有名なライターさんも来るし、来てみたら面白いですよ、と言われてやってきたのは都内某一等地。とってもいい場所に入居しているとってもいい会社である。
そこに行ってみて、タダ酒を飲みながらインターネット業界の業界っぽいお話なんぞをするわけである。いや〜、おれも随分業界スレしてきたなと思いつつ適当にフラフラしていたら、やってきたのはその某社の新入社員の女性。名刺を交換してほしいという。特に断る理由もないし、そもそもそのために来ているわけだから、ホイホイと名刺を交換する。
で、当然ながら「今までにどんなお仕事をしてらっしゃるんでしょうか……?」というような話になる。携帯で自分が書いた記事を検索して見せるおれ。「すごい! かなりリツイートされてるじゃないですか!」と褒めてくれる新入社員氏。いやあそれほどでも……などとヘラヘラして答える。その後も新入社員氏は教えた記事をジッと読み、仕事のことなどいろいろ聞いてくれる。
正直なところ、悪い気はしない。考えてもみて欲しい。23歳くらいの、自分より10近く年の離れた若い女子、それもまあまあ近い分野で仕事をしている女子が、「取材の時ってどういう準備をしていかれるんですか……?」と、それなりのリスペクトをにじませた態度で自分のことを褒めてくれるのである。しかもタダ酒だ。うれしく楽しくないわけがない。
ヘラヘラとあることないことを喋って名刺を交換し、そして当該の女子は翌日にはちゃんとおれのアドレスに「昨日はありがとうございました」的なメールまで突き刺していた。文面も、一応ちゃんとビジネス的なある程度の堅さを保ちつつ、昨日の会話の内容も盛り込んでそれなりに親しさも感じさせるちょうどいいやつである。「とても楽しかったです!」「ぜひ機会があれば、今度またお会いしたいです」みたいなことまで書いてある。これに返信しないといけない……となった時、おれはハタと考え込んでしまった。
ひょっとして、この状況には権力勾配がちょこ〜っとだけ発生しているのではないか。確かにフリーライターと新卒の女性社員なので、利害関係はさほど強くない。おれは彼女の上司でも得意先でもないし、まだ彼女にはおれに仕事を割り振る権限はない。客観的に見れば、ほぼフラットな状況である。しかし向こうからすればおれは10も年の離れた「業界の先輩」であり、会社に来たお客さんであり……という具合で、気を使って当然の存在として扱われている感じがする。微妙なところだ。
しかもなんだか、言外に「食事に誘ったら来てくれそうな雰囲気」まで漂っている。いやわかるんですよ、勘違いだと思うよおれだって! というかおれは、そういう気配が「勘違いでしょ」という程度に微妙にふんわりと漂っているから困っているのだ。前述のうす〜い権力勾配を盾に押し通せば、なんかイケそうな感じがある。いや、別におれはデートに行きたいわけでもワンチャン狙っているわけでもないが、さりとてツンケンしたいわけでもない。これは一体どう返信するべきなのか。
おれはネットを検索し、例文やノウハウを探し回った。しかし、ないのだ。どこにも「相手を落とす前提」ではない、普通のフラットな、キモくないけど性欲を感じさせるわけでもない、堅過ぎず柔らかすぎない、そんなメールの書き方はどこにもないのである。やむなくおれはライターとしての能力を75%ほど動員し、まあこれなら大丈夫だろうというものを書いて送った。文章の内容はここでは出さないが、普通に敬語の、ビジネス寄りの、さほど面白くない返信である。
おっさん1年生たちよ、クリーンであれ
ここからが今回の本題なのだが、現代の日本はおっさんが褒められすぎな気がする。おれは今32歳。ギリギリおっさんの手前というか、これからおっさんになる年齢、おっさん1年生という歳である。32歳程度ですら、初対面の新入社員女子にあんなに過剰に褒められ、そしてなんか捉えようによってはワンチャンあるかもとか思ってしまうメールを投げられるのだ。それ以上の歳だと一体どうなってしまうのか。想像するだに恐ろしい。
これが困るのは、なんで自分がこんなに褒められているのかを自分で理由づけしなくてはならないということだろう。
なんで褒められているのかといえば、そりゃ褒めといた方がめんどくさくないからに決まっている。褒められて機嫌を悪くする人というのも中にはいるかもしれないが、そう多くないだろう。それなら権力勾配において高い位置にいるおっさんはほめといた方が無難である。
しかし、おっさんからすれば、ある程度の年齢になったらいきなり周りから褒めてもらえるようになった……というふうにしか見えないはずだ。なぜこの若い女はおれのことをこんなに褒めてくれるんだ……? 疑問に思った時、「ひょっとしたらこいつはおれに気があるのではないか」と驚異的想像力を働かせてしまったおっさんがいたとしても不思議ではない。キャバクラとかなら、チヤホヤしてもらえる理由はわかる。あれはお金を払ってチヤホヤしてもらいに行く場所だからだ。しかし、仕事で関係がある若い女性がいきなり褒めてくれる理由はわからない(いやまあ、答えは「おっさんだから」なんですが)。金も払っていないのに褒めてくれる。まさかこいつ、おれに気があるのか……?
