いま劇場でもっとも輝いている“衝撃作” 「劇場版 少女☆歌劇 レヴュースタァライト」レヴュー(1/2 ページ)

一瞬のキラめきを、一瞬にしないために。

» 2021年06月14日 19時45分 公開
[将来の終わりねとらぼ]
※本記事はアフィリエイトプログラムによる収益を得ています

つかぬことを伺いますが この近くに鉄道線路はないでしょうか?

数日前すぐ近くで汽笛の音を聞いたのですが どう歩いても線路が見つかりません。

ぼくの乗る汽車はもう発ってしまったのか それともまだ来ないのか……

(演劇実験室「天井桟敷」『身毒丸』より)

 「劇場版 少女☆歌劇 レヴュースタァライト」が今現在、劇場でもっとも輝いている映画だろうことは間違いない。テレビシリーズの放映開始から約3年、同作は、表現手法の最先端を脇目も振らずに爆走しながら、音と動きを届けるというアニメーション本来の歓びに満ちている。シリーズの予備知識は必要ない。2021年に公開された劇場アニメとして、間違いなく時代に名を残す衝撃作だ。

advertisement

 寮制の学園、日々ひそかに行われる「レヴュー」という名の決闘、物理法則を無視する不可思議な舞台装置、他の少女アニメと一線を画する変身バンク……。「セーラームーン」シリーズの主要スタッフであった幾原邦彦・榎戸洋司を始めとする制作集団・ビーパパスによって世に放たれたカルトアニメ、「少女革命ウテナ」からの影響を想起せざるを得ない舞台設定、絢爛な演出、さまざまなセリフ。

 「少女☆歌劇 レヴュースタァライト」のテレビシリーズ、その総集編となる映画版「再生産総集編 ロンド・ロンド・ロンド」から感じられたのは、新しい物語というよりは先駆者となる作品群からの強い影響とそのミックスアップ、およびそのアップデートだった。「ああ、このキャラはウテナでいえばこれに当たる」「テロップの使い方がそのままエヴァンゲリオンの『DEATH』だな」と、一歩引いたところから見ることのできる作品だった。

 特に「ウテナ」については、古川知宏監督が幾原邦彦を師と仰ぎ「輪るピングドラム」「ユリ熊嵐」に参加、「BROTHERS CONFLICT ブラザーズコンフリクト」「ココロコネクト」などで共同絵コンテを寄せていることからも、その多大な影響が感じ取れた。

 それが本作、具体的にいえば「ロンド・ロンド・ロンド」のエンドパート、“ワイルドスクリーンバロック”の存在が明かされてより、シリーズのこれまでの檻を大きく踏み越えることになる。

キリンが繰り返し唱える「ワイルドスクリーンバロック」(「劇場版 少女☆歌劇 レヴュースタァライト」予告編より
advertisement
過激な編集が話題を呼んだ総集編映画「ロンド・ロンド・ロンド」

 舞台少女たちに迫る、グロテスクな(演出上の)死、学園からの卒業を目前とした物語。主人公・愛城華恋にとっては望む星を手にしてしまったあとの物語が始まることになる。学園の中で目指していた“スタァ”の物語が終わり、もはや役者を決めるオーディションとしてのレヴューは行われない。本作で続くのは、彼女たちの人生の物語である。

 実際のレヴュー演出面については、とても文章で例えられるものではない。キリンが幾度となく唱える“ワイルドスクリーンバロック”。その元ネタになっているであろう“ワイドスクリーン・バロック”とは、SF小説においてある種の転換点をもたらすためにブライアン・W・オールディスが提唱した概念。要するに並行世界・時間移動・宇宙規模の事件・仮想理論等、とにかくアイデアを詰め込みに詰め込んだ、情報密度が桁違いの作品を指す言葉である。

 本来は『パラドックス・メン』のみを形容する言葉だったが、ベイリー『禅銃<ゼン・ガン>』をはじめ、次第にジャンルとしてみなされるようになった。その言葉に恥じることなく、本作のレヴューシーンはテレビシリーズとは比べものにならないほどの奇想・アイデア・躍動感にあふれており、劇場にて目と耳で感じることそれ自体に強い歓びが待ち受けている。

