灰色のボールペンだけをひたすらレビュー 同人誌『色彩豊かな灰色のボールペンの世界』が究極にシンプル:司書みさきの同人誌レビューノート
作者さんは灰色のボールペンをどのように使っているんだろう。
梅雨に入ってしっとりした空気が街を覆っています。蒸し暑い日もあれば、ひんやりとした気温のときもあり、その行きつ戻りつが、夏に向かうのを感じさせます。季節と季節のあいまいな空気、暑いと寒いのあいだの気温……今回はこんな季節に似合うのかも? な、白でも黒でもなく、灰色インクのボールペンを紹介した同人誌です。
今回紹介する同人誌
『色彩豊かな灰色のボールペンの世界』A5 12ページ 表紙・本文モノクロ
作者:和泉葛城
市販で購入できる灰色インクのボールペンを淡々と、しかしこだわりのレビュー
こちらのご本には、計6本のボールペンがレビューされています。そもそも灰色インクのボールペンについて考えたことのなかった私から見ると、6種類もあることが驚きですが、作者さんは理想の灰色ボールペンを求め、インク一つの表現も「青っぽくもなく、赤っぽくもなく、墨を薄めたと言うべき色合いは、他のペンにはない独特の風合いがある」と、淡々としながらもこだわりを見せてつづられています。使い心地や、インクの残量が見えるかどうかと言った視点からもチェック。どれも街の文房具屋さんで手に入りそうな、親しみあるメーカーさんのボールペンばかりで、今度ボールペンのコーナーをのぞいてみようかな? と気分が盛り上がります。
画像は白黒写真1枚だけ。あとは文章で勝負!
ボールペンの紹介は基本的に文章のみで、あとは製品の写真が1本につき1枚載っています。本文もモノクロ印刷なので、表紙からずっと白と黒とグレーで構成されたページがストイックに続きます。そこに色を添えるのが、灰色インクの描写。「赤や茶といった暖色によった、ウォームグレイともいうべき色」といわれると、一口に灰色インクとまとめてしまっていたものの多彩さを知り、自分の目でどんな色なのか、どんな濃さなのか確認したくなってきます。しかも時折「パリッとしていて、スッと目に入る」と抽象的な表現も混ぜられると「パリッと…!?」と、ざわざわかき立てられてしまいます。
作者さんは「ボールペンのカラーバリエーションは豊富になったのに、灰色インクのボールペンが少ない」ことを憂いてご本を作られたのだそうです。「増えてくれればいいが、そういう気配もない。であれば、今ある灰色のボールペンを見ていくしかない」と、淡々と、しかし決意のにじむ言葉を述べられています。しかし、なぜここまでして灰色のボールペンを求めるのかは、ご本を読み通しても全く分かりません。
いえ、お気に入りのボールペンが販売停止になったことがきっかけなのがあとがきで分かるのですが、そもそも灰色ボールペンをどのように使用しているのか、どうすると使いこなせるのかなどという使い方のアプローチはゼロ。潔い良い作りです。灰色ボールペン門下でない者は置いていく! 灰色ボールペン坂を上るヤツだけがついてこい! という気配が、ご本の装丁、構成、レビュー全体に浸透しています。表紙込み12ページのコピー本にぶれがありません。
熱意の理由は結局分からず! 自分の小さなこだわりを本にする面白さ
かといって読者に不親切かと言えば、決してそんなことはないんです。ぱっと見ただけで何について書かれているのか、一目瞭然の表紙とタイトル。製品名、メーカー、価格などの基本的な情報をきちんとまとめていらっしゃることや、1ページに1製品というレイアウトも見やすいです。
それなのに……いえ、それだからこそ、なぜそこまでして灰色ボールペンを求めるのかが気になってしまうのかもしれません。けれど、作者さんは多くを語りません。そうなると文中からわずかに垣間見える描写や評から個人像を拾ってみたくなるものの、分かるのは「ユニボール シグノを中学生のころに使っていた」ことと、“ガンダム使っていける”という語(誤変換?)から、ガンダムに親しんでいらっしゃるのではないかという推察ぐらい。多くを語らない、必要なところを書いて、作って、本にする。どこにこだわりポイントを置くのかは、自分で決めてます! という、自分のこだわりを自分のペースでまとめる同人誌の良さをさらりと見せているようなご本でもあると感じました。
今週の余談
夏の大きな同人誌即売会、コミックマーケットの参加サークル当落も発表され、梅雨から暑い季節への移り変わりがひしひししますね。「まだカタログも出てない時期だし……」とつい謎の余裕を見せてしまうので、気を引き締めて掛かりたいです。
みさき紹介文
図書館司書。公共図書館などを経て、現在は専門図書館に勤務。自身でも同人誌を作り、サークル活動歴は「人生の半分を越えたあたりで数えるのをやめました」と語る。
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