多分そういうおっさんは実在する。セクハラや性暴力事件が発生したとき、加害者側のおっさんが「被害者の女性は私に性的魅力を感じていたのだ」と言い張っているところを見たことはないだろうか。おれの想像だが、おそらくあれはマジで言っている。本人的には筋が通っているのだ。だってあんなに褒めてくれたんだから……!
由々しき事態である。片方から見れば処世術だったのに、もう片方から見ると恋愛(下心含む)なのだ。この最悪な誤解を防ぐには、おっさんサイドが受け身をどうやって取るかという点にしか解決策はないと思う。つまり、どれだけ褒められても「相手はおれに気がない」と念じ続け、もし仮に万分の一の確率で相手に本当にその気があったとしても、うまく見なかったふりをする。そういう、人間関係において受け身をとる技術を持つ人畜無害なおっさんこそが、真のジェダイ、選ばれしものということになるだろう。
最近ネットでは「おっさんにはなろうと思わないとなれない」「自分からおっさんになろうとしないと、中身だけ若いつもりなのにガワと常識がどんどん古くなったキモい生き物が爆誕する」という意見をよく見るようになった。そこに「おっさん褒められすぎ問題」が絡まったとき、事態はより一層深刻になるだろう。すでにちょっと昔の常識で固まったままおっさんになってしまったおっさんにこれを言っても、さして効果や変化があるとは思えない。しかしこれからおっさんになる人間、おれくらいの年齢の人間なら、まだクリーンなおっさんになるルートも残っているのではないか。
おれが最も敬愛する男の一人、モーターヘッドの無敵のフロントマンにしてロックンロールのアヤトラであるレミー・キルミスターは、かつて繰り返し「Stay clean」と歌っていた。この歳になって、なぜレミーが「クリーンであれ」と叫んでいたのか、少しわかった気がする。ある程度の年齢になるとクリーンでいるのが難しくなるし、しかしクリーンでなければ即座にキモくなってしまうのだ。恋愛なんかより先に、人畜無害でステイ・クリーンなおっさんでありたい。そのためにどうすればいいのか、ものすごく知りたい……! おれは今、心の底からそう思っている。
編集部からのひとこと
- 人間的に魅力的なおっさん(かっこいい先輩)にもっと会ったほうがいいのでは(男性編集T氏)
- 魅力的なおっさんに会うのも大事ですが、逆にクソダサいおっさんを見るたびに「こうはなりたくないな」と思うのもアリだと思っています。あと俺はしげるさんと同い年ですがもうおっさん5年生みたいな気持ちでいます(男性編集I氏)
- 「部下の女はみんな俺に好意を持っている」とか「取引先の女子は簡単にヤレる」みたいな話を聞くたびに社会に絶望するのでクリーンなおっさんは本当に増えてほしいです。しげるさんたのんだ!(女性編集A氏)
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