きらら史に残るラスボス「日常系部活ものに呪われた卒業生」が生まれた理由 『ステラのまほう』完結記念くろば・Uインタビュー(2/2 ページ)
「日常系」の青春が終わったあとの物語。
たまちゃんでは、照先輩はたぶん救えない
――照先輩の存在自体は第1話からすでに示唆されていましたが、終盤はその照先輩を中心に物語が進んでいきます。この構想は早い段階からあったんでしょうか。
くろば・U:実のところ、照先輩をここまで重要なキャラクターにする予定は連載当初の時点ではありませんでした。『ゆゆ式』のゆずこみたいに、一見ふざけているように見えるけど、頭の中ではいろいろ考えて行動しているという、意外性のあるキャラクターを自分のマンガにも出したいなと思っていただけで。
――そうだったんですね。『ステラのまほう』の根幹を担うキャラクターといっても過言ではないので、最初に照先輩の設定を考えたのかも……とすら思っていました。
くろば・U:初期のころは、時々ふらっと現れては後輩たちにアドバイスを送って去っていく、お助けキャラくらいのイメージで描いてましたね。けれど物語が進むにつれて、部活動に入れ込みすぎて第一志望の大学に落ちたとか、滑り止めで入った大学も自主退学したといった要素が自然と増えていって。
――太陽のような存在として登場しただけに、深まる闇とのギャップに読者がざわめきだした時期ですね。
くろば・U:この子を動かしているものは何だろうと考えたとき、「生きる意味が見出だせないから、明日死んでも後悔しないように今日できることをする」という、行き過ぎた刹那主義が根底にあるのかなと。そこからあらためて、百武照という人間を構築し直した感じです。
――照先輩がそうした考えに至ったのには、彼女の家庭環境も影響していたことが明かされます。ただ、くろば先生は数年前に「照先輩の過去は暗すぎて描けない」と仰っていたような。
くろば・U:そんなツイートしましたね……(笑)。確かに当時はそう思っていたのですが、いざこの作品を完結させようと決めたとき、最後にちゃんとした形で救ってあげたいのは誰だろうと考えたら、やっぱり照先輩だったんです。
――ラスボスでもありヒロインでもあるというか。「ドキドキ文芸部」のパロディが本当にしっくりきますね。
くろば・U:そのため、10巻では照先輩の過去話が多くなったんですけど、照先輩が語り出すたびに枠の外が『棺担ぎのクロ。』みたいに真っ黒になるので、読者を置いてけぼりにしていないかヒヤヒヤしながら描いていました。
――最終回の直前、失踪騒ぎを起こして精神的に不安定になっていた照先輩に声をかけたのが歌夜だったのは意外でした。歌夜のときも乃々のときも、悩みを抱えている人を救ってきたのはいつも珠輝だったので。
くろば・U:あの役割は歌夜に任せようと決めていました。光属性の珠輝では、闇属性の照先輩はたぶん救えないんです。
――この前、相崎先生が描かれていた通りだったんですね……。
くろば・U:物語の後半で、照先輩と珠輝はルームシェアを始めたりして親密になりましたけど、言ってみればOGと現役生の関係なわけで。照先輩の闇を払うのは、SNS部の初期メンバーである現3年生、特に自身も照先輩との出会いによってよく笑うようになったというルーツがある歌夜でなければならなかったと思います。
「未来」を見つめるキャラクターたちの中で、照先輩だけは「過去」を見ていた
――照先輩は、暇つぶしで立ち上げたSNS部の活動に歌夜たちを巻き込んだことを後悔していて、卒業したら後腐れなく決別するつもりでいました。しかし実際は、定期的に後輩に会いに行くなど、未練を捨てきれていなかったようにも見えます。
くろば・U:照先輩のキャラクターは、『ステラのまほう』のテーマから逆算して掘り下げていきました。この作品を一言で表すと、高校生たちの行く手に広がる「未来」を描きたかったんです。
――「未来」ですか。
くろば・U:SNS部の現役生たちは、進路に対する不安や、自分の実力と理想とのギャップに悩むこともあるけれど、その先には無限の可能性が広がっていて、みんな前を向いて歩いているんです。余談ではありますが、物語の結末も、作者の僕が「あなたは将来こうなりますよ」とキャラクターの未来をひとつに決めるのではなく、読者の皆さんに想像していただくような形にしました。
くろば・U:だけど、照先輩だけはいまだに高校時代の楽しかった思い出に縛られ続けている。「未来」へのアンチテーゼとして「過去」に囚われたキャラクターを出すのは、物語に深みを与えてくれるんじゃないかと思いました。
瀬古口:今の話を聞いて納得がいきました。他のキャラクターに比べて照先輩が異質なのは、ひとりだけ向いている方向が逆だからなんですね。
くろば・U:だからこそ、照先輩を過去の呪いから解放して、この作品を完結させるために、SNS部は解散する必要があったんだと思います。
――部活ものの作品で、その部活を解散させて終わるとは思っていませんでした。
くろば・U:『ステラのまほう』のアニメが放送されていたころ、ある読者の方が「第1話でたまちゃん(珠輝)が入部していなかったらSNS部は解散していたのでは?」と考察されているのを見たことがあります。確かにその通りだと思ったし、別にそれはバッドエンドでもなくて、むしろ照先輩にとっては、卒業してすぐ解散してくれていたほうが幸せだったのかもしれません。
照先輩が魔法を使って立ち上げたSNS部は、本来なら彼女の卒業と同時に消滅する運命だったけれど、珠輝という別の魔法使いが現れたことで幸か不幸か存続する運びとなった。ここからどうやってSNS部を解散させつつ、物語をハッピーエンドに結び付けるかというのは、最終巻の構想を練りながらずっと考えていましたね。
――照先輩の、「明日死んでも後悔しないように」という生き方自体は別に悪いことでもないし、理解できる部分も多いです。くろば先生も似たような考えは持っていますか?
くろば・U:わざとオーバーに描いているところもありますが、僕も10年前までは照先輩に近い考え方をしていた気がします。当時はマンガ家としても軌道に乗っておらず、未来に対する希望がまったく見えなかったので、せめて悔いだけは残さないようにしたいなって。もちろん、今はおかげさまで生活も安定してますし、そんなことは考えていませんけど。
――照先輩にとってのSNS部のように、くろば先生にとっては『ステラのまほう』という作品が支えになったんでしょうか。
くろば・U:9年間も一緒にいるのだから、もう自分の子どものようなものですよね。その子が来月から親元を離れて、僕自身にどんな変化が起きるのか少し不安もありますが……、まあ、今さらそんなに変わらないんじゃないかと。次回作についても瀬古口さんと打ち合わせしてますし、仮にマンガ家でなくなってものんびりゲームを作ったりして、明後日は何をしようかなと考えながら生きるのも悪くないと思っています。
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