運動の秋、文化の秋。「なぜか突然足が速くなって徒競走でさっそうと一位を飾れないかしら」と考えたことはありませんか。実際とは懸け離れるかもしれませんが、考えているひとときはなんだか楽しい、そんな妄想の力を日常に遺憾なく発揮させる、今回の同人誌はそんなマンガです。
今回紹介する同人誌
『常に役立つ妄想力』A5 12ページ 表紙カラー・本文モノクロ
著者:樵野(キコリノ)
妄想は可能性。赤の他人についての妄想でいら立ちを回避する!?
ある日、神田さんは同僚の仏原さんに問いかけます。「もしもの過去 未来について 考えたことがあるか」と。仏原さんはごく自然に自分のこれまでの生き方に思いをはせますが、神田さんの思考は違いました。神田さんの妄想の対象、それは自分でも、身の回りの人でも、好きなキャラでもなく、赤の他人でした。少し意外な対象ですが、この「赤の他人への妄想」を、例えば「運転の荒い車に追い越されたとき、その原因に実はのっぴきならない理由があったのでは!?」と考えることでいら立ちの回避に利用する、それが神田さんの妄想力なのです。
タイミングと勢いが心地よい見切り発車
実はこちらのご本で公開されているマンガは、全体のうちの半分ほどだそうです。あとがきには作者さんからの「あと半分弱あるのですが間に合いませんでした…」と謝罪の言葉が。いやいやいや、むしろこちらからはありがとうございます! です。
かわいい表紙、くすっとしてしまう内容、軽快なやりとり……それらが今、手に取れるうれしさは、たとえ途中でも発行に踏み切ってくださったからなのです。同人誌は自分の好きなタイミングで発行することが出来ます。もちろん、じっくりと練り上げるのも素晴らしいことです。そしてそれと同じように「できるときに出す」「やれるだけ形にする」という勢いだって大切で、とても楽しいことだと思うのです。
ご本では神田さんと仏原さんの会話がすっきり読みやすい4コマで描かれています。クールベースな神田さんの表情の端々からちょっとした変化を読み取ったり、思案し、ツッコミ、妄想を真摯(しんし)に応援する仏原さんの一生懸命さを好ましく思ったり……短いコピー誌に、彼らのテンポの良さが感じられるのがまたうれしいです。
ひとでなしの妄想は優しさへ
ここまでだと、神田さんの「妄想でモヤモヤ回避」術は美しく、きらきらに見えるかもしれません。でも実情は、ときに仏原さんが「ひとでなし〜」と思ってしまうようなブラックな一面を見せることもあるんです。神田さんは「可能性という妄想を押し付け 苛立ちを回避するのが好きだ」と言います。この押し付けが神田さんらしく、しかしそれはあくまで己の心中でのみ完結するひっそりとした優しさではないでしょうか。
誰にも知られないけれど、ちょっとビターで、でも優しい気持ちの内面をあえて仏原さんに漏らした神田さん。意図的なのか、自然に気持ちがこぼれたのか……ふたりの関係性が気になりつつ、続きは10月中の公開を予定しているとのこと。楽しみですね!
今週の余談
今回のご本、コピー本で無配(無料配布)だったんですよー。ちゃんと作り手の方へ対価をお支払いしたい! という気持ちもありつつ、価格をあえてつけないことは、時にサークルさん側の「えーい! もう勢いで!」という気持ちの背中を押すのではと感じる部分もあります。勢いのある同人誌はおおむねなんでもうれしいものです。いろんな出し方がある、これも同人誌のいいところだなと思います。
みさき紹介文
図書館司書。公共図書館などを経て、現在は専門図書館に勤務。自身でも同人誌を作り、サークル活動歴は「人生の半分を越えたあたりで数えるのをやめました」と語る。
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