ふと手にした果物に、思っていたよりも遠くの国の名が生産国として書いてありました。生ものも、機械も、いろんなところで小さなものから大きなものまでが、国をまたいで行き来しているのを思うと、あらためて驚きです。今回は物を運ぶ中でも海上の流通手段の船に着目、乗り込んで旅をした方の同人誌です。
今回紹介する同人誌
『貨物船で太平洋を渡る』B5 68ページ 表紙カラー・本文カラー、モノクロ
著者:田巻秀敏
どうやって乗る? からはじまるコンテナ船の旅
船舶全般から、海上交通の決まりごと、海運へと興味が進んでいった作者さんはその中でも特にコンテナ船に心ひかれたのだそうです。こちらのご本は「何とかして、コンテナ船に乗船出来ないものだろうか」との思いからはじまった、コンテナ船にお客として乗る旅行記です。
普通なら荷物と乗組員で構成され、乗客はいないコンテナ船。どうやってそれに乗る計画を立てたのか、かかった費用などの準備段階から、出国手続き、2020年2月に乗船、18日間の旅をして船を降りるまでが文章と写真でつづられています。参考にしたサイトや、旅行会社とのやりとりといった情報が順を追って書かれており、「乗ってみたいな」と思う人の手助けになりそうなのはもちろん、準備をしていく様子をたどる丁寧さに、一緒に旅に出る支度をしているような気持になってきました。
コンテナ船ならではの特別なこと、日常のこと
準備を終えたらいよいよ乗船し、出発です。客船と違い、華やかなパーティや娯楽の紹介はありませんが、その代わりに操船室から運航を眺めた様子、船員さんたちの生活、業務、時には貨物室の見学といった体験があったことが書かれます。きっと、そのどれも、船員さんたちにとっては日常のことでしょう。変わりなく、いつものように日々が流れていくことこそが重要な業務ですものね。けれどそこに、旅人である作者さんの目線が入ることで、日常の中の非日常にぱっと光が当たります。
例えば波が荒れるとシャワーの水が茶色く濁ること、特別な祝日には船員さんたちと集まってお祝いの料理を作ったこと……暮らしにまつわるエピソードは旅する楽しさを感じさせ、貨物室の見学やエンジンの解説を聞いて船員さんの役目にあらためて思いをはせる姿からは、こつこつとした地道な仕事の美しさを照らしているようだと思いました。
静かに、熱く。敬意で寄り添う
ご本は文章とともに、きれいな空やかっこいい船体といった印象的な写真もたくさん。しかしページにはシンプルにすっきりとレイアウトされており、このご本の見せ方も含めて、長い時間をかけてゆっくりと進む船の悠々とした静寂さとつながっているかのような読書体験になりました。
それは、実際の過ごし方でも、操船室に居ることを許されたときには「贔屓(ひいき)のバンドライブに参加したところ楽屋への入室が許され」た、と思うほどの喜びながら、室内では「私から船員へ直接話しかけることは極力控え、向こうから私に話しかけてくるまで待ちました」とされるほど、仕事場としての船を尊重されていた作者さんの姿勢と重なります。ごく当たり前に、つつがなく荷を運ぶ日常を大切に見守り、それでいて興味深くのぞき込むまなざしの熱さが、落ち着きのある筆致からにじみます。
大海原を行き交う船が、その内側に入った人に見せた静けさと熱さに触れ、読み終えた後、深々と胸から息を吐きました。
今週の余談
船がお好きな方から「宇宙船も“船”だよ」と聞きました。日常を乗せたまま彼方へと運んで行ってくれる“船”の雄大さを思います。
みさき紹介文
図書館司書。公共図書館などを経て、現在は専門図書館に勤務。自身でも同人誌を作り、サークル活動歴は「人生の半分を越えたあたりで数えるのをやめました」と語る。
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