「ステファンの五つ子」「永遠の陽射しの頂」 未知の言葉に出会える同人誌『声に出して読みたい天文学用語』:元司書みさきの同人誌レビューノート
26の天文学用語を収録。いろんな意味で濃い説明文も必読です。
暑すぎるくらいの夏から、風の涼しい秋がやってきました。すがすがしい朝に広がった青空、ふと気付く昼間の月の姿、そして虫の音に耳を傾けながら見る星空……心地よい天候にひかれて、顔を上げて空を眺めたくなる時期にこんなご本はいかがでしょうか。
今回紹介する同人誌
『声に出して読みたい天文学用語』A5 20ページ 表紙・本文カラー
著者:星野サファイア
思わず口に出したくなる! 天文学用語26選
こちらのご本は、天文学用語の中から口に出してみたくなるような響きの言葉が掲載された同人誌です。作者さんはプラネタリウムの解説員をされているとのことで、常々「びっくりするくらいかっこいい用語が多い」と感じておられたのだそうです。ご本を作るにあたっては界隈(かいわい)のさまざまな情報も参考にしながら独自に選定され、名称、英語表記、詠唱難易度などに解説を付け、26語が紹介されています。
美しい響きと深淵(しんえん)の宇宙を舌にのせて
冒頭から「アタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計(あたかまおおがたみりはさぶみりはかんしょうけい)」という高難易度な用語に始まり、「エッジワース・カイパーベルト」「ステファンの五つ子」「エックス線フラッシュ」などなど、厚い魔術書に載っていそうな言葉から、確実にやられそうな必殺技っぽいものまでが次々と繰り出されます。
どれもインパクトがあり気になりますが、私が特に心ひかれたのは「永遠の陽射しの頂」です。えいえんのひざしのいただき! なんて美しい響きなのでしょうか。太陽系の天体においてずっと日光に照らされている場所を示す言葉だそうで、ここで知らなければ私の日常生活では恐らく生涯口にすることはなかったでしょう。それを美しい響きとともに、どんな意味があるのかを優しくまとめた解説で知ることで、じんわりと自分の中に浸み込んでいき、気が付けばつい「えいえんのひざしのいただき……」と読み上げてしまいます。
ハードルは作らずに仕掛けを作る。面白さと知識を気軽にミックスして伝える
聞きなれない言葉のつながりの興味深さ、リズムの良さを楽しみながらページをめくっていきますが、けれどけしてとっぴな用語だけを集めて面白おかしくさらすのではありません。用語を「電波観測編」「ブラックホール編」といったジャンル分けをしたり、解説を語り掛けるように朗らかにしたり、「必殺技度」「滅びの呪文度」なんてイレギュラーな要素を混ぜてみたり……専門の分野のともすれば難解になる部分をいかにハードルを作らず、聞き手を身構えさせずに伝えるか、そこに心配りをされているのが感じられます。
興味深いことを面白く知らせるために、たくさんの仕掛けをして楽しく体感させてくれる、そんなご本に、いつだって頭上にある天文の1つの用語とその概要を知っただけで、なんだかうんと世界が広がったような気分になりました。
今週の余談
折しも今年は「近代プラネタリウム誕生100周年」だそうです。全国でさまざまな企画をされているとか。なんと日本は世界で二番目にプラネタリウムが多い国なんですって。秋の夜長を楽しむために、プラネタリウムに足を運びたくなります。
みさき紹介文
公共図書館、専門図書館に勤務していた元司書。自身でも同人誌を作り、サークル活動歴は「人生の半分を越えたあたりで数えるのをやめました」と語る。
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