「一緒に地獄に落ちましょう」 九龍城砦×恋愛マンガ『九龍ジェネリックロマンス』作者と担当編集が選ぶ“難儀な生き方”(1/3 ページ)
眉月じゅんさん&大熊八甲さんによる創作秘話。前編に続いてお届けします。
『恋は雨上がりのように』(以下、「恋雨」)の作者が描く『九龍ジェネリックロマンス』(以下、「クーロン」)は、東洋の魔窟・九龍城砦(くーろんじょうさい)の日常を丁寧に描いた恋愛マンガです。
【九龍城砦】香港の九龍にあった城塞。第二次世界大戦後に巨大なスラム街となり、「東洋の魔窟」と呼ばれた。カオスの象徴だったが、1984年の香港返還決定に伴い、取り壊し&住民の強制移住が発表。1993〜1994年に取り壊された。
ねとらぼでは、2月19日の単行本発売に合わせて作者の眉月じゅんさん、担当編集の大熊八甲さんにインタビュー。前編に続いて後編では「名編集者に育てられた話」や「週刊連載の過酷なスケジュール」、さらに「『恋雨』への勝算」や「人生の進め方」などを伺いました。第2話の試し読みとあわせてお届けします。
(取材:高橋史彦、福田瑠千代)
眉月じゅん
2007年に『さよならデイジー』で集英社の新人賞入賞。2014年にスタートした『恋は雨上がりのように』(小学館)でブレイク。2019年11月から『九龍ジェネリックロマンス』連載中。欲しいものは「時間」。昔は猫のアイコンだった。
大熊八甲
集英社・週刊ヤングジャンプ編集部所属。『ねじまきカギュー』『ワンパンマン』『干物妹!うまるちゃん』『ゴールデンカムイ』『明日ちゃんのセーラー服』などヒット作を連発している。ヤンジャンでの立ち上げ本数は現役最多(?)。
小学館の名編集者にマンガのベースを教わった
――眉月さんは「恋雨」でブレイクする以前、現在のビッグコミックスペリオール編集長・菊池一さんのもとで修行を積んだという話を聞きました。
眉月:めちゃくちゃしごかれましたね。でも、当時言われたことを結局いろんな節目で思い出すし、あのとき菊池さんに担当してもらわなかったらマンガをちゃんと描けなくなっていたと思います。「そもそもなんでマンガを描くかわかっていない」と言われて「はぁ?」と思ったけど、振り返るとその頃はただノリで描いていたなと。それだと絶対行き詰まるんですよ。デビューしてからくすぶっていた時期が長かったので、だんだん型にはめようとして……。
【菊池一さん】スペリオール編集長。2011年にスピリッツからスペリオールに異動し、2014年7月に編集長就任。以降、『響 〜小説家になる方法〜』(柳本光晴)のスマッシュヒットをはじめ、『岡崎に捧ぐ』(山本さほ)、『血の轍』(押見修造)、『GIGANT』(奥浩哉)、『ガイシューイッショク!』(色白好)といった人気作が誕生。トキワ荘プロジェクトのインタビューが面白い。
大熊:商品パッケージみたいものですよね。法則で描こうとする。
眉月:心で描くことが薄れて、力技でカバーしようとしていたところを指摘された感覚でした。菊池さんにはマンガのベースを教わりました。短編集にある『レバニラ』が一緒に作ったもので、収録作では一番好きです。あれは打ち合わせも描いているときも載ってからも楽しかった。でも、その後の連載ネームが全然うまくいかないうちにスペリオールに異動になり、私としてはもっと菊池さんのもとで修行したかったけど……。そのときに考えていた要素は私の中にずっとあって、それは「クーロン」に反映されているし、今後も反映していくと思います。
大熊:作家さんがもっている欲求の原型が後々の作品を経て戻ってくる。初期作にその作家のほとんどが詰まってる説というのがあります。
眉月:「恋雨」が評判良くなったあと、謝恩会で菊池さんに会ったんです。それで「今あるのは菊池さんのおかげです」と伝えたら、「でも私のときにはこうはならなかった」「見いだせなかった」みたいな感じで。「何をすねているんだ!!?」と(笑)。編集者としてはやっぱり担当時にヒット飛ばしてほしいんですかね。