 それを支えているのは、よりはっきりと示された彼女たちのキャラクターの描き込みである。

古川 「『レヴュースタァライトって何?』」といったら、この9人なんですよ。9人を愛でて、愛してもらうために、全セクションが奉仕したいなというふうには思っていました。

テレビ版放送終了時の古川知宏監督インタビュー/「WHAT’s IN? tokyo」より

 テレビシリーズでの各舞台少女は、一部を除き主に華恋との対立構造をもとに描かれていた。「このまま埋もれていられない」星見純那の必死さ、「再演を止めるわけには行かない」大場ななの嘆き、「2人でスタァとなる」ことを認められない天堂真矢、「華恋と運命の舞台に立つ」ことを決めきれない神楽ひかり。

advertisement

 しかし今回、彼女たちはそれぞれ自分の人生とより真正面から向き合うことになる。夢を諦め、妥協することが成長か。置かれた場所で咲くことが幸せか。好敵手をこのままにしておいて良いのか。卒業は誰しもにとって、自分にとってなにが必要で、そうでないかを決める時だ。

 心の内を叫び、胸の渇望を謳い、自身の本当の目的に気付く。少女たちそれぞれの行く先に思いをはせられるのは、これまで彼女たちの感情が、それこそレヴューのなかで示されてきたからに他ならない。

 その中で華恋だけが、何も持っていないことに気づいてしまう。「神楽ひかりと運命の舞台に立つ」という彼女の人生の目的は、すでに達成されているからだ。

 他の少女たちに目的を与えることとなった華恋だけが陥った空白を、彼女もまた埋めなければならない。若さの持つ弱さはその不安定さであり、同時にその強さは未来への可能性、言い換えれば何も決まっていないところである。「再生讃美曲」で、“ああ 私たちは何者でもない 夜明け前のほんのひととき”と謳われるように。

「再生讃美曲」(movie ver.)リリックビデオ

 自分が何をしたいのか、これからどうなっていきたいのかを決める。文字にしてしまえば、本作の2時間の内容は全てそれだけで終わってしまう。ただ、これは誰しもの人生にとって根源的かつ、答えのない問いである。だからこそ共感を持たせながら、舞台装置を使った心象風景を、アイデアの続く限りいくらでも膨らませることができる。

 もちろんその中で、影響を受けた作品からの引用も忘れていない。メタファーとしての線路と駅に庵野秀明・寺山修司イズムを感じさせ、各レヴューには元ネタとなる絵画を用意し、世界観を補強している。それぞれの舞台を強固に演出しつつも、某大作映画をそのまま強引に引用してしまうあたりは、古川監督ならではの茶目っ気といったところだろうか。

 本作が「“劇場”でしか味わえない{歌劇}体験」というキャッチコピーに恥じることのない大傑作であることは疑いようがない。昨年(2020年)から映画業界にとって不遇の年が続いているが、劇場で見ることができて本当に良かったと、心の底から感謝したい。

