快進撃を続ける“タイ・ウェスト3部作”とミア・ゴスの“良くない”魅力 ヒット連発の制作会社「A24」の強みとは
3部作の2作目となる「Pearl パール」が7月7日に国内で上映開始しました。
ミア・ゴス主演、タイ・ウェスト監督のホラー映画「Pearl パール」が7月7日に公開されました。「X エックス」から始まり、「MaXXXine(原題)」へと続く3部作の2作目となります。2022年に1、2作目が公開されたアメリカでは、2022年インディーズ映画興行成績で「X エックス」が2位(約1200万ドル)、「Pearl パール」が6位(約900万ドル)と両作ともトップ10入りしました(1位は後述の「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」)。
好成績の要因は、制作会社のA24とウェスト監督によるマーケティング、そして当然ながら作品自体の面白さにあるでしょう。3部作の魅力を語る前に、ヒット作を生み出し続けるA24という会社についてお話しします。
ヒットを連発する新進気鋭の制作会社「A24」とは?
A24は、もともと映画関連の企業で働いていた、ダニエル・カッツ、デヴィッド・フェンケル、ジョン・ホッジスという3人の男たちによって2012年に設立されたアメリカのインディペンデント映画会社です。
これまでも「ルーム ROOM」「アンカット・ダイヤモンド」などのヒット作を出してきたA24ですが、2023年のアカデミー賞は圧巻でした。“エブエブ”こと「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」が作品賞、監督賞、主演女優賞、助演男優賞、助演女優賞、脚本賞、編集賞を、「ザ・ホエール」が主演男優賞、メイクアップ&ヘアスタイリング賞を受賞し、式典後半で発表されるメインの賞が全てA24映画という、1つの会社が独占する史上まれにみる事態となったのです。
歴史の浅い会社が、どうやってここまで急激に成長できたのでしょうか。目を引くのは「低予算」「知名度に頼らない監督起用」「奇抜なマーケティング」といった特徴です。
A24は、2012年にA24フィルムズという映画配給会社として出発します。A24という社名は、カッツが会社設立を決心したイタリアの高速道路の名前から取られています。2016年にはA24へと社名を変更し、映画やテレビ番組の制作にも手を広げるように。そして、最初の制作映画として「ムーンライト」が世に出ます。
ナイーブなアフリカ系アメリカ人の少年が大人になっていくカミング・オブ・エイジ・ドラマが、アーティスティックでクールな映像と音楽で物語られる「ムーンライト」。地味な映画ながら、主人公の置かれた状況が社会構造をあぶりだす秀作で、2017年アカデミー賞では8部門にノミネートされ、作品賞、助演男優賞、脚色賞を受賞。ノミネート作で好対照だった「ラ・ラ・ランド」の制作費が3000万ドル、「ムーンライト」は400万ドルだということから、その低予算ぶりが分かります。
少年から成人までを演じ分けた3人の俳優の顔が1つの顔に合成されたアート性の高いポスターや、弦楽器の悲しげな音色をバックに名場面が流れるトレイラーが発表されると、ロサンゼルス・タイムズ紙が「この秋、最も期待される映画の1つ」と評価。その予想通り、秋の映画祭シーズンには20を超える各国の映画祭で、評判を高めていきました。
「ムーンライト」は数多いヒット作があるA24作品の中でも、「エブエブ」(世界興行収入約1億4000万ドル)、「ヘレディタリー/継承」(同約8300万ドル)、「レディ・バード」(同約7900万ドル)に次ぐ4番目の興行収入で約6500万ドルを売り上げました。
私自身「ムーンライト」以降、制作会社を知らずに試写をし、面白いと思ったらA24映画だったという経験が増え、逆にA24なら面白い映画に違いないと期待するほどになりました。私はイギリス在住で現地の映画祭をよく取材するのですが、2019年のロンドン映画祭で試写した中では、覚えているだけでも「ライトハウス」「WAVES/ウェイブス」「ラストブラックマン・イン・サンフランシスコ」「セイント・モード/狂信」と4本のA24映画がありました。
どれも良作ですが、注目すべきは「ラストブラックマン〜」はジョー・タルボット監督の、「セイント・モード/狂信」はローズ・グラス監督の長編監督デビュー作であること。言い換えれば、最初から集客が見込める名を成した監督の作品ではないのです。最近では「アフターサン」も、新人監督が手掛けたA24作品の一例です。
売ることを目的にスタッフ、キャストを組み、完成した作品も、切り刻んで売れる方向に編集し直す。切り裂き何とかとあだ名される監督泣かせの大物プロデューサーもいる映画界ですが、売れる映画を連発しながらもA24にそういった危うさは感じられません。売れる映画作りを目指すより、良い映画を売ることを目指しています。
A24について、配給初年作の1本「スプリング・ブレイカーズ」のハーモニー・コリン監督は「彼らには肝っ玉がある」と評価。同じく初年「ブリングリング」を発表したソフィア・コッポラ監督は「私は彼らが好き。彼らには映画界のお偉方人格がない」とGQ誌でコメントしています。
作品の売り方にもさまざまな工夫が見られます。初期の配給作「エクス・マキナ」(2015年公開、日本では2016年)では、アメリカの大規模イベント「サウス・バイ・サウスウエスト(SXSW)」で、マッチングアプリ「Tinder」を使ったプロモーションを展開しました。女性の体を持ったAI(人工知能)である主人公・エヴァのアカウントを作り、会場を訪れた男性客とやりとりする中で映画の公式サイトへと誘導するというものでした。
また、日本でも大きな話題となった「ミッドサマー」(2019年公開、日本では2020年)では、「カップルでこの映画を見ると別れる」とまで言われたことを逆手に取り、オンラインセラピーと提携した無料のカップルセラピーを提供したこともありました。
「X エックス」に始まる3部作はどうアナウンスされた?