大熊:人間臭いですね(笑)。そういう心理は多かれ少なかれありますよ。
眉月:それをぽろっと言っちゃうのが面白い。あと、「『恋雨』のような作風で跳ねるとは思わなかった」とも言われて。自分としては「短編集」「恋雨」「クーロン」は同じ枠にあるんです。陰陽師のシンボルでいうと、「白:恋雨」「黒:短編集」「重なっている部分:クーロン」みたいな。
――なるほど。「クーロン」がちょっとエッチな理由がわかりました。
眉月:新作をどんな内容にするか大熊さんと初めて話したときに「主人公は30代にしよう」と。10代はアキラちゃんで描ききったから、大人の女性、大人の恋愛をやることに決めました。ヤンジャンに大人のヒロインがあまりいないとも聞いて。
――第5話のペンキを塗る描写がとてもすごかったです。
眉月:あれはもう完全に私の趣味なんですけど、成人マンガを参考に仕上げました。描いていて楽しかったです。毎回同じ表現だと退屈なので、こういう変化球もあっていい。それこそ九龍は雑多なので、「クーロン」のテイストも雑多でいいのでは? と。
「一緒に地獄に落ちましょう」 コンビニとドラッグストアにしか行けない生活
――眉月先生の強み、ここを磨いたら跳ねると思うポイントはどこですか。
大熊:いっぱいあります。絵もそうですし、何といっても読みやすいというマンガ力、情報の込め方、人間洞察力、トーク力。グラフでいったら総合力の高い五角形ができています。
眉月:本当ですか(笑)。
大熊:向上心や挑戦心もすごくて。「恋雨」を描いたあとに異なることをやってしっかり勝負していこう、という。不安なのは生産面だけです。「クーロン」はアシスタントさんが1人、つまり眉月さんと2人で描いているんですよ。
眉月:今入ってくれている方はとても優秀なんです。町並みとかもほとんど描いてくれて。ただ、「ここは任せたいけど任せられない」という部分もあって。
――任せられない基準はあるんですか。
眉月:指示ができるかどうか。私自身、描きながら、トーン貼りながら作っていて。そうすると「こうしてほしい」「ああしてほしい」と言えないんです。どう指示したらいいかわからないのは、「恋雨」時代からの課題ですね。
――「週刊連載」をアシスタントと2人、あの水準でやるのは大変では?
眉月:スピリッツは休みのローテーションがあったんですね。だからヤンジャンで本当の週刊連載を知ったというか……もうずーっとマンガを描いています。全然外に出てないんですよ! コンビニとドラッグストアに行くだけ。年末もネーム作りで、私は2本でいいと思ったんですが、大熊さんから「3本で」と言われて。
大熊:一緒に地獄に落ちましょう。
眉月:そうそう、一緒に落ちてくれるタイプなんですよ。でも、そもそも落ちないようにしてよ(笑)。
大熊:そこは全力出してください(笑)。
眉月:それで12月31日の夜に3本目のネームを送ったら、0時すぎに電話かかってきて。「紅白でAI美空ひばりが〜」とか話してくれて。私の家にはテレビがずっとないので全然知らなかった(笑)。年末と正月が地続きでしたよね。
大熊:いいネームありがとうございました。
【週刊連載】2020年2月下旬より「2回掲載、1回休載」に移行するとのこと。
『九龍ジェネリックロマンス』は単行本向き
――年末といえば、第7話の「アオリ」が面白かったです。
眉月:あれ爆笑しました。もっとやってください。
大熊:怒られたらいやだなと思いながら……(笑)。雑誌の良さは生活に密接していることなので、読者と一体感を持てたら。
眉月:私も載ってから初めて見るんです。毎回楽しみです。
【アオリ】雑誌に掲載されている漫画の最終ページに書かれている短い文章。第7話は12月26日発売号に掲載され、本編とギャップのある内容で好評だった。第8話は次週休載を伝えるものだったが捻りがきいていた。詳細はネタバレになるので伏せる。雑誌やアプリで確認できる。
――第8話の文章も話題になっていました。気の利いたことを言うのは編集側も大変じゃないですか?