将来の終わり

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

昨日の総合アクセスTOP10
  1. /nl/articles/2503/05/news190.jpg 「本当に迷惑」 宅急便の「不在連絡票」と酷似のチラシが物議…… ヤマト運輸「配布中止申し入れ」
  2. /nl/articles/2503/06/news108.jpg 「雨の日は大活躍」 ワークマンの“2900円ジャケット”に称賛の声が続出 「春先の外出に役立ちました」「言うことなし」
  3. /nl/articles/2503/05/news016.jpg 愛猫が見つめる先にいるのは……? “まさかの来訪者”に思わず仰天 「うそっ?」「お庭に来るんですね!!」
  4. /nl/articles/2503/06/news107.jpg 「まじで神商品」 かっぱ寿司が販売している「まさかの110円メニュー」に仰天 運営が明かす“意外な需要”
  5. /nl/articles/2503/04/news040.jpg そうはならんやろ ヤマト運輸公式とLINEで遊んでいたら…… 突然訪れた“予想外の展開”に28万いいね
  6. /nl/articles/2503/06/news026.jpg 【ダイソー】A4額縁にマグネットシートを入れるだけで…… 2児ママの天才アイデアに「こういうのほしかった」「感動」
  7. /nl/articles/2503/06/news018.jpg 朝起きて“ディズニーにいる”と気付いた3歳娘が…… 抱きしめたくなるリアクションに「やばい泣く」「一生の思い出だ」
  8. /nl/articles/1611/04/news117.jpg 「ヒルナンデス!」で道を教えてくれた男性が「丁(てい)字路」と発言 出演者が笑う一幕にネットで批判続出
  9. /nl/articles/2503/04/news027.jpg 壊れて捨てるしかないバケツをリメイクしたら…… 想像もつかない大変身が830万再生「想像力がすごい」【海外】
  10. /nl/articles/2503/03/news065.jpg 【べらぼう】“問題のシーン”、「子供に見せられない」 身体張った27歳俳優へ「演技やばくない?」
先週の総合アクセスTOP10
  1. 【べらぼう】“問題のシーン”、「子供に見せられない」 身体張った27歳俳優へ「演技やばくない?」
  2. 40代女性、デートに行くため“本気でメイク”したら…… 別人級の仕上がりに「すごいな」「めっちゃ乙女感出てる」
  3. 30年以上前の製品がかっこいい ソニーの小型ラジオのデザインが「すごい好き」「いまでも通用しそう」
  4. 幼くてかわいらしい兄妹が4年後…… 同じポーズで撮影した“現在の姿”に「これはあかん」「よすぎて声出ました」
  5. 「早く買えば良かった」 無印の1490円“本格せいろ”が690万表示の反響 「ほぼ毎日使ってる」「まっっじでいい」と感動の声
  6. ごはん炊き忘れた父「いいこと閃いた!」→完成した弁当に爆笑「アンタすげぇよ!」 息子「意味ねぇことすんなよ」
  7. 使わなくなった折りたたみ傘→切って縫うだけで…… 驚きのアイテムに変身「こうすればよかったのか!」「見事」【海外】
  8. 高3女子「進学を機にイメチェンしたい」→美容師に依頼すると…… 仕上がりが「すげえええ」「鳥肌立ちました」と1000万再生
  9. とんでもない量の糸をくれた先輩→ママがお返しに作ったのは…… 完成した“かわいいアイテム”に「絶対喜ばれるやつ!」
  10. 「洗濯機が壊れた!」→修理を頼む前によくよく調べてみると…… 「えぇ~」“まさかの原因”が200万表示「何度もやりました」
先月の総合アクセスTOP10
  1. 最初に軽く結ぶだけで…… 2000万再生された“マフラーの巻き方”に反響「これは使える」「素晴らしいアイデア」【海外】
  2. コメダ珈琲店で朝、ミックスサンドとコーヒーを頼んだら…… “とんでもない事態”に爆笑「恐るべし」「コントみたい」
  3. パパに抱っこされる娘、13年後の成人式に同じ場所とポーズで再現したら…… 「お父さん若返った?笑」「時止まってる」2人の姿に驚き
  4. 和菓子屋で、バイトの子に難題“はさみ菊”を切らせてみたら……「将来有望」と大反響 その後どうなった?現在を聞いた
  5. 古いバスタオルをザクザク切って縫い付けると…… 目からウロコの再利用に「すてきなアイデア」【海外】
  6. 「14歳でレコ大受賞」 人気アイドルがセクシー女優に転身した理由明かす 家族、メンバー、ファンの“意外な反応”
  7. 希少性ガンで闘病中だったアイドル、死去 「言葉も発せないほどの痛み」母親が闘病生活を明かす
  8. “きれいな少年”が大人になったら→「なんでそうなったw」姿に驚がく 「イケメンの無駄遣い」「どっちも好きです!笑」
  9. ドブで捕獲したザリガニを“清らかな天然水”で2週間育てたら…… 「こりゃすごい」興味深い結末が195万再生「初めて見た」
  10. 芸能界引退した「ショムニ」主演の江角マキコ、58歳の近影にネット衝撃「エグすぎた」 突然顔出しした娘とのやりとりも話題に