当初、3部作になることは秘されおり、SXSWでの「X エックス」お披露目時に、次作となる「Pearl パール」の一部が発表されました。お披露目でオッと思わせ、前のめりにさせたところで次作の存在を明かす。A24の戦略に見事食いついたロサンゼルス・タイムズ紙やハリウッド・リポーター誌は「秘密裏に次作が撮ってあった」と報じました。同様に、「Pearl パール」が上映されたトロント国際映画祭では、「MaXXXine」の制作が発表され、3部作と判明しました。
2作まとめ撮りすることには、こういった宣伝効果とともに制作費を抑える効果もあるようです。ハリウッド・リポーター誌でウェスト監督は「『X エックス』を撮り、その後あらためて次作を撮っていたら、3倍かかっていたよ」と明かしています。
3部作の内容は?
独立したストーリーの3部作なので、「Pearl パール」だけ見ても楽しめますが、1作目を見ておくと、そこでの伏線が回収されていく面白さも味わえます。1作目と2作目で意図的に雰囲気を変えてあり、さまざまなジャンルの映画へのオマージュにもなっています。
「X エックス」
1970年代のテキサスが舞台となる1作目「X エックス」は、「13日の金曜日」や「ハロウィン」風のスラッシャー映画。佇む老婆や、証拠隠滅装置としての沼などヒッチコック映画を思わせる場面もあり、舞台とした1970年代に近い前述の映画だけでなく、その前の時代の大巨匠を偲ばせ、ファンをニンマリ、ジンワリさせます。
広い畑に囲まれ、家畜小屋もある農家の離れを、主人公マキシーンを含めた男女3人ずつのグループが宿として借りることから展開していきます。古びた母屋には、高齢のハワードとパールの夫妻が住んでいます。グループは3組のカップルかつポルノ映画撮影班で、内緒で撮影を進めていきます。それが、家主夫妻によって、あわや皆殺しという惨劇の被害者に。
特殊メイクで高齢パールにふんしているゴスですが、1人2役でマキシーンも演じています。マキシーンは唯一のサバイバーとなり、3作目「MaXXXine」に再登場します。
「Pearl パール」
こちらは時代をさかのぼり1918年の同じ家が舞台です。古き良きハリウッド映画的くっきり鮮やかテクニカラー、「オズの魔法使い」のパロディーや「メリーポピンズ」を思わせる箇所もあり、やはり、そのころの映画を思わせる雰囲気です。
青空の下、ペンキの色もフレッシュな家で、鏡に向かうかわいいパール。明るいアメリカンホームドラマ風の出だしは、ドイツ語でがなり立てる移民の母(タンディ・ライト)の登場で瞬時に瓦解(がかい)し、不穏な空気が流れます。母親が悪役かと思いきや、徐々にパールの“良くない”ところが見えてきます。
この、具合が良くない、体調が良くないというときなど日常的に使われる“良くない”という言葉、1作目で高齢のパールを指して言われたときには、聞き流してしまうのですが、惨劇後、この言葉が出るとゾワゾワします。
ミア・ゴス
パールはどうしてシリアルキラーになってしまったのか、パールが妙に執着する、実は若き日のパールとそっくりなマキシーンは惨劇後どうなるのか、1作目「X エックス」を見れば、自然と2作目、3作目も見たくなります。
では、マキシーンが生まれる前で、もちろん登場もしない2作目「Pearl パール」から見た人が、マキシーンが主人公の3作目「MaXXXine」を見たくなる要因は? ミア・ゴスです。パールという特異なキャラクターになったゴスが、それほど面白い、見ていて飽きない、すなわち魅力があります。
ゴスは、ウェスト監督とともに脚本も書いています。
戦時下、従軍中の夫を待ちながら、厳格な母の言いつけに従い、体の不自由な父(マシュー・サンダーランド)の介護と農場の仕事を手伝うパールなのですが、映画の世界に浸り、自分もスターになれると信じる、その夢にすがりたい気持ちの強烈さ、知り合ったばかりの映写技師(デヴィッド・コレンスウェット)にまでついて行こうとする浅はかさ、バランスを欠いた言動が目立ちます。
夢と現実との折り合いがどうにもつかなくなっているパールは、自分にある“良くない”部分に戸惑い、それを明かすこともできない孤独のうちに、さらなる深みへ。かわいくて愚かしい娘の中に潜む狂気を炸れつさせるゴスの演技は、大絶賛を浴びています。
「EMMA エマ」での控えめな友人ハリエット役など、印象に残る脇役だったゴスですが、今回の初主演でブレイク。マーベル映画やギレルモ・デル・トロ監督「フランケンシュタイン」への出演も決定、本物のスターになりそうです。
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