「美大は“絵で食べる方法”を教えてくれない」 漫画『ブルーピリオド』作者と完売画家が考える“美術で生きる術”(3/3 ページ)

» 2019年02月23日 11時00分 公開
[高橋史彦ねとらぼ]
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中島健太 油絵 「百貨店は通常、作家個人とは取引しない。窓口になるギャラリーが必要」(中島さん)

「再販価値」がない“わからないもの”より、“わかる好きなもの”を買う

――号単価が上がれば楽になるんですよね。

中島:悲しい現実なんですけれど、国内景気の右肩下がりにあわせて号単価が上がりにくくなっています。昔は画商たちも横山大観や平山郁夫といった超大物たちの作品を売って、潤沢な資金で作家を育てることができた。でも、今はそういう作家はいないし、ギャラリーも日銭を求めるようになっています。だから、以前だったら号20万円でもおかしくない若手で一番人気のある写実作家でも号8万円程度。「売れている作家の単価を上げたい/けれど、それで売れなくなったらギャラリーを回せない」というジレンマがあります。

山口:悲惨ですね。

――写実の道は険しい……。

山口:美術界だと“写実”に距離がある人も少なくないですよね。

中島:僕は美大教育で推奨されている「オリジナリティの追求」には馴染めませんでした。写実はやればやるほどうまくなるし、自分が頑張って良い作品を出すと人が喜んでくれるという流れがシンプル。現在の絵画が投資対象として成立していない日本の美術市場だと写実は(これでも)人気なんです。それはお客さんが正直で、再販価値がない“わからないもの”よりは“わかる好きなもの”を買った方がいいから。

――海外だとまた別なんですね。

中島:例えばピカソなら今買っておけば少なくとも半値以上では売れるし、寝かせておけば倍になるかもしれない。バンクシーみたいに跳ね上がることもある。日本の美術界はセカンダリー・マーケットがほぼ機能していないので、美術が嗜好品の幅を超えられていません。

――海外で活躍する作家になるには?

中島:日本で生きるか世界を目指すかで方法は根本的に変わってきます。海外で生きる術は知らないから語れないけど、少なくとも日本の美術教育の延長線上に西洋美術市場があるとは思えない。今、草間彌生、村上隆、奈良美智、杉本博司らのビッグネームはどこの先生でもありません。本来なら美大は大金を払ってでも招聘すべきなのに。彼らのコネクションは作品を流通させる点で極めて重要で、若い作家がそれを獲得するのは至難。日本の美術的なるものの場合、国内の美術館に収録されることがある種のエンディングです。

山口:それにはどういうタイミングで気付いたんですか?

中島:プロになろうと考えたとき、周りを見渡しても先生陣を含めてプロがいなかった。だから「先生の話を聞いていたらプロの画家になれない」とは大学時代に思いました。それから、10年近く百貨店市場でやってきて「百貨店と日本の美術館も全く結びついていない」と感じました。「では誰がつながっている?」と考えると、実は美大の先生たちがコネクションを持っていたりする。

山口:なるほど。

中島:また西洋美術市場では「アート・バーゼル」の展示場所で作家の人気度が示されているんですが、日本の美術教育がそこの頂を目指すのであれば、今の在り方を変えなければいけない。例えば、「藝大を卒業する=価値がある」ことを証明するには、藝大の卒制を国内海外問わず有力ギャラリーが必ず買いに来て、何人かがスターダムにのし上がっていく――とか。今は国内の美大で一生懸命努力してもどこにもつながっていない場合があります。

【アート・バーゼル】スイスの都市バーゼルで毎年開催される世界最大級の現代アートのフェスティバル。世界のトップギャラリーをはじめ、アートの専門家が多数参加する。

山口:その仕組みはわかりやすいですね。

中島健太 油絵 「アート・バーゼルでは真ん中の四隅が最も価値が高い」(中島さん)

2018年が美術界のターニングポイント!?

――最近、印象に残った美術界の出来事はありますか?

中島:小松美羽が日本橋三越で3億円超売り上げたことです。彼女はメディアと結びついた戦略をとったこともあって、日本の美術市場からずっと冷遇されていました。でも、運と実力と縁で全く違う市場を開拓した。日本橋三越6階の美術フロアは、音楽における日本武道館みたいな美術界の象徴的な場所なんですが、彼女は7階特設会場が舞台でした。物理的に上の場所で、普段の客層とは違う層で圧倒的な成果を出したんです。


【小松美羽】1984年生まれの現代アーティスト。2015年にドキュメンタリー番組「情熱大陸」で、世界最高峰のオークション「クリスティーズ」に出品して落札される様子が放送された。2018年12月に日本橋三越本店で売り上げた3億円超はバブル期の平山郁夫展に次ぐ記録。

山口:映画の演出みたい。

中島:それが意識的だったのか偶然だったのかはわからないけれど、従来の日本の美術市場の決定的な「敗北」だったと思います。長期的に見ると、2018年がターニングポイントかもしれない。彼女の方向性は八虎くんの参考になると思います。


ブルーピリオド 「国内の美術市場は5〜10年のスパンでみると厳しい」(中島さん)

『ブルーピリオド』は本来的な意味での芸術

山口:今はとにかく美大受験を描いていますが、本当は美術界の漫画をやりたいんです。美術にはすごくクローズドな部分があったり、学校教育から授業時数が削減されたりして、知る機会があまりない。だからこそ手軽にかつ体系的に手に入れられる手段があればいいなと。

中島:山口さんが「美術のハードルを下げたい」語っているインタビューを読みました。僕も10年画家としてキャリアを築いてきて、一番感じるのは美術界と一般社会との乖離。そして、それを埋めるべく活動している人間が意外と業界内にいないんです。山口さんは一歩引いて美術界を見ていて、「こんなに不思議な世界なんですよ」とさらりと外に伝える能力がある。

山口:うれしいです。受験まではガッツリやっていたので経験をもとに描けるのですが、今後はとにかく取材しなければ。

中島:なんでも聞いてください(笑)。日本の美術界は芸術のわかりにくさによってハードルを上げていた結果、新しい人を拒むような環境が出来上がってしまった。漫画はわかりやすさを求められるメディアですよね。作品を鑑賞することで楽しかったり、新しい発見を得たりというのが、本来的な意味での芸術だと思います。だからこそ『ブルーピリオド』のコンセプトは素晴らしいし応援しています。

山口:心強いです。ありがとうございました。


ブルーピリオド じゃなくていい!

高橋史彦

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