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少女娼婦の不協和音 切り離された肉体が汚れてもお前は完璧に美しい Lv. 近衛りこ美しいだけの国 ――東京レッドライン(1/2 ページ)

アレキサンドライト――#5。

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東京レッドライン


連載:美しいだけの国 ――東京レッドライン

小説家・鏡征爾による小説とSNSで注目を集めている被写体とのコラボ連載。超環境型人工知能とテクノ人間主義者が世界を操る近未来の東京を舞台に、失われた感情を取り戻そうとするアンドロイドを描く物語。6月の誕生石「アレキサンドライト」から生みだされた擬人化モデルは近衛りこ

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 白。
 橙。
 緑。
 黄。
 赤。
 紫。
 藍。
 灰。
 白。

 光の信号が点滅する。
 信号が音のパターンに変換される。
 パターンが記憶の洪水の中で爆発する。

 きみは歌おうとしている。

 調律すら施されていないその叫びは歌にもならない。
 感情を感傷に転化させる力さえもたない。
 そこにあるのはただ不完全な衝動だ。
 それでもお前はまだ何かを欲しがっている。
 その伽藍堂の胸をふるわせて、歌おうとして、爛れたのどをおさえて、あがいてる。

 光なんて、しらないと思っていた。


東京レッドライン

  回想 人格-転写前

 私は少女娼婦だった。首から下を人工器官につくりかえられた。白く眩しく美しい。そんな人形化された肉体を手に入れて、私はとても満足だった。

 脳はそのままだったから、意識ははっきり保てた。私は自分が純白のドレスを脱ぐたび、自分がつくりかえられていくように感じた。

 この街は汚れている。人間は汚れている。だから自分が汚れているとは思わない。ただ環境に適応しているだけだ。そして環境に適応するあらゆる存在はいつの時代も美しい。
 自然状態にある動物がそうであるように、機械化された環境に生きる私は動物だ。人形化された動物に意志はない。意識はない。

 この世界では意志のないものが美しい。
 この世界では意識のないものが美しい。

 いつの日か、誰もがそうなる。
 遙か昔に死に絶えた学者は言う。
『あらゆる仕事はセックスワークである』

 何が正しいかを考える必要はない。正義はAIが決める。人間の意志もきちんとある。機械化された近未来のディストピアを避けるために13人の人格を転写された電解質な泉に浸されたトランポリンの巫女がAIの指令を受けてビクビクと肉体を痙攣させながら未来を決定する。

 からだはすぐにダメになる。5年も保てばいい方だったが、私は3カ月おきに取り替えた。自分の細胞からつくられた有機体と無機体の合成素材からなる極上品だ。誰も文句はいうまい。あえぎ声は脳内機能イメージングを改良させた客の周波数帯を検知し、合成音楽によって快楽物質として脳内に流させる。そこには微妙に調節された不協和音を孕んでいて、その歪みが表面的には美辞麗句を並べ立ててくる人間の、人格の歪みのようで愉しい。

 客をとり、汚れた衣服を変えるように、肉体を変える。
 肉体を変えれば、汚れは残らない。シミひとつ残らない。手首の傷も残らない。
 私は美しいままだ。
 巫女の指令に従い、売春AI法が制定された未来に、薔薇色の宝石に囲まれ、輝きの中を何不自由なく生きる。

 そんな日々だった。

「なぜ笑ってる?」

 1人の男に出会った。新宿の歌舞伎町裏。Tビルの路地裏だった。蒼白い放射能の残り火がチロチロと燃えていた。
 私は泣いていた。
 私は泣きながら笑っていた。

 2040年の冬の終わりだった。そのとき私はもう15歳になっていた。
 自分に残された寿命があと僅かであることを神託により知っていて、それが暴力的なほど嬉しかった。早く私の頭蓋を快楽物質で満たしてくれ。



 東京2019

 2019年8月11日。私は書斎に籠もり、この物語を執筆している。
 東京の繁華街の路地裏に位置する、書斎とは名ばかりの雑居ビルの一室である。傷害事件に見舞われた翌日。絆創膏だらけの顔で祖父の葬儀に出席した直後に契約した、2年契約の賃貸物件である。
『それがメルクリウス社社員の婚約者と、タイプRの出会いだった■』
 そんな風に物語の続きをタイプして、つまらないな、とすぐに打ち消す。

 私は此処で『美しいだけの国』と題された近未来小説を書いている。

 詩的な小説とフォトアートの連載。
 被写体には直観的に人間味のない人間を、アンドロイド役として起用する。
 その話が大手ポータルメディアの企画会議に回された時、脳裏に浮かんだのは、とあるロボット工学者の言葉だった。

 人間は無機物から生まれ無機物に戻る。

 何十億年もの年月をかけて生みだされた鉱石は、研磨を重ねて、光り輝く宝石の素材となる。

 太陽の寿命が残りあと何年か忘れたが、そう遠くない将来やってくる。その時、たしかに人間は無機物に戻るだろう。

 だとすればそれを加速させて、宝石から生みだされたアンドロイドにしよう。

 そして、物語の中だけでも、失われた願いを成就させたい。

『デ・アニマ』或いは『プシュケーについて』でアリストテレスが魂について哲学的な考察を加えたが、その古代ギリシアの霊魂論の発展段階に、鉱物を加えることを着想した。

 無機物にも、魂は宿るのだろうか。そんな問いかけが、立て続けに親戚や知人を無くした、自分にはある。

 最近消失した、才能に溢れたからだがあった。その内実は、あまり深くは語りたくないし、語らない方がよいのだろうと思う。

 こういうときに交友関係の深さが邪魔をする。

 私は燃え尽きたものが消えてなくなるとは思いたくないのだ。

 その美しい存在には、焦がれた存在があった。その想いを、せめて物語の中だけでも成就させたい。

 そんな気持ちで、いま、この物語を書いている。
 情けない話ではあるが、ここ1カ月ほど、ベッドから起き上がれない状態が続いた。連載は遅滞した。断念することを何度も考えたが、人間には、裏切ってはならないものもある。

