作り手は「暴力表現」とどう向き合うべきか 「メギド72」プロデューサーのメッセージに「フィクションの作り手として誠実」と共感集まる:モバクソ畑でつかまえて
京アニの放火事件を受け、プロデューサーが公開したメッセージがユーザーの間で話題になりました。
先月19日に発生した京都アニメーションの放火事件を受け、スマートフォン用ゲーム「メギド72」のプロデューサーが発したメッセージが、プレイヤーの間で「フィクションの作り手として誠実」と話題になりました。現実に痛ましい事件が起きた時、フィクションの作り手はどうするべきなのか。特にそれが「暴力表現」を扱う作品だった場合、問題はより複雑になります。
プロデューサーが語ったメッセージとはどういうものだったのか。 モバクソゲーサークル「それいゆ」発起人であり、過去に「メギド72」も紹介してもらった「怪しい隣人」(@BlackHandMaiden)さんに、その内容や一連の動きを振り返ってもらいました。
ライター:怪しい隣人
出来の良くないソーシャルゲームを勝手に「モバクソゲー」と名付けて収集、記録、紹介しています。モバクソ死亡リストは500件を超えました。年々ソーシャルゲームが複雑になり、ダメさを判定するのに時間がかかるのが最近の悩みです。本業はインフラエンジニア。そのためソーシャルゲームの臨時メンテは祭り半分胃痛半分な気分です。
注目を集めた「プロデューサーレター」
最近SNSなどでも話題を見ることが多くなったような気がするメギド72。リアルイベントやファミ通の特集、さらにはプチオンリーイベントの開催などもあり、人目に触れる機会が増え、ユーザーが増えているのでしょうか。
そんな中、7月29日に公開されたプロデューサーレターが一時、ユーザーの間で大きな話題になりました。その内容が大変興味深かったので、自分が感じたことをここに記しておきたいと思います。
「ストーリーをスキップしてほしい」――異例の呼びかけはなぜ
プロデューサーレターの内容は、次回のイベントに絡めた、同作の創作姿勢の表明ともいえるものでした。次回イベントが暴力や狂気をはらんだ内容であることに触れつつ、先日起こった京都アニメーションの事件を踏まえ、そういった内容から心理的に距離を取りたい人は「ストーリーをスキップし、バトルやアイテム取得などのゲーム要素をお楽しみください」と宮前氏。そして、メギドの世界には暴力や狂気が存在しており、それらを描くことはストーリーやキャラクターの魅力を作っていくうえで不可欠であること、開発メンバーがそういった暴力を正当化しているわけではないことをあらためて強調しました。
メギド72の魅力はキャラクターや戦闘システム、そしてキツめのストーリーだと考えています。それを「飛ばしてもいい」というのはよほどのこと。おそらくイベントの内容が事件を想起させるもので、もしかしたら書き直す時間がなかったのではないだろうか……。そんな想像をしながら、どんなイベントが来るのかと思いながら開催当日を迎えました。
結果はと言うと……いつも通りのイベントでした。死人は出ますし、事件を起こす存在は悪意から事件を起こします。そして主人公側も絶対的な正義ではありません。ですが、事件を想起させるような要素はなかったように思います。イベントの最終章をクリアした後にトンチキな歌が流れ出すところも含めて、実にメギドらしいイベントだったなあと思います。
イベントを終えて、あらためてプロデューサーレターの内容を振り返ってみると、これは今回の事件に限ったものではなく、今後のことも考えてのことではないか、と感じました。
それでも描かねばならないものもある
プロデューサーレターでは、作中の暴力描写に関するスタンスが表明されています。イベントの内容が事件を想起させるものではないにもかかわらず、このような一文を発表したその行為に、表現の中で暴力行為を描くということへの意識の強さを感じさせられました。
メギド72では、これまでも多くの暴力描写や残酷描写がありました。特に印象的なのは、とあるイベントで登場する少女がひたすらひどい目に合う話です。こちらはプレイヤーの間では「今なら虐待児童が無料配布」などとネタにされていましたが、それも今回のプロデューサーレターにもあったように「幸せな出来事ばかりではないが、それを乗り越えて行く主人公たち」を描くためのものでした。もちろん、ゲームの世界では笑う人も、現実にそういう事件が起きれば痛ましいと思うはずです。
しかし、だからといって、ゲームの描写を自粛しても現実の被害は減りません。物語を描く行為と、現実の事件は別物と考えるべきです。もちろん「これは架空の作品であって現実とは関係ない」と必要以上に開き直ることもよくないことだと思います。
問題が起きたときに動きを止めず、自分たちの主張を通すのは大変難しいことです。ですが、今回のプロデューサーレターはその難しい行為を行おうとしている、そんな印象を受けました。たとえどんなに残酷で暴力的な物語でも、それは表現されてから批判されるべきであり、その表現を自粛するとか、表現をやめろと圧力をかけるというのはあってはならないことです。それに挑戦しようとしているプロデューサー、ならびにスタッフには敬意を払います。
※画像のキャプションを一部修正しました
このプロデューサーレターは、既存のファンに対するアピールとしては絶大な効果がありました。SNS上での反応を見ると「フィクションの作り手として誠実だなぁ」「公式、大好きだ…………」など、肯定的な意見が多くみられます。これから未プレイの人間がメギドの暴力描写に不満を述べることがあれば、ファンはこの一件をもってその理不尽に立ち向かうでしょう。特に暴力描写への批判に対して、「よくないことだと思う人がいるのは分かっている、だがそれでも描かねばならないものもあるのだ」と作品の送り手側が語ったというのは、ファンにとって大きな精神的支柱になるのではないでしょうか。そういう意味で、今回のプロデューサーレターは見事な施策だと思いました。
イベントシナリオも読み返せる機能をぜひ……
と、ここまで褒めてきたプロデューサーレターですが、ちょっとした問題もあります。「つらいなら無理して読まなくてもいいですよ」というのは分かるのですが、現在メギド72にはイベントシナリオの読み返し機能がありません。イベント自体が復刻されることはありますが、過去に「復刻にあたって(キャラクターやストーリーの整合性のために)シナリオを書き直す」というケースが何度かあって、一度見逃したら二度と同じものが読めない可能性は否定できません。読み返し機能がつかないのはこの「書き直し」があるからではともいわれていますが、そろそろ書き直しも少なくなってきたことですし、ぜひ実装をご検討いただければと思います。イベントで流れる愉快な歌もシナリオを読まないと楽しさ半減ですし。
歌といえば、今回のイベントでは最後にトンチキな歌が流れ出すくだりがあるのですが、歌っているメンバーの共通点は「ハイドロボム」という能力を持っていること。この能力、イマイチ使い勝手が悪くプレイヤーからは不満の声が多いのですが、そんな「ハイドロボム」持ちのキャラクターがそろって歌うという斜め上の展開に、一時はSNSのがそのネタ一色になり、ハイドロボムへの不満もまるで塗りつぶされてしまったようでした。もちろん、運営もハイドロボムのテコ入れはちゃんと準備していて、今回のイベントはその予告の意味合いもあったのですが、とはいえこんな形でユーザーの不満というか、SNSに漂う空気を解消しようとしたゲームは見たことがありません。
硬軟取り混ぜたファンへのサービス精神旺盛な「メギド72」、今回の一件は既存ユーザーへのアピールとしては大変すばらしいものだと思いました。こうした姿勢がもっと知られ、実はしっかりとした思想の上に運営されているゲームであることが、これから入ってくる人にも伝わってくれるとうれしいな、と思います。
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