「サラリーマンと土器はお似合いだと思う」 縄文時代が日常にあるBL、同人誌マンガ『縄文だいすき』に土器土器する:司書みさきの同人誌レビューノート
緩い作風だけど情報量が多い。
雨ですね。2019年は梅雨が長いようで、雨雲が毎日空を覆っています。新調した傘も大活躍してくれています。最近は通気性の良いレインコートや、おしゃれな長靴もたくさん見掛けるようになりました。日々を過ごしているうちに、どんどん便利になっていきますね。傘やレインコートがない頃はどうやって雨をしのいでいたのかしら……と思いを巡らせます。今回は傘やレインコートがまだなかった時代、縄文時代に心ひかれる作者さんが描かれた創作マンガをレビューします。
今回紹介する同人誌
『縄文だいすき』A5 32ページ 表紙1色刷り・本文モノクロ
『なんてったって縄文人』A5 40ページ 表紙1色刷り・本文モノクロ
作者:歯茎
貝塚はデートスポット。縄文が日常にあるBL
『縄文だいすき』は会社員の友野さんと、同じ会社の営業マン甲斐さんの、男性2人の現代の日常を描いたマンガです。縄文時代のことが好きなのは甲斐さんの方で、街中を歩いているときに貝塚を発見して目を輝かせる程の熱中っぷり。ですが、一方の友野さんも実は元カノが縄文時代好きだったという、縄文になかなかのご縁があるタイプです。
ここまでレビューを書いた時点で、縄文という文字が頻出しているのですが、作中にも縄文時代に関することや土器が随所に織り込まれています。例えば千葉県にあるマスコットキャラがかわいくてモノレールで行けるデートスポットと言えば……加曽利貝塚! 加曽利E式土器を頭に乗せたマスコットの“かそりーぬ”や千葉モノレールで行けることを嬉々(きき)として説明する甲斐さんの笑顔がいいです。大好きな友野さんと大好きな貝塚に出掛ける予定ができて、なんともうれしそうな甲斐さん。よかったねよかったね! と声をかけたいくらい、ふたりの恋愛はまた始まったばかりで、そこには常に縄文時代のことが絡んでいるのです。
ときめく出会いも、男女のなれそめも、土器と文化が絡んで……
ご本の中では友野さんの元カノ話や、甲斐さんの学生時代のエピソードといった番外編的なお話も語られますが、描かれるのは2人ばかりではありません。
なぜかタイムスリップで縄文時代に行ってしまい「縄文中期のムラは見方によっては夏フェスの会場みたい」と感想を述べるお姉さんは、すてきな縄文人にときめきかけるも、抜歯された姿を見て、現代感覚とのギャップに涙。
出張に向かいながら「やっぱ先輩の奥さん 土器作りうまいっすねー」と語る、謎シチュエーションのサラリーマンは、会社受付のすてきなお嬢さん(シンプルな土器がうまい)に一目でひかれて……と、いくつかの短編でご本が編まれています。それらのテーマを探すとしたら、ほのかな恋心、でしょうか。誰かが誰かを好きになるという、優しい気持ちをベースにしつつも、そこには必ず縄文時代が顔を出します。きっと作者さんは毎日毎日、土器と貝塚と土偶のことを考えて生活してらっしゃるに違いない! と言いたくなるような、縄文ネタの数々なんです。
縄文に恋する人たちは、みんなほんわか人間模様
BLに限らず描かれる短いマンガは、どれも身近な現代の生活が出発点で、登場人物たちの気取ったところのない率直なゆるさが、力を抜いて読むことができます。そのなかにしっかりと主張される縄文時代ネタ。でもそれが決してくどくなく、意外にも日常にマッチしているように思えるのは作風が大きいのかもしれません。
さっくりした線、テンポの良い短めのセリフが行きかう会話、さっぱりめの画面などが、ちりばめられた縄文ネタとちょうどいいバランスになって、ちょっとした緩やかなほほえましさと、本来ならとっぴな存在になってしまいそうな土器や貝塚とを上手にミックスしているのではないでしょうか。
そしてあとがきに「サラリーマンと土器はお似合いだと思う」と、さらっと提案してしまう作者さん。何げなく書かれた短い文章故に、全く未知の組合せのものでありながら頭の中で何度も練られたものがぽろっと漏れてしまった、本気故の情念を感じます。縄文時代への興味と愛情がそこここににじんでいるのがまた味わい深く、ほのぼのする1冊です。
今週の余談
ふと手が空いたときに、編み物をしています。ほんの少しの隙間に手を動かすだけで気分転換できて、すごく面白いですよー。夏っぽい素材のバッグが完成しました! 気分転換のつもりが熱中しすぎ……に注意ですね。
みさき紹介文
図書館司書。公共図書館などを経て、現在は専門図書館に勤務。自身でも同人誌を作り、サークル活動歴は「人生の半分を越えたあたりで数えるのをやめました」と語る。
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104ページという力作。