 だが私の意志は、私の願い以上に、私の感情を裏切っていた。

 指が、動かなかった。

 人間のからだは簡単に壊れる。
 そして人間の心も簡単に壊れる。

 暗闇のなか、流れては消えるヘッド・ライトを眺めながら、思う。

 光は消えても、残像は残る。
 肉体から離れた魂が、彼岸の世界に残るように。

 壊れても、壊れても、壊れないものが、この世界にはたしかに存在する。

 だから、私は電子人形をコナゴナに破壊しなければならない。
 物語ごと壊して壊して壊し尽くして、それでもなお残る、何かを見つめなければならない。
 失われたものが元通りになると、完璧に美しいまま、あらゆる物事が取り戻せることを、示すために。



 私はいま、どうやって落合博満の神主打法でメルクリウス社製の敵のアンドロイドをメタメタに破壊できるかを考えている。

 金属バットは不知火のように。
 祈祷する神主を模して編み出された神主打法。

 骨の歪曲するほど鍛錬を重ねた――、
 一線級の投手から繰り出される打球を尽く跳ね返す神の打法。

 落合博満。

 時刻は夜。
 暗闇の中、NHK裏の代々木公園の中心で私は必死にバットを振っている。



 2046 美しいだけの国

 電子化された細胞が、バチバチと火花のように蒼白い輝きを放っていた。
 僕は、その蒼白い電子の火花に揺らめくアンドロイドの、美しい横顔を見つめていた。

 かつての【恋人】の死体を見つけたアンドロイドは、失われたはずの記憶が迫り上がろうとしてくるのを前にして、苦痛を感じているようだった。

「ウゥ……」

 頭を抑え、無機質な笑みを湛え、うめいている。笑ったり、哀しんだり、苛々した素振りをみせたり、プログラム化された仕様によって、表情が次々に切り替わる。

 その瞳からは、ガチガチと涙が流れている。

 ここが潮時か、と僕は思った。
 教会の告解によって、娘を陥れた婚約者を探し出してほしいという依頼は、大金を詰まれた瞬間から、あやしいと思っていた。

 僕は、金属バットを取り出した。

 両手を天高くかざし、ゆらゆらとバットを揺らめかせる神主打法。
 スクエアスタンスで腰を落とし、標的を捉える。

 バッターボックスには、壊れ始めたアンドロイドがいる。

 人形整備士の自分は、「それ」が最も適切な方法であることを、知っていた。
 アレキサンドライト。その限りなく美しい宝石は、輝きを失い始めた。

「大丈夫だ」
 僕はアンドロイドに繰り返した。
「全部元通りになる」

 そうして、指を動かす。腕を動かす。足を動かす。腰から上体を連動させる。 閃光のように白い帯となってバットが流れ、加速させた身体が空を切る。


『 』


 あたりにはぜえぜえとあえぐ、呼気だけが響いている。
 渾身の一撃はタイプRの頭上を越えて星が見える。
 標的は咄嗟に足元でうずくまっている。
 その破壊に対する回避選択は、プログラムにはなかった。

 初めて電子人形が心を取り戻してみえた瞬間だった。


東京レッドライン

  2019 東京


 果たして愛とは何だろうか?
 与え尽くすことが愛だろうか。奪い尽くすことが愛だろうか。
 傷を与え、元通りに復元させることが愛だろうか。

 私の顔面には未だ事件の裂傷があるが、その傷痕はじきに消える。

 愛とは、相手を許すこと。
 私はJRのグリーン車で絡んできた酔っ払いを恨む気持ちはない。郊外に家を建てる――そんなバブル期の広告会社の宣伝文句に踊らされた、可憐な人種なのだ(そして自分の父親もその1人である)。

 人生とは何が正解かわからない。
 そしてその不正確な正解に、ときにわれわれは感謝する。

 だからこそ私には帰るべき場所があるし、自然の中でススキやハマボウフウなどの草木に触れ、花の蜜を吸い、共同体の中でカブトムシではなくクワガタを捕獲して失望する、というニュータウンの体験ができたのだから。

 日常は美しい。生きるだけで幸福であってほしい。この日本国に生まれたすべての人に幸福を感じてほしい。

 それは幻となって消えた人間に対しても変わらない。

 消えた命がせめて物語の中だけでも願いを成就させることができるように、今日も私はキーボードを叩く。

 この1カ月、まともに小説を書くことができなかった。存在の消失だけが原因ではない。それだけのせいにするつもりはない。色々な要因が絡み合って1個の問題が構成される。

 人間の心は複合的だ。

 ベッドから薬剤を取り出さなければ起きあがれない状態だった自分は、ようやくこの物語を紡ぐことができるところまで回復した。

 タイプR。アレキサンドライト。6月の誕生石。

 その素晴らしい素材は、記憶を取り戻し砕け散る。そんな宿命にある。

 神主打法で打ち砕く相手は、せめてホログラム状に消えた愛だけにしたい。

 この世界に完全なる闇はない。完全なる光がないように。

 この世界に完全なる愛はない。完全なる憎しみがないように。

 果たして愛とは何だろうか。

 傷を与え、元通りに復元させることが愛だろうか。
 傷を与えられる前より、美しく花開くことが愛だろうか。

 美しく花開く痛みに満ちた光の記憶は、愛だけが与えることができる。



 記憶の壊れないアンドロイドは、その光を知っている。

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