大熊:そうですね……。作品や作家さんをすべらすのは一番だめじゃないですか。そこは本当に恐怖です。多分遠慮しないことと、それができる関係性を築いていることが大事なのかなと。
眉月:アオリに関しては好きにやっちゃってください。でもコミックスには入らないんですよね。みなさんもぜひ雑誌でアオリ含めて楽しんでいただきたい。
――「クーロン」は夜にじっくり読んだら効きました。世界観がすばらしくて。8話でアレがあって1話から読み返すと「仕掛け」がいろいろ散らばっていました。
大熊:ありがとうございます。「世界観に浸れる」という意味では単行本向きだと思いますね。1巻は8話まで収録で、そこで眉月さんが“本来やりたかったこと”の前フリが終わってシフトチェンジします。ここから間違いなく大変な疾走感でいきますよ。
眉月:1回通して読んだあとに必ずまた1話から確かめたくなると思います。
――『九龍ジェネリックロマンス』というタイトルも「仕掛け」に気付くといろいろ考えてしまいます。クーロン、ジェネリック。もし医薬品のニュアンスだとしたら……。
大熊:「大人たちの一般的な恋愛モノ」はもちろん、いろいろな意味を込めています。タイトルもきっと巻に応じて違う姿を見せていくはずです。
――本誌以外でもアプリ「ヤンジャン!」や「となりのヤングジャンプ」で公開していますね。
大熊:近年は雑誌の部数が縮小していて、その代わりに読める媒体が増えています。読んでもらったら面白いと思ってもらえる自信があるから、たくさんのところで公開しています。
眉月:アプリはコメント欄が面白いです。掲載されたらバーッと見てますが、ハガキ職人というか、ああいうところで優れたことを言える人には憧れます。
リスクは承知で考える“漫画のテーマソング”
――「恋雨」のテーマソングは「フロントメモリー」でしたが、「クーロン」では何かあるんですか?
眉月:BARBEE BOYSの「C'm'on Let's go! 」が2人の曲かな。工藤さんはTHE BLUE HEARTSの「夕暮れ」で、鯨井さんはまだない。
大熊:鯨井さんのテーマソングが見つかるのは2巻、3巻と進んで「本当にやりたいこと」が出てきてからかもしれないですね。たまたまですが、甲本ヒロトさんの「夕暮れ」は僕も大好きで。唯一カラオケで歌えるくらい。
眉月:そうみたいです(笑)。曲を出すのはリスクもあります。知らない人には「何言っているんだ」となるし、知っている人にも「え、合わない。好きじゃない」となっちゃったらもう台無し。ただ前回の「フロントメモリー」は「誰がなんと言おうとそうだ」と決めて、今でも私の中では間違いなかったと思っています。
大熊:眉月さんのリスペクトポイントに「揺るぎなさ」がありますよね。そういう意味では男前でかっこいい。付いて行きたくなります。
眉月:そうかと思ったら、意外なところでコケたり。
大熊:それは走り出したからコケたのであって、もう一回走ればいいんです。
「クーロン」は「恋雨」を超える?
――大熊さんはほぼ日のインタビューで、「担当作家の過去の作品は超えたい。部数ではなくて、面白いという意味で」と語っていました。「恋雨」は強敵ですが、勝算は?
大熊:僕は立ち上げがメインで、一度大ヒットした方を担当するのは、今回の上司の引き合せとかじゃないとほぼないんですが、言い訳ではなく「正義」の種類はいくつかあると思っています。今は不景気なので「部数正義」がとても強い。それは間違いではないけれど、創作に対してのマイナスポイントでもある。「マンガの正義」はいろいろあって、例えば眉月さんが自分を出せたか、描いていて楽しかったか、部数が付いてきたか。「クーロン」は名作「恋雨」に並び、ある種こっちが好きだって言ってもらえるような正義のもと作っていきたいです。
眉月:新作では過去を超えたいですね。作品の善しあしというより、それこそ「絶対退屈したくない」という気持ちがあるので、より楽しくやりたい。それに「クーロン」の感想を見ていると読者層がちょっと違うように感じています。ヤンジャンに移行したからなのかはわからないけど、「『クーロン』で知って『恋雨』も読んでみよう」という方もいて。すごくうれしいですね。やっぱり新規読者の獲得って難しいじゃないですか。
大熊:眉月さんが挑戦しているから開拓できてるんでしょう。ぜひ多くの方に「恋雨」「短編集」と読んでいただき、眉月さんの変遷や引き出しの多さを知ってもらいたい。そうするといつもチャレンジしていることがわかります。
眉月:過去を捨てているわけではないんです。懐かしいだけだとつまらないので、その中にも何か新しいことを盛り込んでいきたい。作品においても人生においても「同じことはやってらんない」と思っています。
大熊:楽してないですよね。法則発見したらそれで回していこうと絶対やっていない。昨日の自分を今日の自分が超えていく。それは難儀な生き方ですけど、そうありたいですね。
(おわり)
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